21.ジョン・ロー、銀行を設立する
「それって、詐欺みたいなものですよね」
憤然として言ったのはゆかりだった。
ちなみに、わたしも同意見。
「当時のフランス政府はこの貨幣改鋳・・・というか、改悪によって、1億5000万リーブルのお金を得たわ」
1億5000万リーブル。
そう言われてもピンと来ない。
1億5000万リーブルって、どのくらいのお金なんだろうか。
「1億5000万リーブルは、今の日本の金額に直すと、7百億円くらいかしら」
「な、7百億円!」
物凄い金額だ。
700億円あったら何ができるんだろう。
一年に1億円使って豪遊してもなくなるまでに、700年もかかる。
「でも、ジョン・ローとオルレアン公のコンビの採った政策はそれだけではなかったの。新貨幣を普及し定着させるために取ったのが、汚職の摘発」
「えっ? 汚職って、フランスはそんなに汚職が酷かったんですか?」
「そうね、何時の時代にも、どこの国にも汚職があるから、それが国中に蔓延していたかどうかはよくわからないわ。でも、オルレアン公は汚職を告発した国民に、その汚職者の全財産を没収したうちの20%を報酬として与えたの。そして広くキャンペーンを行った。これが国民の絶大なる支持を集めたわ。オルレアン公は庶民の味方だと」
「20%も」
汚職の大々的な摘発による人気取り。
まるでどこかの国みたいだ。
しかも、告発した相手の財産のうちの20%が報酬としてもらえる。
これは密告が相次ぐに決まっている。
何しろ、それまで威張っていた役人を叩きのめす大チャンスなのだ。
汚職していなくても汚職を言いたてる冤罪もいっぱい発生したんだろうな。
わたしはそう思った。
「こうして、国民からの絶大なる支持を集めたジョン・ローとオルレアン公が放った第三の矢がロー銀行の設立」
「えっ、ジョン・ローは銀行まで作っちゃったんですか」
「そうよ。実はね、彼はその時、普通の銀行ではなく、中央銀行を作ろうとしたの。今の中央銀行の制度の原型とも言えるものをね」
やっぱり、ジョン・ローは天才かもしれない。
今の21世紀においても運用されている制度を18世紀に作ろうとしたのだから。
「作ろうとしたということは、作れなかったんですか?」
こう聞いたのはゆかり。
彼女もこの話を興味津々で聞いている。
「ええ、流石のオルレアン公も、ジョン・ローの提案する中央銀行なるものを理解しきれなかったのね。でも結局、ジョン・ローはフランス全土の徴税権を得て私立銀行を作り、総裁になる権利は認めてもらった。そして出来たのが1716年に設立されたロー銀行。もっとも後でフランス王立銀行になったけれどね」
「へえー、一介の賭博師から銀行の所有者になったんだ。それこそ大出世ですよね」
「でも、ジョン・ローの野望はこれだけでは終わらなかった。ロー銀行など、彼の野望を実現するための、ささやかな手段に過ぎなかったのよ」
ええっ、まだ何かしたんだ。
わたしだったら、銀行の総裁になったら、それで満足しちゃうけど。
だって、もうそれだけで生活は保障されたようなもんじゃない。
バックには政府のトップであるオルレアン公が居るんだから。
「でも、このロー銀行にはとんでもないカラクリがあったわ」
カラクリ?
何だか話が段々ときな臭くなってきた。
最初は、一人の男の出世物語かと思ったのだけれど、ジョン・ロー、いったい何をやらかしちゃった訳?
「オルレアン公はまた新たな法律を公布したの。それは、国民の税金は全てロー銀行が発行した紙幣で支払うべしというもの。徴税権を得たローだからこそ出来た法律なの。ただし、それには条件が付けられていて、この紙幣を持っている者は誰でもロー銀行に行けば紙幣の額面通りの金貨や銀貨と交換できるとしたのよ。これにより、ロー銀行の紙幣には金と交換という信用の裏付けが付けられることとなったのよ」
うんうん、やっぱり金貨より紙幣のほうが扱いやすいものね。
でも、夢見先輩が言っていたカラクリって、そのことなの?
カラクリと言うには、ちょっとカラクリらしくない。
だが、その次の夢見先輩の言葉に、わたし達はびっくりしてしまった。
「そのカラクリというのはね、ロー銀行は所有する金貨や銀貨の2倍の金額の紙幣を発行したことなの」
「えっ?2倍? それじゃ、金貨と交換に来た人全員と交換できないんじゃ」
そうだよね。
金貨との引換券を持っていったら、もう金貨ありませんとなるんじゃないかしら。
「でも、実際に金貨との交換を要求する人はほとんどいなかった。人々はいつでも金貨と引き換えられるというその保証に安心して、金貨ではなくロー銀行の紙幣を使う様になっていったのね。ジョン・ローは金細工師からその理論を学んでいたと思われるわ」
「金細工師? 」
いきなり夢見先輩の口から出てきた金細工師の言葉に、わたし達は面食らってしまう。
いったい、金細工師がこの成功物語にどう関係するのだろう。
「中世ヨーロッパではね、金や銀を王冠などの装飾品に加工する金細工師が多くいたの。彼らは王侯貴族から金や銀を預かり、それを宝飾品に加工することで生計を立てていた。その時彼らが発行したのが金や銀の預かり証。貴族の中には、お金に困ってその預かり証を質に入れて、流してしまう者も結構いたというわ。そしてその流れた預かり証が、だんだんと紙幣代わりにも使われるようになってきた。ところがある時、金細工師の一人がとんでもないことに気づいたのね」
とんでもないこと?
それはいったいなんだろう。
なんだか、想像もつかない。
預かり証が紙幣代わりに使われるというのは理解できる。
例えば金500gとか書かれていれば、500g相当の金の価格と同じということなのだろう。
「それはね、その預かり証が紙幣代わりに使われ始めると、実際にその金細工師の所に交換に訪れる人はほとんどいなかったということなの。やがて金細工師の間で、自分が実際に預かっている量以上の預かり証を発行するようになる。中には数倍の預かり証を発行する金細工師もいたそうよ」
「それって、やっぱり詐欺ですよね。絶対に詐欺だ。」
「そう、詐欺以外の何物でもない。でもそれが信用の創造であることにジョン・ローは気づいていたの」
信用の創造?
でも、どう考えても詐欺じゃない。
自分が持っている以上のお金をあるように見せるのだから。
「多くの人が、それは価値があると思い込む。信用という共同幻想の世界よ。でもジョン・ローはその信用を創造した。実際にロー銀行は持っている金貨銀貨の2倍のお金を生み出し、それを人々は信用したのだから」
さっき、夢見先輩が千円札には本当の価値がない、人々が価値があると思い込んでいるだけだと言っていた。
その意味がおぼろげながらに分かって来る。
「じゃあ、先輩の言っていることは、日本のお札もジョン・ローのように信用の創造によって成り立っているということでしょうか」
「そうよ。ただし、日本のお金は・・・いえ、世界で発行されているお金は、金や銀と交換できないからローのお札より価値が劣るかもしれないわね」
わたしとゆかりは顔を見合わせた。
何だか、狐に化かされている気分。
それまで価値のあると思っていた物が、価値がないなんて。
「それじゃあ、フランス政府はジョン・ローのその信用の創造によって、一気に財政が好転したんですね」
気を取り直したゆかりが夢見先輩に尋ねた。
この物語、何だか先がとても聞きたくなってくる。
詐欺まがいの行為を信用の創造としたジョン・ローの物語。
だが、その物語は、思いもよらぬ結末を迎えることになるとは、わたしもゆかりもまったく想像ができていなかった。




