血に染まるソマリアの大地(11) ~尽きた銃弾~
「本当の強者は、最後に戦う余力を残しているものだ」
まるで墓場を吹きぬける風のような、虚ろな響きの声だった。
マイミはその声を振り払うかのように頭を振った。
誰の声だか知らないが、自分の頭の中に直接語りかけていることは明白だった。この暗黒大陸に来てからというもの、マイミの心の障壁は前にも増して薄くなっているようだ。
「霧崎マイミ、目を上げてグレイを見るんだ」
虚ろな声に名を呼ばれ、マイミは体をぶるっと震わせる。
そして目を上げ、龍に食い殺されようとしているグレイの姿を見た。
龍の尾によって絡めとられ、口元から、喉笛から鮮血を滴らせたまま、力なく頭を垂れている。
「グレイさん……」
その姿は、とても不死者だとは思えなかった。普通の人と同じように傷つき、苦しみ、やがて死んでいく人のように見える。
日本刀を構えた多古忍は間合いを計るが、グレイを盾に取られているため踏み込めないでいる。
「万策尽きたわ……」
傍らで牧村がつぶやくのが聞こえた。
甘粕も、多古忍も、絶望にくすんだ瞳でグレイを見ている。
人類はここで屈するのだろうか。
マイミは奥歯をかみ締めた。
世界を覆い尽くした超共感性思念体(Super Pneumatronics Material)は、人間が持つ最後の希望の灯りを吹き消そうとしている。
龍を殺せる銃弾を失ってしまえば、人類は終わるだろう。
自分たちの思念が生み出した化け物に食い尽くされるのを待つだけだ。
「違うぞ、霧崎さん」
マイミの心の中に、再び声が響き渡った。
それは先ほどから聞こえている、虚ろな声ではなかった。
「俺たちは負けていない」
それは、グレイの声だった。グレイの声が、直接マイミの心の中に響き渡る。
マイミは再び目を上げ、グレイを見た。意識を失っているかのように見えたグレイの手が、ゆっくりと持ち上がった。
銃口を、自らに突きつける。
「グレイさん!」
マイミが叫ぶのと同時に、グレイは引き金を引いた。
銃撃音。
続いて、鮮血が飛び散る。
「グレイ!」
傍らで、甘粕たちが驚きの声を上げた。
だが谷間には、もっともっと大きな音が木霊した。
龍の咆哮だ。
あらゆる生き物が、死に脅かされた時にあげる断末魔の叫び。
グレイは自らの体越しに、龍に銃弾を撃ち込んだのだ。
龍の尾が力を失い、ドサリと音を立ててグレイは地面に倒れ伏した。
ドクドクと鮮血が流れ出す。それは龍の血ではない。赤く、温かい人間の血だ。
不死者と名乗っていたグレイから流れ出した血だ。
「グレイさん!」
マイミは悲痛な叫びをあげると、グレイのもとへ駆け寄った。その背後で分解され、渦状になって消失していく龍のことはもはや気にかけていなかった。
倒れこんだグレイの体に手をかける。
暑く、汗にまみれていたが、生命の反応が急速に失われていくのが分かった。
前にクラーレ毒カプセルを飲んだ時と同じ。死という谷底へ向かって、まっ逆さまに堕ちていく。
「霧崎マイミ、どくんだ」
背後から低い声が聞こえた。多古忍が絹のハンカチを取り出すと、グレイの胸の辺りにぽっかりと開いた穴にそれを詰め込み始める。
「もっと、布を探して来い。猫でも通れそうなほどの大穴が開いている。この傷口を塞がないと、この男はこのまま失血死するぞ」
マイミは震えながらうなずいた。自分が泣いているのが分かった。
目の前で人が死のうとしている。その事実にショックを受けているからだと思った。
だが清潔な布を探し、車の荷物を漁っている最中でマイミは気づいた。
マイミが恐れているのは、人の死ではない。
グレイの死だ。
自分がグレイを失うことを恐れているのだと理解した。
※※
「これは最終決戦よ、コーシロー」
画面の向こうで第45代合衆国大統領、エミリー・クリントがそう言った。
その顔色は悪く、かつて世界の覇者だった大国のトップとは思えない。
「理解している」
対する甘粕幸四郎も憔悴しきっていた。座面の固い椅子にもたれかかるように腰掛けている。
「あなたたちを一週間以内に南米大陸へ送り届けるわ。そこで私たちの部隊と合流し、最後の龍を屠って欲しい」
その言葉に、甘粕は小さくうなずく。
後ろに立って話を聞いていたマイミは、そっと拳を握り締めた。
甘粕は、どういうつもりなのだろうか。
龍を殺す銃弾はもうどこにも無いというのに。
「例の、銃弾の射手はどうなの」
大統領からの問いに、甘粕はまた小さくかぶりを振った。
「まだ処置が続いている。君たちの医療班の健闘と、グレイ自身の生命力に賭けるしかない」
マイミはそっと視線を下へおろした。
一行がいるのは、米海軍の大型空母「ニミッツ」のCIC(戦闘指揮所)だった。
グレイは居住区のそばにある救急医療室で、処置を受けている。
自らを撃ち抜いた弾丸は重要な臓器こそ外していたものの、太い血管を破ってしまって大量の失血をまねいた。
あの時、多古忍が冷静に止血をしていなければ、助からなかったに違いない。
「では、一週間後に会いましょう。コーシロー」
画面は消え、くたびれ果てた甘粕が残された。
「どうするつもりなんですか、ボス」
周りに聞こえないよう、マイミは小さな声で囁く。
「南米に行っても、龍とは戦えないですよ。銃弾はもう無いんです」
「分かっている」
少し苛々した口調だった。
「だが、その事実はしばらくの間、伏せておかなければならない。アメリカが我々を救出したのは、南米の龍を始末させるためなんだからな」
マイミはうなずいた。ソマリア上空で無人偵察機を飛ばした瞬間、アメリカはこちらの行動を把握した。そしてソマリア沖にいたニミッツから救助ヘリが飛んで来たのだ。
大国の思惑に翻弄されながら、マイミたち最終決戦の場へと赴こうとしている。
だが、龍を殺せる銃弾は尽きた。
そして生死の境を彷徨うグレイ。
霧崎マイミは、世界を救うことができるのだろうか。
物語はいよいよ、最終章に突入する。
つづく




