最後の龍と見る夢は
グレイは死んだように眠っていた。
マイミは相棒の傍らにそっと跪くと、その手を取った。
死人のように冷たい。
しばらくの間、マイミは無言でそうしていた。自分が静かに手を触れていることで、グレイがどこか遠くへ行ってしまわぬように。
「グレイは、死なんよ」
背後から甘粕の声が聞こえた。重い水密扉を開けて、医務室の中へと入ってくる。
「慰めてくれてるんですか?」
その言葉に、甘粕が背後でかぶりを振る気配があった。
「違う、真実だ。奴は虚妄性不死症候群と診断されたが、それは間違っていた。グレイは本当に生と死の間に存在するんだ」
マイミは振り返った。そこには憔悴しきった甘粕の顔があった。
手にしたマニラフォルダをそっと差し出す。
「調べた。ヴィンセント・ファーニア、ボノ、そしてグレイの共通点について」
受け取ったマイミは、ファイルに眼を通す。細かい字でびっしりとタイプされたその書式には見覚えがあった。合衆国の政府機関のフォーマットだ。
「これは……NASの資料?」
「ホーリーと、モーリーが突き止めた。三人に共通するのは、紛争地帯での虐殺に関わった経験だ」
マイミは粕井が言った言葉を思い出した。グレイがソマリアで、少年たちを虐殺したのだという話を。
ヴィンセント・ファーニアは、ベトナムのクアンタイ・カナット村虐殺事件への関与が疑われていた。
そしてボノはウクライナ東部の街、ドネツクで起きた虐殺事件の関わりが明らかになっている。
頭がくらくらする思いで、マイミはかぶりを振った。
「グレイが虐殺に関わっていたことと、彼が生と死の狭間にいることに何の関係があるんですか」
「彼らは、与えられたのだ。その特異な経験の結果、人智を超越した能力を」
「それが、不死者としての能力?」
「ヴィンセント・ファーニアがケサンの米軍重砲基地で左足と右腕を失っていることは公式の記録に載っている」
マイミは息を呑んだ。
ヴィンセントの姿を思い出す。記録上は七十歳を超えているはずなのに見た目は若く、失ったはずの手足は無事だった。
そしてボノも、ドネツクで手榴弾によって右手を失ったと語ったくせに、実際には彼の手は傷一つなかった。
再生したのだ。
「なぜなんです」
「因果関係まではわからない。だが、彼らが経験した出来事が、龍に対抗するための力を生み出した」
マイミはファイルから眼を上げると、医務室の窓から外を見た。航空母艦ニミッツはまっすぐに南米へと向かっている。龍を殺す銃弾と射手を決戦の地に運ぶため。
だが、弾は失われた。
創り手たちは姿を消して、射手も生死の境を彷徨っている。
もしも神がこの三人に、本当に力を与えたのだとしたら……。
今こそこの場所によみがえらせて欲しい。
マイミはそう願った。
※※
甲板の上が騒がしくなった。
マイミは階段を登って様子を伺う。艦載機が引き出され、甲板員たちが出撃の準備を始めていた。
戦闘機の主翼の下のハード・ポイントに、様々な兵装が取り付けられる。
哨戒ヘリが次々に飛び立ち、東の空を雲霞のように埋め尽くす。
「何があったんですか?」
マイミの問いに、甲板に居た多古忍が振り返った。
「来たんだ、龍が」
「そんな!」
事前の情報では、龍はキューバのグアンタモナ沖に位置しているはずだった。北太平洋のホノルル沖を航行している航空母艦ニミッツとは、五千キロ近く離れていたはずだ。
なのに、いつの間に。
目の前で甲板員が艦橋と通信していた。
「くそ、龍の到達時刻は?」
一瞬の間があって、甲板員はつぶやくように言った。
「……三十分後だと?」
マイミは頭の中で速度を素早く計算する。空母との相対速度、グアンタモナからの距離。様々な条件を踏まえた計算結果は……。
「龍は百ノットでこっちに接近してる」
それは、最新鋭の魚雷に匹敵する速度だった。
多古忍が眉をひそめた。
「そんな速度で突っ込んでこられたら、衝撃だけでこの空母がひっくり返るぞ」
マイミは首をかしげる。
「この空母は八万トンクラスの大型艦ですよ?打撃は被るかも知れないけど、そう簡単には沈まないんじゃないですか?」
その言葉に多古忍がかぶりを振る。無知であることを嘆くような素振りだった。
「霧崎マイミ、どうやら最後の龍について何も知らされてないようだな」
「どういう意味です?」
「最後の龍はケタ外れのサイズなんだ」
「ケタ外れって、ノリリスクで見た奴よりも大きいんですか?」
ロシアの僻地、鉱床の底に現れた龍は体長数百メートルにも及ぶ巨大生物だった。
だが、多古忍はかぶりを振る。
「比較にならん」
日本最後の女侠客は顔をしかめながら、龍のサイズについて口にした。
「衛星写真を分析したところ、全長十・八キロだと推定されている」
それはフロリダ半島の南端からキーウェストまで延々と続くオーバーシーズ・ハイウェイにかけられた長い長い橋、セブン・マイル・ブリッジと同じ長さだった。
マイミは言葉を失った。
つづく




