26.自転車が変
「もう、すっかり遅くなっちゃった。早く家に帰らなきゃ」
わたしはめっきり生徒数の少なくなった廊下を、急ぎ足で1年3組の教室に向かった。
時計の針は、午後7時に近づこうとしている。
夢見先輩の話があまりにも面白かったため、こんなに時間が経っているとは思わなかったのだ。
「ゆかり、帰りは大丈夫なの?」
わたしは、すぐ後ろに続くゆかりに声をかけた。
わたしは自転車だけど、ゆかりは武州唐沢駅まで行って、そこから電車に乗らなければならない。
彼女の降りる駅は隣の東毛呂という駅で、そこから自転車で山の方に向かわなければならないのだ。
家から学校まで、ドア to ドアで1時間半くらいかかる筈。
と、いうことは、ゆかりの帰宅時間は午後8時半になるということである。
結構な通学時間だ。
「うん、大丈夫、でもさ、帰り道の山がけっこうきついのよね。このままじゃ、乙女の美しい足が競輪選手みたいになりそうで、ホント。怖いよ。あーあ、お父さん、電動アシスト自転車にさせてくんないかな。そうすれば家から学校まで自転車一本で来れるし、定期代考えると絶対にお得だと思うんだけどな。」
「うん、そうだね。で電動アシスト自転車乗ってきていいかどうかは校則には書いていないから、学校に聞いてみたら?」
ゆかりの自転車通学は居間に始まったことではない。
毛呂中の時もずっと自転車通学だった。
でも、わたしにはゆかりの足が筋肉隆々になっているようには見えない。
10代の少女らしい、すらりとした綺麗な足だと思う。
「お前も電車なのかよ」
わたし達の更に後ろを付いてくる謂越君がゆかりに尋ねた。
「電車よ。何か文句ある?」
「いや、ねーよ。俺は坂戸まで電車だけど、お前、全然見かけねーなと思ってよ」
「そりゃあ、電車に乗る時間帯が違うからでしょ」
「ああ、そうだな」
木で鼻をくくったような・・・というのは正にこのことなんだなとわたしは思った。
だけど、謂越君はまったく気にもしていないようだった。
心が広いのかな?
それとも、邪慳にされているのが気が付かないほど鈍いの?
「さっ、鞄もってさっさと帰ろう」
わたし達は急ぎ足で教室に入り、鞄を取り出した。
ずっしりと重い鞄だ。
辞書とか、教科書とか色々入っているから重いのは当たり前だ。
そう言えば、英語と数学の宿題、今日出されていたんだった。
早く帰って、宿題やらなきゃ。
そう思いながら、わたし達は教室を後にした。
何だか、ジョン・ローの話にすっかり飲み込まれてしまって、おしゃべりをする元気がない。
それはゆかりも一緒のようだった。
そうして、わたし達は無言のまま、玄関を出るところまで一緒にだった。
「じゃ、ゆかりに謂越君、わたし、自転車置き場に行くから。バイバイ」
「チェリー、また明日ね。後でLINEするからね。宿題の答え合わせしようね」
「うん、分かった」
「おう、じゃあな」
ゆかりと謂越君に背を向けて、わたしは自転車置き場へと向かった。
その途中で、仲の悪い二人を一緒に下校させて大丈夫かなという考えが、チラリと頭をかすめた。
でも、小学生じゃあないんだから、取っ組み合いみたいなおバカな真似なんかしないわよね。
わたしは、そう思い直した。
自転車置き場は、学校の隅の敷地にある。
校舎を出てから3分くらいのところだ。
雨避けの簡単な屋根が付けられた自転車置き場だ。
わたしは、急ぎ足でそこに向かった。
すっかり日が暮れていて、構内の敷地にはあちらこちらに街灯が光っている。
その街灯の中を、運動部の生徒たちが部活動を終わらた最後の生徒たちが教室に戻っていく。
すれ違う何人もの男子生徒が、わたしのほうをジロジロと見るのを感じた。
もう、慣れっこになっている筈の視線。
でも、不躾にジロジロみられるのは、正直言ってあまり好きじゃあない。
側にゆかりがいれば、彼女が持ち前の負けん気を発揮して、男子生徒を睨み返してくれているんだろうな。
わたしは、男子生徒の視線を背中に感じながら、自分の自転車の置いてある場所に着いた。
「・・・・あれ?」
自転車を一目見て感じた。
何か違和感がある。
何だか自分の自転車なんだけれど、いつも乗っている自転車と、雰囲気がおかしい。
何がおかしいんだろう。
悪戯でもされたのだろうか。
わたしは、自転車をじっくり見回した。
タイヤもハンドル周りも、ブレーキもこれといっておかしなところはない。
いつものわたしの自転車に間違いない。
でも、何だか変だ。
どこが変なんだろうか。
わたしは身をかがめて詳細に自転車を点検した。
だけど、どうも分からない。
5分くらいもそうして自転車を点検していただろうか、わたしは遂に諦めて自電車の鍵を開錠した。
前照灯のダイナモをセットしてから走りだす。
自転車をこぎ出して直ぐにわたしは気づいた。
ダイナモがおかしいのだ。
いつもより、ほんの少しだけ重い。
それはほとんど気が付かないほどの重さ。
体調や道の状態によって、ダイナモも重くも軽くも感じる。
だが、その時感じた重さは、なんとなく変だった。
「なんだろう、タイヤの空気、減っているのかなあ」
わたしは直ぐに自転車を降りてタイヤの空気を点検した。
だが、わたしの自転車の空気はパンパンに張っている。
越南高校入学前に、中学から使っている自転車を、ママがタイヤ毎取り換えの修理に出してくれたのだ。
わたしは、ダイナモを点検してみた。
調度止ったのが該当の煌々と照らし出されている下である。
点検するための灯りは十分な明るさだった。
「・・・なんだろう、これは」
直ぐに私はダイナモの回転軸にから伸びている2本の細黒いいコードに気づいた。
凄く細くてぱっと見た目には気づかないほどの太さだ。
そして、そのコードが大な物裏側に伸びている。
わたしは顔をうんと近づけてそのダイナモの裏側を見てみた。
そこには、薄いシールのような物が張り付けられ、2本のコードはそのシールの下に潜り込んでいた。
それは確かに以前に自転車を見た時には付いていなかった物だった。
「何だろう、自転車屋さんが、修理の為に付けてくれたのかな」
思い当ることと言えば、1か月ほど前にタイヤ交換の為に自転車屋さんに修理を出した時に付けられたものなのかなということだった。
だけど、わたしはその後、何度も何十回もこの自転車に乗っている。
それまで、全然気が付かなくて、今初めて気が付いたのだろうか。
何だか、狐につままれたような気分。
でも、とりあえず自転車をこぐには支障がなさそうだった。
「ま、いっか」
わたしはそう呟くと再び自転車にまたがった。
急げば、ゆかりと謂越君を追い抜けるかな。
そう思いながらわたしは自転車をこぐ足に力を込めた。




