血に染まるソマリアの大地(10) ~禍をかわす龍~
AGM-114ヘルファイアは、主に対戦車兵器として運用される対地ミサイルだ。空中で発射されるやいなや、レーザー誘導で標的に向かって飛翔する。数多の攻撃ヘリに搭載されており、米軍は空中からテロリストの頭目を暗殺するのに多用していた。
「リーパーに搭載されているヘルファイアは、四発だ」
多古忍は上空を睨みながら静かに言った。
「チマチマと小出しにしていたら、当たらない。全弾叩き込めと指示を出した」
マイミも同じように上空を見上げた。
ギラギラと照りつける太陽のせいで、リーパーの姿は見当たらない。
「着弾のタイミングは?」
グレイが短く問うた。
「五秒後だ」
容赦が無い多古忍の判断に、マイミは目を剥いた。心の準備をする暇も無いからだ。
だがグレイは静かにうなずいた。
やがて上空から、空気を切り裂く音が響き渡る。
「もしも着弾位置がズレてたら…・・・」
マイミは考えたくもないことを口走った。
「ああ、こっちが丸焼けになってジ・エンドだ。ヘルファイアを四発も叩き込めば、戦車だって粉砕できるからな」
そう応じながら、グレイが拳銃を構える。その目は、無数のダミーに囲まれた龍の姿を追っている。
「だが、そうはならない。ヘルファイアはレーザー誘導だからな」
次の瞬間。
天から降ってきた火が、谷底を焼いた。
マイミは閃光に目がくらみ、轟音に耳を塞いだ。四発のヘルファイアが次々に着弾し、土人形の群れを吹き飛ばす。
そして、龍も。
龍は二つに千切れた。上半身が雄たけびを上げ、少し先に転がった下半身を引き寄せようと手で探る。
「やった!」
マイミは叫んだ。
だが傍らの甘粕が、激しくかぶりを振る。
「早く撃て、グレイ。下半身と再生し始めている」
見れば、上半身から伸びた腸が下半身に到達し、ずるずると引き寄せ始めている。恐るべき再生能力だった。
グレイは龍の頭部を狙い撃った。
引き金を引き、呪いの銃弾が放たれる。
銃口を飛び出した弾頭は、回転しながら空気を引き裂き、龍の頭部めがけて直進した。
龍の頭部に直撃する。
「やった!」
再びマイミは叫んだ。
だが次の瞬間、龍の頭部が崩れ落ちるのを目にして絶句する。
「くそっ」
グレイが短く悪態をついた。
「あれは、土人形だ」
次の瞬間、龍の下半身側からぬるぬるの粘液に包まれた頭部が生えてきた。
龍は二つに千切れたのではなかった。本体は、下半身の方だったのだ。
グレイは間髪入れず、次弾を放った。完全に再生させてしまえば、もはや龍を止める方法は存在しなくなる。銃弾が残り何発あろうと、当てることができなくなるのだ。
だが龍の生命力は想像以上だった。
龍は下半身だけで素早く跳躍した。直感的に危険を察知し、銃弾をかわしたのだ。
マイミは息を呑んだ。何としたことだろう、呪いの銃弾はあと一発しか残されていないのだ。
ここから逆転する方法はないのか。
そう考え始めた瞬間、自分の考えが甘かったことを思い知らされた。
龍が突っ込んできたのだ。再生しかけの小さな顎門で、グレイの喉笛に食らいついた。
※※
鮮血が飛び散る。
その光景はまるでストップモーションで、その血しぶきの一滴、一滴までもがはっきりと見えた。
数滴の血が頬にかかり、その後……。
マイミは絶叫した。
龍はグレイの喉笛に食らいついた。グレイは横倒しになりながら、両手を使って龍の顎門を引き剥がす。再生が完了していなかったことが幸いした。龍の小さな牙では人間の喉笛を食いちぎることはできず、グレイは一命を取り留めた。
だが。
龍はその足を使ってグレイを突き飛ばす。強靭な脚力で蹴られたグレイは、後ろ向きに数メートルも吹っ飛んだ。
マイミは再び悲鳴を上げる。
龍と格闘して、人間に勝ち目があるわけがない。
だが、傍らの多古忍が刀を抜いた。
房飾りの付いた、長尺の日本刀だ。正眼の構えで龍に向かう。
「多古さん!」
「静かに。集中できない」
言うと、多古忍はすり足で龍に接近する。
龍は再生を続けていた。前足は小さな鉤爪として生えてきて、宙をかいている。頭部に再生した目が、接近する多古忍を油断なく睨んでいた。
ギラリ、と。
太陽の光が刀身にきらめいた次の瞬間。
龍はまた、目にもとまらぬ速さで動いた。
多古忍に襲い掛かり、その小柄な体を頭から暗い尽くす。
そうマイミは考えていたが、実際は違っていた。
龍は再び、グレイを襲ったのだ。
立ち向かっている多古忍の刀が無害であることを、龍は見抜いていた。自分を傷つけ、殺すことができるのは、グレイが持っている呪いの銃弾だけだと、はっきり認識していた。
だからグレイを襲った。
よろよろと立ち上がり、銃を拾ったグレイに近づくと、その背後に回りこむ。そして獲物に覆いかぶさるようにし、尻尾をグレイの胴体に巻きつけた。
「くそ、頭がいい」
傍らで甘粕がうめき声を上げる。
「背後から動きを封じて、銃を使わせないつもりだ」
マイミは唇をかみ締めた。
「ああやって、上半身が再生するまでの時間を稼いでいるんですね?」
「そうだ、今のままの牙と爪ではグレイを殺せないからな」
マイミと甘粕の会話を待たずに、多古忍がそちらへ殺到した。
だか龍はグレイを盾に、多古忍を寄せ付けない。
グレイが口から血を吐いた。
甘粕が、奥歯をかみ締めるような声で言った。
「まずいな、さっきの蹴りで肋骨を折ったのかも知れない。胴を締め付けられているせいで、肋骨が内臓を傷つけた可能性がある」
「そんな……」
マイミはグレイを見た。
力なく、手が垂れる。
かろうじて銃を掴んでいるが、その力がどんどん弱まっているのはここから見ていても良く分かる。
そして、残された銃弾は後一発。
「グレイさん……」
マイミのつぶやきは、谷底に吹く風にかき消された。
つづく




