36.警視庁の刑事来訪
学校のクラスは毛呂山で起きた車炎上事件の話で持ち切りだった。
なにしろ、犯罪や事件・事故などほとんどない、のどかな田舎町で起きた事件なのだ。
特に、クラスの男子生徒の一人がその現場のすぐ近くに住んでいたこともあり、彼がその事件の一部を目撃していたことが分かった。
「いやあ、警察には口外しない様に言われているんだけどさぁ」
その男子生徒は、集まって来るクラスメイトに得意げに話している。
「ありぁ、絶対に殺人事件だよ。俺、家の窓から見ていたんだもん。叫び声が聞こえて、窓の外を見ると、男が2人止めてあったワゴン車から飛び出してきたんだ。そして、すぐ近くのもう一台の白い乗用車に乗り込んで、急発進していった。それからすぐだよ、ワゴン車から火が出たのは」
クラスメイトは一様にへえーっという驚きの声を上げた。
かくいうわたしも、思わずへえーって声を上げそうになる。
テレビのニュースで言っていた目撃者って、この子のことだったんだ。
「チェリー、今の聞いた?」
前の席のゆかりが、身体を捩じってわたしに話しかけてきた。
その表情は硬くこわばっている。
「うん、聞いたよ」
わたし達は、ヒソヒソ声で話を始めた。
「あの、焼け死んじゃった人の身元が判明したんだって」
ゆかりは手に持ったケータイのニュースサイトをわたしに見せた。
「えーっ、やっぱりジャーナリストだったんだ」
その画面には、焼死した男性が古橋一郎というフリーのジャーナリストで、専門は経済関係であることが書かれていた。
「ジャーナリストがチェリーのことストーカーしていたのかな。なんで?」
それはわたしも分からなかった。
なんでだろう。
放課後、わたしは副担任の花見月先生に呼ばれた。
「八重山さん、ちょっといいかしら」
「はい」
「あなたに面会したいって方がいらしているのだけど、一緒に応接室に来てくれない?」
「・・・はい」
先生の表情は困惑の色が少し漂っていた。
なんだろう?
面会したい人?
学校にまで来てわざわざ面会を申し込む人など、わたしにはまったく心当たりがなかった。
「じゃあ、チェリー、先にデリ研に行っているね」
隣で花見月先生との会話を聞いていたゆかりが、わたしに声をかけた。
「うん、分かった。終わったらすぐに行くから」
わたしは先生に連れられて応接室に向かった。
応接室は職員室の隣にあり、普段は校長先生などの先生が来客との打ち合わせに使っている。
一般の生徒は滅多に入らないところだ。
「失礼します」
ドアを開けられて中に入ったわたしは、異様な雰囲気に息を呑んだ。
応接室には見たことのない2人の中年のおじさんがいた。
少しくたびれた背広を着た、どこにでもいるような中年の男性。
でも、その眼つきは鋭かった。
わたしを見て立ちあがり、にっこりとほほ笑んだが、その目はまったく笑っていない。
わたしを隅から隅まで観察するような・・・値踏みをするような目だった。
「やあ、わざわざ呼び立てて済まなかったね。わたし達は警視庁の捜査官で、わたしは高杯、そしてこちらは西蔵という者だ」
背の高い、高杯と名乗った、少し頭が寂しいほうの男性がそう言いながらわたしに名刺を渡した。
その名刺には警視庁捜査二課警部と書かれていた。
警視庁の捜査二課?
西入間警察署じゃなく、警視庁?
「あ、あの・・・初めまして。八重山さくらです」
どきまぎしながら、わたしはそう挨拶をした。
「あの、わたしもご一緒しても・・・」
わたしの不安そうな表情を察知したのだろうか、花見月先生が捜査官に尋ねた。
「いや、ほんの参考程度のことですから、できれば、彼女とだけ話をさせていただけないでしょうか」
高杯警部はやんわりと、そして毅然と花見月先生の申し出を断った。
「そ、そうですか。わかりました。では、何か御用があればそこの扉を開けて声をかけてください。職員室に直接つながっていますから」
花見月先生はそう言ってもう一つのドアから出ていった。
その後姿を高杯警部は相変わらずの鋭い目つきで見送った。
そして、完全にドアの向こうに姿を消したことを確認すると、わたしに向かって身を乗り出してきた。
「さて、さくら君、最近、君のお父さんからの連絡はあったかな」
高杯警部はいきなりそう切り出して来た。
それは、わたしの想像していた質問とはまったく違っていた。
わたしは、焼け死んだというジャーナリストのストーカー行為について聞かれるとばかり思っていたのだ。
「えっ、い、いえ、まったく連絡ありませんけど・・・」
「そうかね、君のパパは・・・J・Jことジョナサン・ジェイコブ・ブロッサム氏は、1週間前に日本に入国しているのだが、本当に、まったく連絡がなかったかね」
高杯警部の目は、嘘を見抜こうとするかのように鋭かった。
その僅かな表情の変化を捕えようとする目は、まるで鷹のようだった。
「本当です。パパが、パパが何かしたんですか」
わたしは、暗澹たる気持ちになった。
警察がパパの行方を探している。
そのことで考えられることは一つしかなかった。
まさか・・・まさか・・・・。
何をしたの、パパ。
「いや、君が考えて居るような犯罪を犯したわけではないよ。だから、安心しなさい。ただ、君のパパは、命を狙われている可能性が高い。そのために、我々がその身柄を保護しようとしているんだよ」
嘘だ。
わたしは高杯警部の言葉に、まじりっけのない悪意を感じた。
わたしは、先ほどもらった名刺に目を落とした。
千代田区霞が関の住所と電話番号がそこには印刷されている。
本物のようにも見える。
「あ、いや、高校生の君にはいきなりこんな話、驚くだろうね。だが、我々もなんとか君のパパの力になりたいと思っているんだ」
またもや高杯警部の言葉に、言いようのない黒い霧のような霞がかかっている。
わたしは、この人たちは信用しては駄目だと思った。
「何故、パパは命を狙われているんですか?」
「ああ、それはインターポールからの連絡でね。ある重要な事件の目撃者ということなんだ。ただ、その相手が悪かった。ギャングのボスでね。それで君のパパは命の危険を感じて逃げ回っているとのことだった」
この言葉も信用できなかった。
彼らがパパを探している真相は違う。
わたしは、そう直観した。




