34.不審なワゴン車再び
川越から東毛呂の駅に降り立った時には、夜の7時をまわっていた。
登おじさんが、ご飯をおごってくれると言ったけど、わたしはそれを丁重に断って帰ってきたのだ。
この時間帯には都内から帰宅する人が多い。
100人位の乗降客に交じって、わたしは駅の改札を出た。
お迎えの車が次々と学生やらサラリーマンを乗せて駅前のロータリーから出ていく。
ロータリーと言っても、ちょっとした広い道路になっているだけで、そこは停車している車で結構混雑していた。
ぞくっ。
不意にわたしは身震いをした。
寒かったわけではない。
なにか、言いようのない視線を感じたのだ。
・・・・あっ、あそこ・・・。
ロータリーを、視線の元を確かめようと見回したわたしに、一台の車が目に飛び込んで来た。
黒塗りの大きなワゴン車。
それは、昨日の学校の帰りに、国道に止っていたワゴン車とそっくりだった。
その車体の大きさに、駅から出た乗客が迷惑そうにその車の横を通り抜けていく。
視線は・・・その視線の持ち主は、そのワゴン車の中からわたしをじっとみている。
そう、わたしは感じた。
まさか・・・誘拐?
わたしの頭の中に、そんな言葉が駆け抜けた。
ついこの間も、女子中学生が誘拐され無事に発見されたというニュースが流れたばかりだ。
その誘拐事件は、東武東上線の走る朝霞市で起きている。
そのニュースに触発され、付け狙っている者がいるとしたら・・・
わたしは恐怖を感じた。
頭の中では夜7時の、寄託者が多い街中で誘拐などできっこないと分かっていた。
分かっていたけど、足がすくんだ。
と、その時だった。
ポンと、わたしは後ろから肩を叩かれたのだ。
「きゃっ」
短い悲鳴を上げて振り向いたわたしの前に、わたしと同じ高校の制服を着た女性徒がいた。
「なによ、チェリー、悲鳴なんか上げて、こっちがびっくりするじゃあない」
それは、ゆかりだった。
どうやら、デリ研の帰りのゆかりと、偶然にいっしょになったようだった。
「ゆ、ゆかりだったの? ごめーん」
わたしは早鐘のように鳴る自分の心臓を落ち着けようと胸に手を当てた。
「なに? どうしたの? 痴漢にでも会ったの?」
ゆかりが、心配そうに私の顔を覗き込んでくる。
「あっ、うん、実はね、変な車が昨日からずっと・・・」
わたしはワゴン車を指さそうとした。
「あれ?」
わたしの指の先、ロータリー止っている筈のワゴン車がきれいさっぱりいなくなっていたのだ。
「なになに、どれ? どの車? あの白いヤツ?」
「ううん、さっきまで居たんだけど、いなくなっちゃった」
先ほどまで黒塗りのワゴン車が止まっていた場所には、家族のお迎えなのだろうか、白い軽乗用車が止まっている。
高校生の女の子がその車に走り寄って乗り込むのが見えた
不思議だ。
ちょっと目を離した隙に居なくなっている。
と、いうか、わたしがその車に気づいたのを察知していなくなったとしか思えなかった。
「よし、チェリー、今日、あんたん家に泊まるよ」
不意にゆかりがそう宣言した。
「えっ、ええっーっ、と、泊まるって」
「不審な変質者に付け狙われている可能性があるんでしょ。一人で帰るのは危ないから、わたしも一緒に行くわよ」
ゆかりとは大の親友で、これまでに何度もお互いの家に泊まりに行ったことがある。
だから、泊まるのは別にいいけど・・・。
というか、ゆかりが一緒に帰宅してくれるのは、とても心強いし、登おじさんと会って話した内容も教えたい。
するとゆかりは鞄からぬいぐるみのストラップだらけの携帯を取り出した。
そして、片手で素早く電話を掛ける。
「あっ、もしもし、おかあさん。あたし今日ね、チェリーの家に泊まることにしたから・・・・うん、大丈夫よ。ちゃんとお礼言っとくから・・・うん、はい。分かりました。じゃあね」
ゆかりはパチンと音を立てて携帯を閉じた。
あ、相変わらず行動が素早い。
「・・・ゆかり、ほんとうにいいの? もし本当の変質者だったら、途中で襲われちゃうかもしれないんだよ」
「大丈夫だって。ほら、防犯ブザーも持っているし、いざとなればあたしには自転車で鍛えたゆかりキックもあるし」
ゆかりキックなるものは初耳だった。
どんなキックなんだろう。
ライダーキックみたいに、破壊力抜群ならいいけど・・・。
「チェリー、あんた、自転車、駅に置いているんでしょ?」
「う、うん」
わたしとゆかりは揃って自転車置き場へ行き、自転車に乗った。
東毛呂の駅からわたしの家のある団地までは10分くらいかかる。
狭い道を並んで自転車で走る訳にはいかないから、必然的にわたしが先頭になった。
駅前から団地の方向に行くと、流石に家はまばらになってくる。
団地は一戸建ての家が結構あるのだが、団地に向かう途中の道は畑やら田圃が続いている。
団地に入って、もう少しでわたしの家というところで、わたしは急ブレーキをかけた。
「わっ、チェリー、どうしたの」
前を走るわたしの自転車にぶつかりそうになって、ゆかりも急ブレーキをかけた。
「ゆかり、あ、あれ」
わたしは50メートル位先に止っている自動車を指さした。
それは、黒塗りの大型ワゴン車。
先ほど駅前のロータリーで見た物に間違いなかった。
「あれが例の車ね。どんな奴が運転しているのか見てやる」
「あっ、ちょっ、ちょっと待って・・・」
ゆかりはわたしが止める間もなく飛び出していった。
流石は山道で鍛えた足腰、わたしも必死に追うが、全然追いつけない。
ゆかりとわたしの自転車はどんどんワゴン車に近づいて行った。
だけど、ゆかりがもう少して届きそうになった時に、ワゴン車は急発進をした。
「ああっ、ちょっとぉー、待ちなさいよぉぉぉぉ」
ゆかりが大声でワゴン車を止めようとするが、ワゴン車の方は委細構わずにどんどんと遠ざかっていく。
それでもゆかりはなおも執拗に追いつこうとした。
だけど、車と自転車では最初から結果は目に見えていた。
ワゴン車は、エンジンの音を響かせながら、わたし達の目の前から姿を消したのだった。
「ゆかり、ゆかり、大丈夫?」
途中で追跡を諦め、自転車を止めて荒く息をしているゆかりにわたしはようやく追いついた。
「むうー、残念、運転手全然見えなかった。でも、番号はばっちり覚えたからね」
ゆかりは、そう言って、わたしにウィンクをした。
た、頼もしすぎるよ、ゆかり。




