19.通貨の秘密
でも、それにしても変。
お金を政府が発行していないなんて変。
「夢見先輩、日本やアメリカだけでなく、他の国もみんなこんな感じなんですか? なんていうか、中央銀行が政府の一部署ではないというのは、なんとなく変なんですけど。政府が直接お金を発行するようになっていないのは何ででしょうか?」
夢見先輩はにっこりとほほ笑んだ。
「そう思うのは最もね。実は日本政府は、お金を直接発行もしているのよ」
「ええっ、そうなんですか?」
日本政府が発行するお金。
一万円札や千円札に「日本銀行」ではなく、「日本政府」とか印刷されたものがあるのだろうか?
お札など、小学生の時にはじっくりと虫眼鏡で観察したこともあったけど、全然気が付かなかった。
「はいはい、あたし、知ってまーす」
ゆかりが手を上げた。
えっ、ゆかりも知っているのに、なんでわたし、知らないんだろう。
「それは、大蔵省造幣局が造る硬貨でーす」
あっ、そうか。
硬貨って、日本政府が造って発行しているんだっけ。
「そうよ。その通り。でも、大蔵省と言うのは財務省に名前が変わったし、造幣局も2003年に独立法人化して、政府の独立行政法人になっているけどね」
「ガーン、そうだったんですか? もう財務省の部署じゃないんだ」
でも、ゆかり、知っていたのは凄いけど、ガーンというショックを受けるほどのことではないと思うよ。
「そうよ。造っているのは硬貨だけではなく、勲章の製作や貴金属の品質検査なども行っているわね」
へえー、勲章も造ってるんだ。
そう言えば、春の叙勲とか、文化勲章とか、毎年テレビでニュースになっているもんね。
去年の文化勲章って、誰だっけ。
確か有名なスポーツ選手がいたような気がしたけど・・・・。
だけど、あれ?
日本にはお金を作っている部署が2つあるっていうこと?
一つは政府の直属の法人の造幣局であり、もう一つは何だかわからない株式会社みたいな日本銀行ということなの?
分からない。
どうせお金造るのならば、1か所で作った方がいいんじゃあないの?
そのほうが合理的だし、手間もかからないんじゃあないのかしら。
わたしの表情は、狐につままれたようだったのだろう。
夢見先輩が言葉を続けた。
「もっとも、独立行政法人の造幣局が造る硬貨は、補助貨幣の性格を持っているわ」
なあーる、補助貨幣か。
補助と付くとなんとなく分かったような気がする。
「1万円札や千円札などの日本銀行券の補助として少額の貨幣の役割を持つものよ。アメリカのドルに対するセント。日本ではかつて円の補助貨幣として、銭という通貨があったわね。戦後のインフレで銭はなくなってしまったけど」
そう夢見先輩は説明してくれたけど、まだわたしの中のモヤモヤは晴れなかった。
「夢見先輩、でもその補助貨幣はどうして日本銀行で発行されていないんでしょうか。同じお金なんだから、一か所で発行した方が合理的な気がします」
「そうよね。でも、それにはお金の発行の歴史を知らなければならないわ」
げげっ。
れ、歴史。
苦手な科目だ。
未だに鎌倉時代と室町時代が一緒くたになってしまう。
えーと、南北朝って、鎌倉と室町のどっちの時代だったかしら。
「歴史って言っても、そんな人の名前や年号など覚えなくてもいいから安心して」
夢見先輩は、そう言って軽やかに笑った。
この人の笑顔って、何でこんなに綺麗なんだろう。
そう思わせるような笑顔だった。
「実はね、お金の歴史って、結構ドロドロしていて血なまぐさいのよ」
その笑顔とは裏腹に、夢見先輩は怖いことを口にした。
「あ、あのう、わたし、ホラーものはちょっと・・・・」
わたしは、本当に怪談とかホラーは苦手だ。
「リング」とか「呪怨」なんて、ポスターやインターネットの写真を見ただけで怖くなる。
怖い話を聞いた後は、夜中にトイレに一人でいけなくなる。
だから、そんな時はママを起こすんだけど、中学になってからはそれも付いてきてくれなくなった。
だから仕方なく猫のセバスチャンを無理やり起こして一緒にトイレに連れて行くのだ。
でも、セバスチャンはちっとも嫌な顔をしないで、大人しくわたしに抱っこされながらもトイレに付き合ってくれる。
ホントにいい猫。
「近代中央銀行制度の萌芽が芽生えたのは、18世紀のフランスが最初よ。その時に現在の銀行や紙幣の原型が生まれたの」
夢見先輩が言葉を続けた。
「当時、権勢を誇った太陽王ルイ14世が没したあと、まだ幼いルイ15世が王位についた。その時の摂政がオルレアン公フィリップ2世だったの」
なんだか、いきなり歴史がベルバラの世界に飛んだ。
わたしだって、ベルバラぐらいは知っている。
というか、ママが大ファンで、家にはベルバラが全巻揃っているのだ。
そこに確か、マリー・アントワネットを目の敵とする嫌な貴族がオルレアン公だったはずだが、まさか同一人物?
わたしがそう聞くと、夢見先輩が丁寧に教えてくれた。
「同一人物じゃあないわ。「ベルサイユのバラ」に出て来るのは同じオルレアン公でもルイ・フィリップ2世、今話しているオルレアン公フィリップ2世のひ孫にあたる人物ね」
や、ややこしい。
名前が似ているから、混乱しそう。
「オルレアン公はカジノでイングランド人のジョン・ローという一人の賭博師に出会うの。その時のジョン・ローはまだ30代だったそうよ。でも、彼はカジノで使われていたチップをもとに、信用理論というものを組み立てていた。チップは金貨の代用として、そのカジノ内でのみ通用していたのだけど、ジョン・ローはそれに目を付けたのね」
「眼を付けたって、まさか、そのチップを現金代わりに使おうということなんですか?」
「いえ、流石にジョン・ローはそこまでしなかった。彼が目を付けたのは、実際の金貨ではなくても、人々がそれに価値があると思いこめば・・・つまり信用すれば立派に通貨として金貨の代わりに流通するだろうということだったの。これが信用理論」
「ああ、つまり、それがカジノのチップでも、ちゃんと金貨と交換できるとみんなが信じればいいということなんでしょうか?」
「そう、その通り。人々が信じればそれがヤップ島に伝わる石の貨幣でも、貝殻でも石ころでもいい。要は、人々が信用すれば、本物の金貨を流通させなくてもいいというのが信用理論だったの」
「でも、それって本当に100%金貨と交換してくれるという保証がなければ駄目ですよね。そのガジノが潰れてしまえば、チップはただのガラクタになってしまうんじゃ」
わたしだったら、そんなチップを1万円だと言われて渡されても信用できない。
「でも、実際にあなたたちはジョン・ローの考えた信用理論に基づいて、本当ならば何の価値もないものを価値があると思い込んでいるわ」
えっ、えっ?
いったい、何のことだろう。
わたし達はそんなガラクタを価値がある物として扱ったことなど記憶にない。
「あなたたちは、今お財布の中にお札を持っているわよね」
夢見先輩がそう告げた。
「ええ、持っています。千円札が1枚。あと百円玉と10円玉が少し・・・」
「その千円札の価値って、どのくらいなの?」
「えっ? 千円札って・・・千円の価値ですよね」
「その千円札って、ただの紙切れよね。夏目漱石の肖像が印刷されている紙切れ」
夢見先輩の言っている意味が分からなかった。
千円札が紙ッ切れだなんて。
千円は千円の価値があるから千円なんじゃあ・・・・。




