25.結局、ジョン・ローは詐欺師だったのか?
「後世、ジョン・ローの評価は見事に分かれているわ。稀代の詐欺師と言う人もいれば、国家再建に尽力した経済学者との声もある。彼が見つけた信用理論は今でも銀行の自己資本比率に現れているほどなの。それに、ローがパリを脱出した時には、巨万の富を築いていた筈のローが持っていたのは、ダイヤモンド1個だけだったことも同情される原因の一つね」
「えっ、それしか持っていなかったんですか?」
意外だった。
銀行の総裁にまで上り詰め、時の権力者オルレアン公と密接に繋がっていたジョン・ローがほとんど身一つで逃げ出したとは。
「そうよ。ローの財産は全て株の買い支えなどに全て使われてしまったの。彼もまた破産者の一人だった。だから、単純な詐欺師というカテゴリーからは一線を画した方がいいかもしれない」
でも、ジョン・ローは多くのフランス国民の財産を失わせてしまったのだ。
45億ルーブルという巨額の借金である国債を清算し、国家財政を好転させたことは大きな功績かもしれないけど、その代りにフランス国民の世帯の財産を使いこんだのだ。
フランス国家の、ブルボン王朝の観点から見るのか、国民側から見るのかによって、ジョン・ローは英雄にも見えるし詐欺師にも見える。
わたしはそう思った。
「ジョン・ローを悪人と言う人は、ローが若い頃イングランドで殺人を犯して絞首刑を宣言されたにもかかわらず、脱獄したことも関係しているわ。彼はその後、賭博師となり、ひと財産を博打で築いたの。その時からイカサマ師との評判は付いた回ったわ。」
そうなんだ。
もともとは人殺しの犯罪者。
「でもね、ジョン・ローの卓越した金融知識とアイデアは実家の家業が関係していたの。父は裕福な銀行家で、母は金細工師の娘。当時の金融関係の最先端を行く家系の出だったのね」
なるほど。
それがあっての銀行の兌換紙幣の理論だったのか。
いいところの家のぼっちゃんが、身を持ち崩し、人殺しを犯しで博打打ちになり、それでも生来の知恵とアイデアで窮地を切り抜けてきた。
ジョン・ローの最後までの足掻きは、その人生から来ているのね。
「夢見先輩、本当のところはどうだったんでしょうか。ジョン・ローは詐欺師だったんでしょうか、それとも、フランスを救おうとした英雄だったんでしょうか?」
わたしは、たまらずに夢見先輩に尋ねた。
「それはどうかしらね。何と言っても300年も前の話だし、ジョン・ローは手記を残さなかったので、本当のことは分からない。でも、ローの取った行動からは、ある程度類推できるわ」
うーん、元は人殺しの賭博師。
でも、フランスの財政危機を一時的にせよ好転させた。
その後のニューオリンズの偽金鉱事件さえなければなあ。
「詐欺師、英雄なんてちっぽけなカテゴリーでは、結局ジョン・ローのことは語れないな」
不意にそう口を挟んだのは、謂越君だった。
それまで大人しく壁に貼られた模造紙のレポートを読んでいたから、てっきり夢見先輩の話を聞いていないものと思っていたけど、しっかり聞いていたんだ。
「なによ、あんた。聞き耳立てていたのね」
すかさずゆかりが謂越君に文句を言う。
「聞き耳立てていたとは人聞きが悪いぜ。これだけ横で話されていたんじゃ、嫌でも耳に入って来るに決まってんじゃん」
そりゃ、そうだよね。
でも、ゆかりは何でこんなに謂越君と仲が悪いんだろう。
前世で恋敵か何かだったのかしら。
「謂越君はジョン・ローのこと、どう思った?」
夢見先輩がにっこりとほほ笑みながら謂越君に尋ねた。
ずるーい。
あの笑顔を男の子に見せてあげるなんて。
「ジョン・ローは生来のギャンブラーだったんでしょうね。彼は、自分の予想が的中することに無類の喜びを感じていた。競馬好きが、パドックの状況や馬や騎手の状態の情報を集め、一生懸命推理して、的中させることに人生の喜びを感じるのと一緒じゃあないでしょうか。この方法をとればこうなる筈と言う予測を的中させるために、オルレアン公という最大のバックを持ったことが彼にとっての幸いであり、不幸でもあった。だから、フランス国家の為とか、自分の利益のためとかいう分類は、完全に明後日の考え方だと思いますよ」
謂越君のその答えに、夢見先輩も、渦巻先輩も満足そうに大きく頷いた。
「そうね、わたしもそう思うわ。ちなみに、ジョン・ローがダイヤモンドを一個だけもってフランスから脱出したけれど、そのダイヤモンドをローは、後日賭けで失ってしまっている。本当に自分の損得だけしか考えない詐欺師だったら、そのダイヤモンドを売って別の詐欺の原資にしたでしょうね」
わたしは、驚いて謂越君の顔を見た。
へえー。
がさつな、不良っぽい男子高校生だとばかり思っていたのだが、意外と人の心の中を深読みできるんだ。
「でもね、今のデリバティブを扱う金融業界にいる人たちのDNAに、このジョン・ローの思想というか、性向が深く流れているとわたしは思っているの」
「あっ、それは俺もそう思います」
夢見先輩の言葉に、すぐさま同意したのは今度も謂越君だった。
「DNAって、本当の子孫って意味じゃあないでしょうね」
ゆかり、その質問は愚問だよ。
「本当の子孫の訳、ねえだろう。考え方や方向性がジョン・ローと似ているという意味だぜ」
「分かっているわよ、それくらい。ちょっと聞いてみただけよ。聞いてみただけ」
ゆかりがむくれている。
でも、わたしはとりあえずゆかりを無視することにした。
「じゃあ、今の金融業界の人って、基本的にギャンブラーってことですか?」
「そうかもしれない。特に金融派生商品を扱う連中はね。彼らは色々な複雑な数式を用い、確率を弾きだしてその金融商品が将来の、ある時点で価格が上がっているか下がっているかを予測しその相場に賭ける。自分の予想通りならば、巨額の報酬がもらえるし、違っていたならば大きな損失を出す。普通ならば、それに人生を賭けるなんてことやらないわよね。でも彼らは違う。ジョン・ローと同じように顧客から預かった巨額の元手を、自分の資産も含めて賭けるのよ。時には偽情報を世間に流して価格を誘導したり、持ってもいない債権を先物で売って、限月での売りと買いの差額を掠めとったりして、まさに、ジョン・ローそのものと思わない?」
その通りだった。
賭けに勝ち続けていたジョン・ロー。
死刑囚から出世に出世を重ね、フランス国民からは英雄とよばれるようになったジョン・ロー。
でもその最後は、派手な負けっぷりだった。
そして、ジョン・ローの世界の危うさが、今の金融派生商品にあると夢見先輩は言うのだ。
わたし達の世界も1720年のフランスと同じことが起きるのだろうか。
金融派生商品でレバレッジが掛けられ、膨れ上がったお金の総額が12京円。
それが1720年のパリで、ジョン・ローが大量に刷った王立銀行券がもたらした大混乱のように、わたし達の時代にも同じようにことが起こるのだろうか?
わたしは暗い未来の世界を垣間見たような気がして、思わず身震いをした。




