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わたし達のデリバティブ・ウォーズ  作者: 摩利支天之火
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18.BISとFRBのはなし

謂越(いいこし)君は壁に貼られた模造紙をじっと見つめたまま、ぴくりとも動かない。

 まるで達磨大師の壁面三年の図みたいだ。

 そのうち、手足なくなっちゃうんじゃないかしら。

 私はマドレーヌを口に頬張り、美味しい紅茶を飲みながら、謂越(いいこし)君の背中を見ていた。

 何でだろう。

 なんで謂越(いいこし)君は、こんなに夢中になっているんだろう。

 その違和感を感じているのは、私一人なのだろうか。

 わたしは周りの夢見先輩たちを見回した。

 夢見先輩は上品そうな仕草で紅茶を飲んでいる。

 渦巻先輩は紅茶の茶葉とにらめっこしている。

 その様子は、1グラム単位で紅茶の美味しさを追求する修道士みたいだ。

 そして、親友のゆかりはゆかりで、その渦巻先輩をぼんやりと見ていた。

 誰も謂越(いいこし)君が模造紙に書かれた研究レポートを食い入るように見つめている様子に気づかないみたいだ。


 「このレポート、女性の方がほぼ一人で書いているみたいですね」


 不意に謂越(いいこし)君が模造紙から片時も目を離さずに言った。


 「えっ?そうかしら」


 夢見先輩が謂越(いいこし)君に不思議そうな眼差しを向けた。


 「だってほら、最初から最後まで字体は同じだし、グラフも数式の部分も、全て同じ人が書いている。字がきれいな所をみると、女性が一人で書いたみたいですね」


 そう言われて、模造紙を覗き込むと、確かに女性の字でびっしりと書き込まれている。


 「そうね、健介は・・・それを作った男子生徒が山際健介って言うんだけど、健介は字が汚かったから、きっと清書は瑞穂がやったのに違いないわ」

 「そうなんですか?」

 「ええ、下書きしていた時は2人一緒に書き込みしていたから、きっとそうよ」

 「それにしても、ずいぶんきっちりと調べていますね。BISの統計数字の最新年度のものなんて、きっと英文のHPに直接あたったんでしょうか?」

 「ええ、そうよ。FRBやBISの発表する統計数値なんて、誰かが訳してくれるのを待っていたらいつになるのか、分からないんですもの」


 えーと、BISというのは、前に夢見先輩が説明してくれたっけ。確か国際決済銀行だったはず。

 そして、FRBっていうのは、ええと、新聞やニュースでたびたび出て来る、アメリカの中央銀行っぽい組織の名前よね。

 えーと、連邦準備なんちゃら・・・だっけ?

 私は自分の脳内にしまわれている記憶を総動員した。

 でも、原文のHPをここの研究会のメンバーは見ているってことなの?

 それはそれで凄いことじゃない。


 「ふーん、HPをねえ」


 謂越(いいこし)君は、またもや模造紙の文章を読み始めた。


 「えーと、先輩、BISやFRBって、何でしたっけ」


 ゆかりが夢見先輩に尋ねている。

 わたしもあやふやな知識を確かめるために、改めてBISとFRBを聞いてみたかったところだ。

 ゆかり、グッジョブ。


 「BISというのはね、スイスのバーゼルに本拠地を置く国際決済銀行のこと。世界中の中央銀行の中央銀行と言われているの。もともとは、第1次世界大戦後に、ドイツの巨額の賠償金を円滑に取り立て、分配するための組織だったんだけど、その後ヒトラーの賠償金支払い拒否の後は、世界各国の中央銀行間の協力を推し進める機関に変わったわ。今は通貨と金融の安定を図るための組織になっているの。世界の約60か国が加盟し株主となっているから、一種の株式会社と言えばそう言えるわね」

 「ええっ、株式会社なんですか?」

 「そうよ、ちなみに日本銀行もそう。出資総額1億円で、そのうち日本国政府が55%の出資で、あとの45%は民間人が所有していると言われているわ。でも、その45%はどこの誰かは公開されていないからまったく分からないの。」


 日本銀行が株式会社?

 それは初耳だった。

 てっきり日本政府の一機関だとばかり思っていた。


 「日本銀行はジャスダックという証券取引所に上場しているから、新聞の株式欄に株価の情報が出ているわよ。今は1株45000円くらいかな」

 「ええっ、ということは、あたし達も日本銀行の株主になれるということですか?」


 またもやブラックゆかり出現。

 きっと、1億円という株式を全部買い占めると、日本銀行自体を所有できるとでも思ったんだ。

 眼が¥マークになっているよお。


 「そう、株主の一人になれる可能性はあるはね。でも日本銀行は日本銀行法と言う特別な法律で運営されているから、株主になったとしても5%以内という配当の制限があるし、株主総会には日銀法で最初から参加する権利は与えられていないし、そもそも日本政府自体が株式を手放すとは思えないし、あまりいい投資とは言えないわね」


 一瞬にしてブラックゆかり消滅。

 今度もはかない命だった。

 ・・・でも、何でだろう。

 何で日本は株式を発行してまで、わざわざ日本銀行という民間組織みたいなものを作ったんだろう。

 日本銀行といえば、お札を発行している唯一のところ。

 1万円札、5千円札、千円札・・・あっ、二千円札もあった。

 二千円札・・・まだ生まれてから一度も見たことがないお札。

 噂では、沖縄ではよく使われているらしいけど・・・・

 とにかく、全てのお札には「日本銀行券」と印刷されている。

 わたしが今、お財布の中に持っている千円札にも「日本銀行券」と印刷されている筈だ。

 改めて取り出して確認したりはしないけど、そうなっている筈。

 でも、ニュースでは日本銀行は日本政府が発行した国債を買い取っていて・・・えーと、それが今、マイナス金利とかなんとか騒がれている筈だ。

 そもそも、日本政府が発行する国債をわざわざ買い取る位なら、日本政府が直接お札を発行すればいいじゃない。

 なんで、わざわざ間に別の組織入れるんだろう。

 しかも日本銀行の出資比率って、55%という話だし、実際に政府の一機関でいいじゃない。

 わたしはチラチラと夢見先輩を見た。

 だが、残念なことに夢見先輩は、先ほどのゆかりからの質問であるFRBの話題に移ってしまっていた。


 「それからFRBはね、日本語に訳すと「連邦準備制度」という制度のことなの。アメリカの「連邦準備銀行」という12の金融機関があって、その「連邦準備銀行」の代表組織が「連邦準備制度理事会」なのよ。そして民間の企業でありながらドル札を発行している組織なの」

 「ああ、じゃあ日本銀行と同じようにアメリカ政府と銀行などが出資している中央銀行なんですね」


 ゆかりがうんうんと頷きながら聞き返した。

 しかし、その後に戻ってきた夢見先輩の言葉に、わたし達はびっくり仰天してしまう。


 「いいえ、FRBはドルは発行しているけど、FRBの株式は全て金融機関が所有し、アメリカ政府の出資金は一円・・・いえ、一ドルだって入っていないわ。完全に純粋な私企業なのよ」

 「ええっ、うそぉー、ウソだぁー」


 ゆかりが驚きのあまり、夢見先輩に対してタメ口になってしまう。


 「嘘じゃないわよ。本当のことよ」

 「だって、だって、ドル札を刷っているんでしょお、100ドル札とか、10ドル札とか・・・それが、民間の企業で勝手に刷っちゃっていいんですか?」


 いいわけないよね、うん。

 わたしもそう思う。

 日本で言えば、信金の元締めである全国信用組合連合会がお札を発行するような物よね。


 「でも、アメリカ政府の意向が入っていないかというとそうでもないわ。FRBの議長・副議長・理事は大統領が上院の助言と同意に基づいて任命するとなっているから、一応、政府の影響力はあることはあるけれど・・・・完全に支配下に置かれている訳ではないわね。アメリカ国内では、大統領に次ぐ権力者と考えられているの」


 あれ? 日本でも似たようなこと聞いたことがある。

 日本銀行の総裁って、たしか国会合意で任命されるんじゃなかったっけ。

 今の黒田総裁も・・・えへん、わたしは日本銀行総裁の名前を言えるのだ・・・国会で任命がどうのこうのとかやっていた様な気がする。


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