悪意の底に残されたもの(11) ~鳥が鳥かごに入った時~
「……ゾンビが増殖するメカニズムが、俺には理解できない」
押し殺した声で、プーティンが言った。
「どういう意味ですか?」
馬鹿げた会話だと思いながら、マイミは返事をする。
二人はドラッグストアの駐車場で、ラジカセを設置する場所を探していた。
数メートル先では、ゾンビが窓を割っている。気づかれれば瞬く間に包囲されるだろう。
だが緊張感を和らげるためか、プーティンはやたらと話したがった。
「ゾンビは人間を襲って食うんだろ? だったら襲われた人間は食われていなくなっちまうはずだ。なのにゾンビになって蘇るってのが理屈に合わない」
マイミはプーティンの戯言を無視しつつ、ラジカセの置き場所を検討していた。ゾンビたちの注意を引きつつ、彼らが触れることのできない場所に置かないといけない。
結局、モーターホームのルーフの上に置いた。ゾンビがハシゴを昇る知恵を持っていない限り、ラジカセを叩き落したりはできないだろう。
電源を入れると、ラジカセは大音響で鳴り響く。ドラッグストアを包囲していたゾンビたちが、次々とこちらに注意を向け始めた。
「いいぞ、ドニーの言った通りだ。ゾンビは音に反応してやがる」
プーティンがそう言うのを聞いて、マイミは少しだけ違和感を感じていた。何だか展開が都合良過ぎる気もする。
だが考えている暇は無かった。ゾンビの群れが押し寄せてくる。マイミたちはその場を離れると、通りを渡って隣のブロックに移った。
ゾンビがラジカセに気を取られている隙に、建物を迂回して、ドラッグストアの裏口から侵入する作戦だ。
裏口に辿り着いたマイミは、ドアをドンドンとノックした。
「ここを開けてください」
押し殺した声で訴える。
しばらく間があり、ドアが開いた。
まず目に入ったのは、散弾銃の銃口だ。
続いて、黒人の中年男性の顔。
「やあ、待っていたよ」
最初にここへ訪れた時に、マイミを出迎えた近所の住人だった。
「こっちへ。売り場の方へ急ぐんだ」
「みんなは無事ですか?」
散弾銃を手に、先に立って歩くへ中年男性の後を追いながら、マイミはたずねる。
だが返事は無かった。
「あの……他のみんなは無事なんですか?」
バックヤードを抜けて、ドラッグストアの売り場に出た。少し先で、多古忍や牧村たちが破られた窓を塞ごうと奮闘しているのが見える。
先を行く中年男性は、マイミのことは無視したまま、こう言った。
「鳥は鳥かごに戻りました」
「……鳥?鳥って、何のことです」
その質問も無視したまま、中年男性は散弾銃を身構える。
そしていきなり発砲した。
※※
「なっ、何をするんですか!」
マイミは叫んだ。中年男性が、窓に向けて散弾銃をいきなりぶっ放したのだ。
窓の近くにいた牧村が、悲鳴を上げてその場を離れる。店内のあちこちにいた民間人が、何事かと集まってきた。
だが中年男性は周囲にまったく関心を見せず、どんどん窓に近づくと、また発砲した。
店内に悲鳴が上がる。
マイミの傍らにいたプーティンが、ホルスターからコルト・ガバメントを引き抜いて狙いを付けた。
「くそ、何なんだあの男は」
狙いを定めたまま、中年男性の動きを見守っている。
「窓の外の、何かを狙っている……?」
マイミは目を細めた。中年男性が向かっている方角には、モーターホーム、そしてラジカセがある。
鳥は、鳥かごに入った。
「そうか……」
中年男性は再び発砲した。
遠くで何かが地面に落下する音がした。
そして、大音量で流れていた音楽が止まる。
「ラジカセを狙っていたんだわ」
「何だって?」
プーティンが首を傾げた。
「なぜだ。何が起きてるのか全くわからん」
「あれは……」
敵側の存在だ。だとしたら、何者なのか。
マイミは胸に手を押し当てた。下水道でも感じた響きがそこにあった。マイミの胸の奥で小さく脈打っているのは、グレイの記憶。
龍を殺すため海へ飛び込んだグレイの思念が、あの瞬間マイミの中に飛び込んできた。
それはほんの僅かな思念だったが、共感性予知能力を持つマイミの中で、静かに波動を刻み始めていた。
その波動に意識を向けてアクセスをすることで、マイミはグレイの記憶を取り出す。
正体が分かった。
「あれは……とりかえ子です」
「チェンジリング? いつの間にか赤ん坊が悪魔に摩り替わっているという、アレか?」
中年男性はピタリと動きを止めると、両腕をだらんと垂らした。
「考えていたんです、なぜあたしたちの作戦が筒抜けだったのか。それは、こちら側に敵のスパイが紛れ込んでいたから。奴らはとりかえ子を使って、こちらの内部に潜り込んだんです」
マイミが言い終わるのと同時に、中年男性が振り返る。
その表情は能面のように感情が失せており、マイミたちを出迎えてくれた時の温かみはどこにも無かった。
「鳥は、鳥かごの中に」
そうつぶやく中年男性の両目から、赤い涙が流れ始めた。
血だ。
やがて鼻からも、口からも、鮮血が吹き出してくる。全身の穴という穴から血を噴出すとともに、中年男性の肌がドロドロと溶け始めた。
やがて肉が、その下の骨が露わになり、体全体が溶けてグズグスに崩壊していく。
その様子を見ていた民間人の間から、悲鳴が上がった。
「全てはクリーチャーの罠だったんです。あたしたちをドラッグストアにおびき寄せるための」
血の臭いを嗅ぎつけ、割れた窓にゾンビが殺到した。身を乗り出し、手を突き出して中に入ってこようとする。ゾンビの重みが集中したせいで、窓枠がゆがみ始めた。
「くそっ、まずい。窓を塞がないと」
プーティンが軽機関銃を身構えて、窓に向かって銃撃を叩き込む。けたたましい音とともに発射された七・六二ミリ弾が、ゾンビを頭蓋ごと吹き飛ばした。
だが、次から次へと新手が現れる。
プーティンは腰だめに構えた軽機関銃を撃ち続ける。ゾンビを窓の前から掃討し、隙を見つけて窓を塞ごうとしているのだ。
「……こっちからも!」
牧村が悲鳴に近い声を上げた。見れば、正面入り口にもゾンビが殺到しており、バリケードが破られかけている。ガラス戸にひびが入っていた。
血の臭いに反応したゾンビたちは、これまで以上に興奮していた。
「ここはもうだめだ」
多古忍が低い声で言った。
「撤退するぞ、霧崎」
その言葉に、プーティンが暗い目で頷いた。
「ここは俺が引き受ける。お前たちが民間人を先導してくれ」
プーティンはホルスターから二丁の拳銃を引き抜くと、差し出した。受け取ったのは、多古忍だった。プーティンは窓の方に向き直ると言った。
「急いでくれ、もう弾が残り少ないんだ」
正面玄関のガラスのヒビが大きくなる。
マイミたちは裏口へ向かった。背後ではプーティンが応戦する機関銃の銃声が鳴り響いていた。
上着のポケットの中で、無線機が呼んだ。
応答すると、ドニーの声が聞こえた。
「マイミ、そちらの状況はどうだ」
「……とても良いとは言えない感じです」
「そうか。こちらはSDAMの設置を完了した。後は起爆スイッチを押せば、悪意の首領を吹き飛ばせる」
朗報だった。デルタフォースは成功したのだ。
「そうですか……」
マイミは安堵のあまり拳をぎゅっと握り締めた。アレクサンドルを倒すことができれば、悪意はコントロールを失い、ゾンビもこちらを襲うことはできなくなるだろう。
「それじゃあ、この連絡は……ライフラインの要請じゃなくて、父親への報告だったってわけですね」
しばらく間があり、ドニーが考えている雰囲気があった。
「……父親への報告? どういう意味だ、マイミ」
その言葉の意味に気づいたマイミは、背筋がぞっと冷たくなるのを感じた。
つづく




