41.登おじさんが来てくれた
わたしは不安な気持ちで携帯に向かいママの名を呼んだ。
「さくら、ごめん、いま手が離せないの」
電話はそれだけ喋ると接続が切れた。
「・・・・・・」
わたしは切れた携帯電話をまじまじと見つめた。
何だか、こっぴどく拒否られた気分。
「誰だったの? チェリーのママだったの?」
押し黙ったままのわたしの顔を見て、さくらが心配そうに聞いてくる。
「うん、ママだった。忙しくて手が離せないって・・・・」
「それって、本当にチェリーのママだったの、誰かママの名を騙った人とかじゃなかったの?」
「ううん、ママだった。確かにママだった」
そう、それはママの声に間違いがなかった。
娘のわたしが聞き間違えるはずもない。
本当に忙しい時にママが使う口調で、喋り方もママそのものだった。
「そうか、さくらさんのママが何者かに誘拐された可能性もあると見たんだが、それは早計だったようだね」
「でも、変ね。今、このタイミングで・・・ブロッサム氏が行方不明になったこの時期に急に出張だなんて・・・さくらさん、お母さんの勤めている会社は、何の会社なの?」
「は、はい。車の部品を作るメーカーで、ホンダの施設に部品を収めている会社って聞いたことがあります」
「ホンダ? ああ、和光の研究所か、寄居の工場の関係ね・・・なら、金融とは直接関係ないか・・・」
夢見先輩が両手の肘を机に付き、その手の上に頭を乗せて考え込むポーズをとった。
す、すごくきれい。
物思いに耽る美少女って感じで、凄く絵になる。
うらやましい。
わたしもああなりたい。
「チェリー、とにかく、あんた、家に帰れば誰も居ないじゃない。物騒だよ。危険だよ。デンジャラスだよ。特にあのジャーナリストの殺人事件とか、チェリーのパパを探している正体不明の組織とか、ハーフの美少女が夜中にたった一人で家に居るなんて」
「えーっ、だって、ママは出張だっていうしぃ・・・」
「だからさ、あたしんちに泊まりなよ。そしてチェリーのママが帰って来るまで、暫く一緒に登下校よ」
ゆかりの提案、それはそれで助かる。
すごく助かる。
だって、家のお金は基本的にママが全部持っていて、わたしの持っている現金はお財布の中の2000円くらいしかない。
郵便局で、自分の貯金を下ろすにしても、ATMのカードはママに預けているし、わたしの行ける時間帯では、郵便局の窓口は閉まっているはず。
朝晩の食事を節約して家の非常食を食べ、お昼は学食で食べるとしても、2000円では数日しか持たない気がする。
当分帰れないとメールには書いてあったので、このままいくと女子高生の餓死体が発見されるのはそう遠くないと容易に想像がついた。
その時、わたしはママのメールの最後の文字を思い出した。
「あっ、でも、ママは登おじさんに連絡しなさいって」
そうか、登おじさんに連絡しなさいとは、そういう意味だったのね。
登おじさんは、わたしの父親代わりの存在、わたしの窮状を聞けば、きっと直ぐにでも飛んできてくれるだろう。
「ゆかり、わたし登おじさんに連絡してみる」
わたしがさくらの家をちょっと遠慮したいのには訳があった。
それはセバちゃん。
セバちゃんをおいては行けない。
それからもう一つの理由。
それは、さくらの実家に辿り着くまでの山道にあった。
自転車を息を切らして押していく自信がなかったのだ。
登おじさんは車で直ぐに駆けつけて来てくれた。
住んでいる板橋からだと、かなりの距離があると思うのだけど、関越道を使えば1時間もかからずにやってこられるらしい。
「さくらちゃん、紅葉姉さんが急な出張だなんて、びっくりしたろう」
家について、私の顔を見るなり、開口一番、登おじさんがそう言った。
「うん、急なことなんで、もうびっくり」
おじさんを居間に案内しながら、わたしはそう答える。
みゃーーあ、みゃーーーあ。
セバちゃんがわたし達の顔を見上げ、盛んに鳴き声を上げている。
「よっ、セバスチャン。久しぶりだな」
おじさんがセバちゃんに手を伸ばした。
ところが、いつもはおじさんの手にじゃれついてくる筈のセバちゃんが、今日はどういう訳かおじさんの手をかいくぐって、わたし達に何かを伝えるように鳴いている。
みゃーーぁ、みゃーーーあ。
「どうしたの、セバちゃん。おじさんよ。登おじさん」
わたしがそう言っても、セバちゃんはちっとも鳴き止まなかった。
「セバスチャンは、いったいどうしたんだ? いつもと様子が違うようだが」
「うーん、わかんない。今日、家に帰ってきてからもずっと鳴いていた。お腹が空いているのかと思って、ご飯やお水を上げてもちっとも駄目」
みゃゃゃあ、みやああ。
何だか、一生懸命訴えているようだが、ちっともわからない。
あーあ、猫語が分かるアプリあればいいのに。
すると、業を煮やしたのか、セバちゃんは今度は固定の電話機が繋がっているコンセントの所に行き、そこをガリガリとひっかき始めた。
そうして、引っかきながらも、時々わたし達の顔を見上げる。
「なあに、セバちゃん、コンセントがどうかしたの?」
ま、まさか、ゴキブリでも隠れているのかしら。
ギョエー。
そうしたら耐えられない。
「ん?」
その時、登おじさんが何か気づいたようだった。
そして、受話器を取り耳に押し当てる。
何しているんだろう?
おじさんの行動は不可解だった。
「さくらちゃん、ドライバーってあるかな」
「はい、えーと、確か玄関の引き出しに」
「悪いけど、持ってきてくれないか」
おじさんの言いつけで、わたしは玄関からドライバーを持ってきておじさんに手渡した。
するとおじさんはそのドライバーを使って、壁に埋め込まれたコンセントの蓋を開け始めたのだった。
「おじさん、何を?」
おじさんの表情は真剣そのものだった。
ドライバーを使い、コンセントの蓋を外していく。
「やっぱりか、やっぱり」




