37.高杯警部の嘘と真実
「では、君のパパから連絡があったら、直ぐに知らせてくれたまえね。なんと言っても、君のパパの命がかかっているんだからね。くれぐれも頼むよ」
最後に高杯警部はそう言って席を立った。
そして、応接セットの机の上に置かれた名刺を手に取ると、携帯電話の番号をそこに書き記す。
パパからの連絡があったら、この携帯に電話しろということだった。
「は、はい。わかりました」
口ではそう言ったもののわたしは、もしパパから連絡があってもこの刑事さん達にだけは連絡をすまいと固く心に決めていた。
「ああ、それから」
高杯警部は席を立ちながら思い出したように言った。
「昨日、君の家の近くで車両火災があったのは知っているかな?」
「・・・はい」
訝しみながら返答するわたし。
「その車両火災で人が死んでいるんだけどね、殺されたのは古橋一郎というジャーナリスト、経済事件を専門にするフリーのライターだ」
そう言えば、朝のニュースで死亡したのはジャーナリストと言っていたのをわたしは思い出した。
「古橋はどうやら君のパパの件を追っていたらしい。焼け残った車両からメモが見つかっている」
「えっ、その人はこの件で殺されたということですか?」
「さあね、それはどうか分からん」
高杯警部は肩をすくめた。
「なにしろ、古橋はあちらこちらに恨みを買っていてね。彼の記事で、煮え湯を飲まされた輩も多いから、そっちの線で殺されたのかもしれない。ま、古橋の事件の方は我々の管轄ではないんでね」
そう言いながらも高杯警部は鋭い目でわたしの表情を観察している。
どうしてだろう。
わたしが動揺したかどうか確かめているのだろうか。
「ま、今日の話は人には喋らないでくれたまえ。警視庁が動いているという情報が洩れると、きみのパパの命が更に危険になるかもしれないからね」
高杯警部はそう言って職員室へと繋がるドアを開けた。
「先生、話は終わりました。どうもお邪魔しました」
「はい、どういたしまして」
ドアの側で待機していたのだろうか、花見月先生が直ぐに顔を出して2人の刑事を玄関へと案内する。
奇妙だった。
どこが奇妙とははっきりとは言えないけど、高杯警部は真実の半分も話していない気がした。
警察の世界では、全ての真実を話す訳がないことはなんとなく知っていた。
警察に長くいると、虚実を入り混じらせて話す癖がつくのだろうか。
でも、わたしは、高杯警部の話の裏に何か別の目的があるのではという気がして仕方がなかった。
そして、それは何か良くない目的のような気がする。
「八重山さん、刑事さんの話、なんだったの?」
刑事を送って戻ってきた花見月先生がわたしに尋ねてきた。
「すみません。刑事さんは人には話すなと・・・・」
わたしは申し訳なさそうな顔をした。
「そう、警察の人に口止めされているならば聞かないけど、あなた、変なことをやっていないでしょうね」
「やっていません。知り合いのことで色々と聞かれただけです」
花見月先生は疑わしげな顔をした。
「高杯さん、いいんですか、あんなことまで喋っちゃって」
学校の敷地に止めた警察の白い捜査車両の中では西蔵警部補が高杯警部と話をしているところだった。
捜査車両と言っても、何の変哲もない普通の乗用車である。
「なあに、構わんよ。ちょっとあぶりだそうと思っただけでね」
「でも、相手は女子高生ですよ。古橋のことも教えるなんて。怖がらせるつもりですか」
高杯警部は、西蔵警部補の言葉に口の端を軽く引き上げた。
本人は笑っているつもりなのだろうか。
「そうさ、でも、ありゃあ特別な女子高生だな」
「ええ、ハーフの女子高生なんて初めてみました。スタイルも良く、金髪が見事でしたね。ハーフっていうのは、どの子も実に綺麗なもんですね」
「あほか、お前は」
高杯警部は、さも軽蔑したように西蔵警部補に言った。
「だからお前は何時まで経っても警部補なんだよ。あの子の目を見たか?」
「ええ、ブルーというか、緑がかった綺麗な青でした」
「ちがう、違うよ。一見ひ弱な綺麗なだけの女子高生にしか見えないが、あいつの中には強い芯のような物がある。それが分からんのか」
西蔵警部補は高杯警部のその言葉に考え込んだ。
だが、まったく思い当るところがなかったと見えて、首を横に振る。
「いやあ、まったく分かりませんね。自分は彼女の綺麗な目に見とれていただけですから」
高杯警部補はフンと鼻で笑った。
そして背広のポケットに手を伸ばすと、たばこを取り出した。
「高杯さん、禁煙、禁煙するって言っていませんでしたっけ?」
「禁煙? ああ、もう今朝がたしたよ」
それでも高杯警部は名残惜しそうに煙草を見つめると、またポケットにしまい込む。
「あの子の目はな、人の行動を観察する目だ。俺の言ったことの一言一言を追いかけ、本当かどうか考える目だ」
「へえー、そんな目があるんですか」
「ああ、ある。あの子は、俺の言ったことのうち幾つかを、嘘と見抜きやがった」
「えっ、そんなことが・・・・」
高杯警部はまたポケットをもぞもぞと探り、たばこの箱を取り出した。
「さすがはJ・Jの娘だな。奴も金融業界のはったりを見抜く目を持っていたそうだからな」
結局、そう言いながら高杯警部は煙草を一本抜きだすと、それに火をつけた。
そして、美味そうに煙をフーッと吐き出す。
「それで古橋の話をして揺さぶりをかけたと」
「ああ、あの娘には身の危険を感じてもらわにゃならんかった。でないと、父親の潜伏先、教えてくれそうになかったからな」
「あの子は、本当にブロッサムの潜伏先、知っているんでしょうか」
「それは分からん。あの娘の表情からは何も読みとれなかった。知っているものやら、知らぬものやら・・・・しかし、いまのところJ・Jを追いかけられる線はあの娘と、別れた女房しかいない。俺たちの班は娘の方を監視し続けるまでさ」
高杯警部はそう言って考え込んだ。
高杯もまた、これまでの犯罪捜査の過程の中で、相手が嘘を言っているかどうか感じ取る力を身に付けていた。
それは警察官として、必要に駆られて身に付けたノウハウのような物だった。
だが、八重山さくらにはその経験がまったく役に立たなかったのだった。




