44.高杯警部を呼ぶ
「・・・いない、いないな」
大きく開かれたウォークイン・クローゼット、そこにはわたしのセーラー服やワンピースといった服しか吊るされていなかった。
そこに誰かが隠れていることはできない。
「すみません、おじさん。どうやら気のせいだったらしくて・・・」
「いやいや、さっき変なことを言ってしまった僕にも責任はあるよ。それで過敏になっていたんだね」
そうかもしれない。
わたしはそう思った。
みゃみゃみゃ。
セバちゃんが不意におかしな鳴き声を上げた。
それはまるで、あれはなんだと言っているように聞こえた。
そして、セバちゃんはわたしのベッドの上に飛び乗ると、ベッドのヘッドボードの上に飾られていた猫のぬいぐるみに、いきなり飛びつき、激しく噛みついたのだった。
「きゃっ、セバちゃん、やめて、それ気に入っているのよ」
わたしは慌ててセバちゃんからぬいぐるみを取り上げようとした。
別にセバスチャンが初めてみるぬいぐるみなどではない。
前々からわたしのヘッドボードに飾られているぬいぐるみだ。
でも、セバちゃんはそのぬいぐるみに噛みついたまま離さなかった。
それどころか、噛みついたまま頭を大きく振る。
ビリッ。
ぬいぐるみの布地が裂ける音がした。
「えっ?」
瞬間的に、わたしは固まってしまった。
裂けたぬいぐるみの中から出てきたのは、真っ白に綿に包まれた小さなアンテナのついた変な部品だったからである。
「ここにもか」
瞬時におじさんはそのカメラに接続されているコードを引き抜いた。
小さな電池が外れてベッドの上に転がり落ちる。
「お、おじさん、これも盗聴器なの?」
「いや、これはWebカメラだ。ごらん、この先端にレンズが付いているだろう。このぬいぐるみの目に仕込んでいたんだ」
おじさんに言われて見てみると、確かに小さなレンズのような物が付いている。
「こいつは、やはりただの出歯亀とは違うな。相当なプロの仕業だ」
ぬいぐるみに仕掛けられていたカメラを前に、わたしは呆然としていた。
「どうやら、僕たちの手に負える相手ではなさそうだ。さくらちゃん、今日会ったという刑事さんに連絡できないかな」
登おじさんの言葉に、わたしは我に返った。
「う、うん・・・出来るけど・・・」
わたしは、高杯警部と西蔵警部補の顔を思い浮かべた。
あの刑事さんたちは、信用できない。
わたしの直観はそう告げていた。
目的のためならばどのようなことでもやる人たちだ。
その目的は、パパを見つけること。
その目的を達成するためならば、わたしが学校での評判を落としても構わないと思っている人たちだ。
あの刑事さんたちに、仕掛けられた盗聴器やカメラのことを話すのは、なんとなく嫌だった。
「どうした、さくらちゃん。この器具はおそらくJ・Jから連絡を盗聴して、居場所を突き止めようとしている為のものだ。どこか近くで監視しているに違いない。警察に動いてもらうしかない」
おじさんにそう説得されて、わたしは手に持った、高杯警部から貰った名刺に目を落とした。
「なるほど、あちらこちらに盗聴や盗撮が仕掛けられていた訳ですな」
二人組の刑事さんたちはわたしが携帯に電話すると、すぐに家にやってきた。
もう夜の9時に近い時間帯にもかかわらず、すぐに来たということは、毛呂山のどこかにいたということだ。
張り込みでもしていたのだろうか。
居間のテーブルに、おじさんが・・・というより、セバちゃんが見つけた盗聴器や盗撮器が並べられている。
そして、刑事さんたちはソファーに座りながら、その盗聴器を手に取った。
「ふむ、確かにメーカー名のない盗聴器ですな」
登おじさんの話を聞き、盗聴器や盗撮器をひっくり返しながら高杯警部は言った。
「やはりこれはJ・J・ブロッサムの居場所を突き止めようとしている何者かが仕掛けたとしか思えません」
登おじさんがそう説明をする。
「ま、そうかもしれませんな。でも、盗聴器や盗撮器なんて、意外に思われるかもしれませんが、普通の家庭でも結構あちらこちらに仕掛けられている。とくに、このお宅は女性の二人暮らしで、お嬢さんは眼を見張るような美少女だ。覗き趣味の変質者が仕掛けた可能性もある」
高杯警部の言葉は、要領を得なかった。
のらりくらりと、話の要点を外そうとする。
そんな印象が残る喋り方だった。
「ま、とにかく、被害届を出しますか?」
「そりゃあ、勿論です。家に侵入されたのだから不法家宅侵入もつくはずです」
「そうですな、では届出書は明日にでも持ってきますので、それに書いていただきますか」
高杯警部は、この件にはまったく乗り気ではないようだった。
「しかし、それだけ、それだけですか。すぐ近くでは殺人らしい事件も発生している。さくらの話では、その車に乗っていたジャーナリストが、執拗にさくらを付け狙っていたというではないですか」
「ああ、あの事件ですか」
高杯警部は平然とした顔で続けた。
「あれは、前に古橋が書いた記事に恨みを持つものの線が濃厚になりましてね、今そちらの方の証拠固めをしている最中です」
嘘だ。
わたしは、そう思った。
高杯警部の顔は平静を装っている。
しかし、その体から流れ出る雰囲気は、高杯警部の言葉が嘘であることをはっきりと示していた。
「では、あれは・・・あの殺人事件は、J・Jを追っていた別の連中の仕業ではないと」
「そうです。そもそも、プロッサム氏の件はあまり大した事件にはならないでしょう。アメリカからも連絡が来ていましてね。ブロッサム氏の保護依頼は取り消すそうです。ですから、本人から連絡があれば、安心して姿を現すように言ってもらえますかな。私に連絡をくれれば、多少の事情を伺ってから、米国大使館に送って差し上げます」
これも真っ赤な嘘。
わたしはそう思った。
高杯警部の言葉に、隣に座る西蔵警部補が軽く頷いているものの、こちらからも嘘の香りがぷんぷんとしてくる。
何故か知らないけれど、わたしの、嘘を嗅ぎ分ける能力はどんどん強くなっていっているみたいだった。




