22.ジョン・ローの絶頂
「こうして、オルレアン公とジョン・ローは、貨幣の改鋳と所有する金貨の2倍にもなる紙幣の発行により巨万のお金を創造した。でも、当時のフランス財政は破たん寸前だった。これだけのことを行っても、財政が好転するにはまだまだ不十分だったのよ」
「ええっ、まだ足りなかったんですか?」
信じられない。
だって、貨幣の改鋳だけでも700億円もの利益があったんでしょ。
それなのにまだまだ足りないなんて、どんだけ散財してんのよ、ルイ王朝は。
「当時の財政赤字は諸説あるけれど、30億とも45億リーブルと言われているわ。それに対して毎年の国庫収入は1億4500万リーブル。税収の20倍以上の借金を抱え、ジョン・ローの施策でもやっと数億リーブルの国債を返せたにすぎなかった」
「それじゃ、全然足りないじないですか。フランスのルイ王朝、散財しすぎ」
確か、フランス革命が起きたのはルイ16世の時代よね。
ひょっとして、ブルボン王朝が倒れたのも、この財政赤字が原因なの?
「ベルサイユの薔薇」を読んでいるわたしには、そこいら辺の時代の知識がいくらかある。
オスカルとアンドレが実在の人物ではないことは知っているが、夢見先輩の話にオスカルとアンドレが出て来るかもって期待、ちょっとしちゃった。
「税収の20倍の借金と言うけれど、今の日本はもっとすごいわよ。日本は毎年の税収が最大で40兆円くらい、それに対して借金である国債や借入金の残高は1000兆円を超えているわ。ざっと25倍ね」
「に、25倍」
信じられない数字だった。
きっと、利子だけでも凄い数字になる。
って、あ、あれ?
今は10年物の長期国債の利率がマイナスよね。
今朝の新聞では-0.09%と出ていた。
夢見先輩の話を聞いてからは、わたしは毎日のように新聞の経済欄に目を落としているのだ。
えへん。
でも、ってことは、1000兆円もの借金の利息は、どうなっちゃうんだっけ?
えーと、昨日だったか、おとといだったかの夢見先輩の国債の説明だと、国債の利率は入札で決まった利率か瞬時に全ての既発の国債に適用されるから・・・。
いや、違った。
入札時に利息込みになるんだった。
と、いうことは、額面1億円の国債だと、10年物で利率1%の利率の場合、10年で10%だから、入札時に9000万円支払って、10年後に1億受け取るってことよね。
そうか、それだと利子を先に支払っているから、1000兆円の借金があっても、毎月利息を払わなくていいんだ。
あっ、でも満期には元本を全部返さなくちゃならない。
利率どころの話ではないかぁ。
そんなことを考えていると、夢見先輩のジョン・ローとオルレアン公の話が続いているのに気づいた。
「さすがのジョン・ローも、このままでは埒があかないと考えたのね。そこで彼は、いちかばちかの大勝負に打って出た」
「お、大勝負って、ギャンブラーみたい」
「ギャンブラーじゃん。もともと賭博師だったんだから」
ボケと突っ込みというやつね。
わたしとゆかりの掛け合い漫才を面白そうに見ていた夢見先輩が言葉を続ける。
「次にジョン・ローが考えたのは、残った30億リーブルもの国債を一気に帳消しにしようという方法だったの」
う、ううっ、さっきより話が詐欺の気配が濃厚になってきた。
普通、巨大な借金を帳消しにするなど、倒産ぐらいしか方法はない。
・・・そんな方法しかないと思う。
それとも、ルイ王朝は倒産したことにしたのだろうか。
でも、そんなことしたら革命が起きる・・・・って、もう起きたか。
でも、フランス革命は次の王様のルイ16世の時だった筈。
ルイ15世の統治の時代に革命が起きたという話は聞いたことがない。
いったい、30億リーブルもの国債をチャラにするなど、どうやったのだろうか。
「ジョン・ローが次に打った手は、ミシシッピ計画、それはミシシッピ会社を設立することから始まったわ」
「ミシシッピ会社? ミシシッピって、アメリカの川の名前ですよね」
フランスとは全然関係がないアメリカの川の名前が夢見先輩の口から出てきた。
なんでそんな名前を会社に付けたのだろう。
それとも、フランスにもミシシッピという有名な場所があるのだろうか。
「それはね、17世紀に、フランスはアメリカに領土を持っていたの。今のルイジアナ州よ」
ええっ、そうなんだ。
アメリカはイギリスだけが占領し植民地にしたとばかり思っていた。
でも、フランスも植民地を持っていたんだ。
し、知らなかった。
「そのルイジアナ州を流れる川がミシシッピ川、ジョンローはアメリカ植民地経営の象徴として、巨大な川であるミシシッピを社名に選んだのね」
でも、たかが会社を作ったくらいで、30億リーブルもの巨大な借金である国債が帳消しになるのだろうか。
どう考えても分からなかった。
「ミシシッピ計画の全容は、こうよ。ジョン・ローとオルレアン公は、まずミシシッピ株式会社に植民地貿易を独占させた。当時、植民地貿易は大きな利益を生んで、利益も結構よかったの。そして、ミシシッピ株式会社は株を発行した。ただし、その株を購入する条件は、国債との交換しか認めなかった」
そうか、その方法でミシシッピ株式会社の株と引き換えに、30億リーブルもの国債を回収しようとしたのか。
でも、そんな方法でうまくいくの?
「ところが、それは大成功だったわ。国債は満期が来ても元本そのものを償還出来ない可能性があったけど、このミシシッピ株式会社の株の配当率は高かったわ。当時の植民地運営は、その土地の富を収奪すること。それが高い配当率となって現れたのよ。そのため、国債を所有している国民は競うようにしてデフォルト・・・つまり破たんする可能性の高い国債を、ミシシッピ株式会社の株と交換していった」
富の収奪というとなにやら強盗めいたことをイメージしてしまうけど、このジョン・ローはやはり天才じゃん。
わたしはそう思った。
「そのミシシッピ株式会社の成功があまりにも見事だったため、オルレアン公はフランスの全ての植民地貿易の権利を独占する会社にしたわ。それがインド会社」
「インド会社って・・・歴史の勉強で習いました」
ゆかりがすかさず発言する。
でも、ゆかり、世界史で習ったのはインド会社じゃなくて、イギリスが作った東インド会社だと思うよ。
「そして、このインド会社も大成功を収めたの。発行した株式の額面総額1億2500万リーブルの配当は5000万リーブルと、なんと株式額面の40%にもなったわ」
は、配当率40%。
めちゃくちゃだ。
3年で、もとが取れておつりが来る。
最初に賭博師と聞いた時は胡散臭い人物像だったジョン・ローのイメージがわたしの中でだんだんと良くなっていく。
でも、なんかひっかかる。
どこがと、口に出して言えないけれど、なんかとんでもない落とし穴があるんじゃあないだろうか。
わたしの心の中で、ジョン・ローの天才性を称賛する気持ちと、もやもや感が入り混じり、なんとも気持ちが悪くなってきた。
「この成功に気をよくしたオルレアン公は、更にインド会社の新株を増資発行したの。その人気はすさまじく、株価の高騰は留まるところを知らなかったわ。一年で10倍にも20倍にも上がったの」
そりゃあ、40%もの配当があれば、人気が集まるのも当然だ。
でも、こんなこと、本当にずっと続けられるのかしら。
「今やロー銀行から王立銀行になったローの銀行は紙幣を大量に発行した。そしてインド会社の株式の高騰と相まって、パリは空前の好景気に沸いた。パリの人口は爆発的に増え、高級住宅が飛ぶように売れた。バブルの到来ね。そしてフランス国民はこぞって国家財政の危機を救ったジョン・ローを英雄視したわ」
今やジョン・ローの物語は佳境に入っていた。
国家の英雄とされたジョン・ロー。
だけど、夢見先輩の言ったバブルという言葉がわたしの心に響いた。
バブル。
それは、何時かは弾けて消えてしまう泡。
ジョン・ローの成功は、その危ういバブルの上に乗ったものだったのだろうか。




