35.事件は起こった
家に着くと、わたし達は自転車を止め中に入った。
「ただいまぁ」
わたしの声に、居間からセバスチャンが飛び出してくる。
「今日は、お客さん連れて来たよぉ。ゆかりだよ」
みゃみゃゃーあ。
セバちゃんはゆかりの顔を見上げて、挨拶でもするかのように鳴いた。
「あら、セバちゃん、おっヒサー。相変わらず可愛いね」
ゆかりは寄ってきたセバスチャンをひょいと抱き上げて頬ずりをした。
何度もゆかりは遊びに来ているので、この二人は仲がいい。
セバスチャンも、頬ずりされて満更でもないような表情だ。
セバちゃんって色男ぉー。
わたし達は着替えてから居間に戻ってきた。
ゆかりには、わたしのスエットを貸している。
「ごはんにする? お風呂にする?」
「断然ごはん、ごはんよ。もうお腹ペコペコ」
ゆかりの宣言で、わたしは冷蔵庫から作り置きのおかずを出していく。
「そうだ、チェリー、メモメモ」
ゆかりは先ほどの不審者のナンバーを覚えたと言っていたが、それを忘れないうちにメミしようとしているらしい。
「電話機の横、ペンもあるでしょ」
「うん、あった」
ゆかりは、セバちゃんを抱っこしながら、覚えたてのその車のナンバーを書いて行く。
「チェリー、警察に電話しなくていいかな」
不意にゆかりが言った。
警察。
全然考えていなかった。
でも、どうなんだろう。
2~3回怪しげな車を見たというだけで、警察に通報していいものだろうか。
運転手がわたしを見つめていたという確証はない。
見つめられているというわたしの感覚だけの話だ。
たまたま、車がそこに居ただけなのかもしれない。
団地の住民の車かもしれないのだ。
もし、そうだとしたら、何度も続けて目撃することだって十分にありうる。
「警察はまだやめようよ。何かされた訳でもないし」
「そう? 何だかあたしから逃げたあの動き、絶対に怪しいと思うんだけどなぁ」
ゆかりは、それでもあっさり引き下がった。
きっと、車のナンバーを控えたので、何かあったら簡単に捕まえられると思っているようだった。
「それより、ゆかり、聞いて、聞いて」
わたしは、今日川越で登おじさんと合って知ったことをゆかりに話した。
ごはんを食べながらだけど、ゆかりはその話を目を丸くして聞いていた。
「ええっ、そうなのぉ、チェリーのパパが金融派生商品のトレーダーだって!」
「うん、そうらしいよ。LTCM社っていう、もう潰れてしまった会社にいたらしいの」
「そ、そうなんだ。って、ことは、チェリーがデリ研の夢見先輩に出会ったのも、金融派生商品の道に進めって言う共時性なのかもしれないよ」
共時性。
オカルトにも興味を持っているゆかりらしい言葉だ。
ゆかりに云わせると、意味ある偶然、導きなんだという。
それについては、わたしはちょっとまゆつば。
それに、ゆかりが云うような金融派生商品の道に進むつもりは、わたしはまったくない。
だって、金融派生商品は、あまりにも不幸を世界中にまき散らしているんだもの。
翌日、わたしとゆかりは寝ぼけ眼で朝食を食べていた。
結局、昨日の夜はママの帰宅はずいぶんと遅かったようだ。
ゆかりが泊まりに来ていることをメモにしてダイニングテーブルに置いておいたから、ママは気を利かせて、朝食とお弁当を2つ用意してくれていた。
あ、ありがとう、ママ。
「チェリーのママって、凄いのね。夜遅いし、朝は早くて、あんまり寝ていないんじゃあないの」
パンをモグモグ食べながらゆかりが言った。
「うん、そうね。睡眠時間4~5時間って言っていた。ぜーったい、お肌に悪い思うんだけどな」
わたしもパンを口に頬張りながら返答する。
居間では、つけっぱなしのテレビがニュースを流していた。
その声がとぎれとぎれに聞こえてきた。
『次のニュースです。埼玉県毛呂山町で車が炎上し、中から男性と思われる焼死体がみつかりました』
ええっ、毛呂山だって?
わたしとゆかりはびっくりして、同時にテレビの画面を見た。
『昨夜、夜9時半ごろ、毛呂山町の県道の路肩に止められた大型ワゴン車が炎上していると通りがかりのタクシーの運転手から警察に通報がありました。警察と消防が駆けつけた所、大型のワゴン車が炎に包まれており、消火にあたったところ、車内から男性の遺体が発見されました。この男性は、免許証から都内のジャーナリストの可能性が高く、現在、警察がその身元を確認しています。車が炎上する少し前に複数の男が現場から立ち去ったとの別の目撃者の情報もあり、警察は自殺と他殺の両面から調査を始めています』
テレビの画面には、住民提供とのテロップとともに、激しく炎を上げる車が映し出されていた。
「チェリー、この近くよ。近く。ほら、コンビニが映っている。どうりで、昨日の夜、消防自動車のサイレンがうるさかった訳よね」
だが、わたしはその画面に釘付けになっていた。
炎上するその車。
その形。
「ゆかり、あの車・・・・」
「えっ?」
わたしの言葉でゆかりは直ぐに気づいた。
その車は、昨日、わたし達の前にいた車と、シルエットがそっくりだった。
まさか・・・。
まさか・・・。
車のナンバープレートが偶然にも画面に映し出される。
一部のナンバーしか見えなかったが、ゆかりが大声を上げた。
「あっ、あのワゴン車だ。間違いない。だって、ナンバーが頭20から始まっている」
ゆかりは昨日メモをしてダイニングテーブルの上に置いたメモをわたしに見せた。
そう、そこには確かに画面に映し出されたナンバーと一致している数字が書かれていた。
「ええっ、いったい、どういうこと?」
わたしとゆかりは顔を見合わせた。




