24.ジョン・ローの最後
「じゃあ、王立銀行券が発行のし過ぎで破たんすることを知っていて、自分だけ抜け駆けしようとしたんですね」
なんて人間だろう。
自分さえ良ければいいという、人間の典型なのだろうか。
貴族でも、そんな浅ましい人間はいるんだ。
「いいえ、それは違うわ」
「違うって・・・ではそのコンティ公は違う理由で紙幣の交換を要求したってことですか?」
わたしは面食らってしまった。
いったいどんな理由なの?
まさか、ジョン・ローのために価値のある金貨を退蔵しようとしたとか。
「それはね、ジョン・ローが作ったインド会社、その利権の分け前を貰おうとして、ジョン・ローに拒絶されたからなの。コンティ公は、その腹いせに自分の持っている兌換紙幣を前部交換しようとしたのよ」
訂正。
碌な理由ではなかった。
夢見先輩が卑劣漢と言った意味が分かった。
ジョン・ローの取り巻きは、悪漢・卑劣漢・詐欺師・山師の巣窟のようだった。
お金の臭いがするところにはそんな輩が集まる。
それを如実に表したような出来事だった。
「でもね、コンティ公が兌換紙幣を交換しようとしたという噂は、あっというまにパリ中に広まった。ジョン・ローの取り巻きが何で紙幣を金貨に変えようとしたんだってね。今やパリじゅうに王立銀行のリーブル紙幣が溢れていた。物価はうなぎのぼりに上昇したわ。なにしろ、数か月の間に、約27億リーブルものお金が出回っているのだから。そして、流石のパリ市民もなにかおかしいことに気づき始めた。」
そりゃあそうよね。
3年で回収した筈の国債30億リーブルに相当する紙幣が、一気に出回り始めたのだから。
素人のわたしにも、これは大変なことになると想像が付く。
「それで、王立銀行には取り付け騒ぎが起こったんですね」
「そう、パリの人々は、発行された紙幣に見合うだけの金が、本当に王立銀行にあるのかと疑い、次々と金貨と交換する人が現れたの。それと同時に、高値を付けていたインド会社=王立銀行の株も大暴落よ。人々は次々に株を売り始めた。」
うんうん、そうだろうな。
そりゃあそうするよ。
「すると、それを見たオルレアン公フィリップ2世は、悪手とも思われる手に打って出たわ。金貨の交換率を減らすために、交換率を100%ではなく95%に下げたの。5%の切り下げね。それを見たパリ市民は更に金貨との交換を求める人が更に増えた。そのためオルレアン公は1720年2月に、金貨と王立銀行券の交換を全面的に禁止したわ。そして500リーブル以上の金貨と貴金属の所有禁止を宣言し、その代りに15億リーブルもの紙幣を発行したのよ」
やっぱ、そうなるよね。
天才ジョン・ローもこれでおしまいかあ。
きっと、フランス国民は怒りまくったんだろうな。
金貨との交換と言う価値を失った王立銀行の紙幣しか実質的には使えなくなり、物価は急上昇する。
こりゃあ、革命が起きるわね。
「そうなってしまうと、もうオルレアン公とジョン・ローはおしまいですね。きっと、失脚するか逮捕されるか何かされたんですね」
そう聞くわたしに、なんと夢川先輩は首を横に振った。
ええっ、ふたりともお咎めなしだったの?
「いいえ、まだ最後ではなかったわ。彼らの最後の時が訪れるのももう少し先のこと。ジョン・ローはそこで起死回生の策に打って出たの」
「ええっ、まだ何か手があったんですか?」
わたしとゆかりは同時に声を上げた。
す、すごい。
詐欺師のくせに、その不屈の精神と機略に尊敬してしまいそうだ。
「ジョン・ローとオルレアン公はある発表をフランス全土に行ったわ。それが植民地のあったアメリカのニューオリンズに大規模な金鉱脈が見つかったという発表よ」
「ええっ、グットタイミング。よく見つかりましたね」
「いいえ、実際には見つかっていなかった。フランス国民に金はあって、その金が採掘されれば王立銀行券と金の交換が再開されるという希望を抱かせるためのものだった。国家ぐるみの詐欺よね」
あちゃー。
ここにきて詐欺師の本領発揮なの?
ジョン・ロー、あんた、もう死に体だよ。
「でも、この発表でインド会社=王立銀行は息を吹き返したわ。株価も上昇し、パリ市民はほっと胸をなでおろした」
「でも、そんなウソ、直ぐにばれてしまうんじゃ・・・」
「金が発見されたという場所がアメリカだったから、その嘘は直ぐにはばれなかった。行って帰ってくるまでに何か月もかかってしまうでしょ」
「あっ、そうか」
「ジョン・ローは自ら打ち立てた信用理論を信奉していたわ。国民が金があると思えば、実際にはなくても紙幣は信用されるものだと。でも、その安泰も数か月のことだけだったわ。金の採掘を目指して新大陸に渡った人々は、ニューオリンズに金鉱がないことを知って、次々にフランスに戻ってきたの」
やっばり、嘘はばれるよね。
こんどこそジョン・ロー、最後だね。
「ニューオリンズに金鉱がないことは直ぐにパリ市民に知れ渡った。その時、王立銀行は必死に集めた金を、紙幣発行残高26億リーブルの半分位には確保できていた。自己資本比率50%だから、大したものよね。でも、王立銀行には金との交換を求める人々で埋め尽くされた。本当の取り付け騒ぎよね。それで圧死した市民が15人出たそうよ」
死者15人。
きっと、ものすごい数の人が殺到したんだろうな。
「フランス政府はこの取り付け騒ぎを押さえようと、額面金額の高いリーブル紙幣は、年金債やインド会社の株の購入にしか使えない措置を取ったわ。事実上の紙幣の価値としては、ほとんどなくなった」
「それで、ジョン・ローとオルレアン公はどうなったんですか?」
わたしは、この物語の結末がどうしても知りたくなった。
フランス全土どころか、アメリカをも舞台にした壮大な経済事件。
フランスの国債を事実上清算し、国に好景気と破たんを呼び込んだ男、ジョン・ロー。
その物語は、いったいどのような幕引きを迎えたのだろうか。
「オルレアン公フィリップ2世は、この事件があっても摂政を解任されることがなかったわ。彼が摂政を解任され宰相になったのは、ルイ15世が成人し親政を宣言した1723年のこと。そしてその年の12月に、ベルサイユ宮殿で病死したと伝えられるわ。取り付け騒ぎの3年後のことよ」
そうなんだ、オルレアン公はその後も摂政を続けていたんだ。
考えてみれば、一番の権力者だから、逆らえる人は誰も居なかったという訳ね。
じゃあ、ジョン・ローの方はどうなったんだろう。
オルレアン公の庇護の許、人生を全うしたのだろうか。
「ジョン・ローの方は無事という訳にはいかなかった。僅か1年前は国家の英雄として絶大なる人気を誇っていたジョン・ローは、今や紙くずとなった王立銀行券と株で財産を失った大勢のパリ市民から憎まれていたわ。そしてパリ市民はローをリンチにかけようと虎視眈々と彼を狙っていたの。身の危険を感じたジョン・ローは命からがらフランスから逃亡した」
亡命ってやつね。
でも受け入れてくれる国はあったのかしら。
「ローはその9年後にベネツィアの貧民街で亡くなったわ。死んだときの彼は無一文だったそうよ」
わたしとゆかりは、ふうーっと大きくため息をついた。
ジョン・ローの物語。
一国を揺るがした男の物語。
それはあまりにも衝撃的な話だった。




