12.マイナス国債の秘密
「そうなの、さくらさん、本当に良く調べたわね」
ケーキを食べ、紅茶のお代わりを渦巻先輩に注いでもらいながら、わたしは昨日インターネットで調べたことを報告した。
「で、さくらさん、あなたの結論は何なの?」
小指を立て、ティーカップを優雅な仕草で口に運ぶ夢見先輩は眼がくらくらするほどおしとやかで上品で、美しかった。
夢見先輩になんとか気に入られたい。
わたしはそんなことを思った。
「はい、やっぱり夢見先輩の言う通りでした。この金融の世界はなんか変です。実体のない指数と称する物にお金を賭けたり、所持金の何倍何十倍ものお金を貸しつけたり。本当にギャンブルだと思いました。でも、分からないのが何故日本はそんな金融派生商品なんかを認可し推奨しているのでしょうか?」
それは昼休みにもゆかりと話し合ったことだった。
それは高校生でも疑問に思うことだった。
でも、わたしはどうも納得がいかない。
「さくらさん、あなたの言っていることはわたしも同感よ。始まりは1970年の日本の金融の自由化からはじまったの。アメリカが金融自由化を当時の日本政府に迫ったのね。でもその時は証券取引所の自由化だとか、そんなことが中心だった。当時の日本の証券取引所はけっこう閉鎖的だったしね。それから国債の入札も自由化により始まったわね」
「国債の自由化?」
「そう、自由化とともに、色々な種類の国債が出されるようになったの」
「国債って、そう言えば個人向けのものが、ゆうちょなんかでもやっていましたね」
「ええ、でももともとは国債は金融機関向けだったの。日本の場合、シンジケート団がその国債を引き受けていたわ」
ゆかりがびっくりした声を出した。
「ええっ、シンジケートって、犯罪組織でよく使われる言葉じゃあないですか。まさか、暴力団に国債を買わせていたとか・・・」
「まさか、シンジケートというのは、英語で企業などがある目的で連帯することよ。日本の場合、約2000社の金融機関や生命保険会社などが協力して日本政府の割り当てる国債を買っていたの。今では満期10年以上の長期国債の場合、発行する国債の約4割がシンジケート団が購入し、残りの6割が入札されているはずよ」
えっ、えっ?
国債の入札???
あんなものに入札などあるのだろうか。
だって、定められた一定の金利がつくだけの債権だよね。
1年ものの 100万円の国債を買って、金利が2%ならば、102万円になる。そういうことじゃあないの?
わたしが理解していない顔をしているせいか、夢見先輩が続けた。
「例えば10年物の1億円の国債の場合、金利は入札で決まるの。それもある日金利2%の国債が入札の結果金利が1%に下がった場合、他の発行済みの満期になっていない全ての10年債の金利が即座に1%になってしまうのよ」
「えーっ、なんで?」
わたしとゆかりは同時に声を上げた。
そして見事にハーモニーしたことに驚いで噴き出してしまう。
「そこは銀行の口座の利子と同じね。国債という貯金と考えれば、常に最新の金利で利息が付くのと同じ考え方。例えば銀行に100万円預けた時の金利が1%でも、半年後に金利が0.5%になるのと同じ考え方ね」
「国債はね、例えば額面1億円の10年債の場合は10年後の満期に1億円を支払いますという債権なの。だから入札の時に、応札者は10年後の物価を予想して入札するのよ」
「ええーっ、10年後なんて、よく予想できますね」
「そうね、物価の上昇率を計算して、例えばごく単純に言うと、物価の平均上昇率が年1%だとすると、10年後には10%の物価上昇があると見るの。そして9000万円以下で入札する」
「そっかあ、今の9000万円の価値が10年後の1億円と同じと計算するんですね」
「そうなるわね。そうすると10年物国債の金利は1%ということになるわ。本当は半年単位の複利計算なんだけど、計算がややこしいから原理だけ分かればいいわ」
国債一つとっても知らないことが多すぎた。
夢見先輩といると本当に勉強になる。
「で、ここからが肝心なことよ」
感心していると夢見先輩が言葉を続けた。
わーい、学校の先生みたいだ。
「今、日本の10年物の国債の金利はマイナス1.44%になっています。でも国債はどんどん売れています。何故でしょうか」
うん、それなら先ほどの夢見先輩の説明から十分に分かる。
「はい、はーい」
わたしは手を上げた。
「はい、さくらさん」
夢見先輩がわたしを指さした。
「それは、10年後の日本の物価が、えーと14.4%下がると予想しているからでーす」
そう答えてから、えっ、と思った。
14.4%の物価の下落。
物凄い数字じゃん。
デフレという言葉を通り越している気がする。
だって、1000円のものが856円になるんだよ。
安いのは嬉しいけど、収入が物価の下落に合わせて下がるってことじゃあないだろうか。
「実はね、マイナス金利の国債を買っている金融機関はそんなに物価が下がるとは思っていないわ。2000年からの15年間での物価下落率は約4%、それが10年で14.4%も物価が下がれば、それは日本経済の破綻、恐慌ということね」
「でも、じゃあなんで金融機関はマイナス金利の国債を買っているんですか?みすみす損をしてまで買っているということは・・・」
「わかった」
ゆかりが手を上げた。
「はい、ゆかりさん、どうぞ」
ゆかりは自信たっぷりの笑顔をわたし達に見せた。
「それはきっと金融庁か何かが無理やり買わせているのよ。さっきのシンジケート団でしたっけ? そこに言って強制的に割り当てている」
そんな、いくら日本政府でもそこまでやるだろうか。
「うーん、残念ながら違うわね。金融機関は自主的に国債を購入しているわ」
分からなかった。
何故金融機関はみすみす損をする国債を購入するのだろうか。
今、1億1440万円で国債を購入しても、10年後には戻って来るお金は1億円にしかならない。
物価上昇率がいくらマイナスでも10年で14.4%も下がるとはとても思えない。
「降参、降参です。全然分かりません」
「そうよね、ひょっとして日本の銀行って、バカ?」
ゆかり、それは言い過ぎだよ。
少なくとも銀行にはわたし達より数倍も数十倍も頭のいい人たちが揃っている筈だ。
それこそ東大卒なんて掃いて捨てるほどいる・・・と思う。
でも、実際にマイナス金利の国債を買っているのだ。
何で???
意味わかんない。
「それはね、金融機関は日本のマイナス金利がこの後拡大するからと見ているからよ」
夢見先輩の言葉が理解しずらかった。
マイナス金利が拡大するのが何故国債の購入に有利になるのだろう。
「10年債額面1億円の国債の販売価格は、1億円+1億円×14.4%で1億1440万円ね。これがマイナス金利が拡大してマイナス2%、つまり10年で20%になると仮定してごらんなさい、国債の価格は1億円+1億円×20.0%で、1億2000万円になるわ。つまり、金利マイナス1.44%で買った1億1440万円の国債が1億2000万円で売れるということ」
またもやアハ体験だった。




