血に染まるソマリアの大地(8) ~龍のなせるわざ~
「龍が!龍が!」
そう叫んだのは、兵員輸送車輌の近くにいた牧村だった。
マイミは振り返る。
黒く小さな塊にすぎなかった龍が、立ち上がっていた。
奇怪で醜悪なその姿に、マイミは眉根をひそめる。
龍は、奇妙に長い足で二足歩行をしていた。短い前足を胸の前でだらりと垂らしているその姿は、東洋の龍や西洋のドラゴンとは違い、まるでエリマキトカゲを彷彿とさせた。
だが牧村が叫んだのは、龍が立ったからではない。
「……龍が、分裂したわ!」
奇怪な姿の龍が何匹もいる。
うじゃうじゃと。
五十体以上は確実にいる。
それを見たマイミは、自分が泣き出しそうな顔をしているのに気付いていた。
「何よ、あれ……」
だが良く見れば、龍たちは分裂したのでは無かった。渓谷の谷底に当たる柔らかい粘土質の地面から、次々に出現しているのだ。
「まるでゾンビみたい……」
マイミはつぶやいた。
「こいつは厄介だぞ、霧崎さん」
奥歯を噛み締めるようにグレイが言った。
「こっちには弾が四発しかないんだからな」
「どうするつもりですか、グレイさん」
「慎重に狙うしかないだろうな」
そう言いながら、グレイがじりじりと後退する。
同じペースで、龍たちがじりじりと近づいてくる。
龍たちの瞳は虚ろであり、何の意思も感じられないことが不気味だった。ノリリスクで出会った固体には少なくとも意思があり、こちらを食い殺そうという感情が見え隠れしていたからだ。
「何だか、本当にゾンビみたい。土人形って言うか……」
マイミの言葉に、グレイがふいと顔を上げた。
「土人形?そうか、なるほどね」
続いてグレイは何か言いかけたが、その言葉は轟音にかき消されることとなかった。
粕井の隊が一斉射撃を開始したのだ。
※※
頬をかすめ、空気を切り裂く銃弾の気配があった。
「くそ、危ない!」
グレイが飛び掛るようにしてマイミを地面に引き倒す。
何が起きたのか理解するのに数秒掛かった。突如、振り出した雷雨の如く、バリバリという耳を劈く音が辺りにこだまする。
粕井の部下たちが構えた自動小銃が一斉に火を噴いていた。
マイミの目の前で、地面の中から現われた龍たちが次々に粉砕されていく。
文字通り、粉々に。
それは呪いの銃弾で打ち倒した時とは、随分と様子が違っていた。龍の体は渦を描いて消え去るのではなく、乾いた土くれを壁に投げつけた時のように、ボロボロと崩れ去っていく。
「くそ……盛大に撃ちまくってるが全部、無駄だ。あれはただの土人形だよ」
マイミの上に体を被せたグレイが、吐き捨てるように言った。
「土人形……ですか?」
「偽物だよ。本物は一体だけだ」
マイミは目を凝らした。龍の真贋など、見て分かるはずもない。
銃弾を浴びた龍は粉砕されるが、続いてどんどん地面から湧き出していて、キリがない。
だがその時、マイミは気付いた。先ほどから胸に流れ込んでくる感情のひとつが、龍の一群から来ていることに。
悪意だ。
感情の流れをたどり、視線を走らせていく。
無数に現われる龍の一群の中に、一匹だけ雰囲気の違う固体がいた。
ゆっくりと指差す。
「グレイさん……あれ」
それを見たグレイが、ゆっくりと頷いた。
「ああ……あいつっぽいな」
その固体だけが、憎悪に満ちた瞳をしていた。
グレイが地面に膝立ちになると、ケースから取り出したリボルバーを身構える。
距離にして、五十メートル。
「ここから狙うんですか?いつも遠くからじゃ当てられないって文句ばっかり言ってるくせに」
「静かにしてくれないか。繰り返すが、人類に残された弾は残り四発しかないんだ」
だがマイミには分かっていた。この距離でも、グレイは外さないだろう。
どんなに困難な状況に陥っても、最後には窮地を脱する。
それがグレイという男だったから。
その端正な横顔を眺めながら、ぎゅっと自分の手を握り、祈った。
今度もまた、龍を殺せることを。
「……お願い、グレイさん」
頭上で銃声が響き、グレイが龍を殺せる銃弾を放った。
※※
グレイの射撃の腕は一流だ。
突風が吹いて射撃姿勢を崩したり、空から隕石が降ってきて押しつぶされたりしない限り、的を外すことはあり得ない。
だが、今この瞬間、グレイが放った銃弾は当たらなかった。
的を外したのではない、的が避けたのだ。
「何だ、あれは……」
龍は弾丸の発射を目にし、そして弾を避けた。
あり得ないスピードだ。
地球上のどんな生物でも、あれほどの速度で動くことはできない。
秒速300メートルを超える拳銃弾の発射を目で見て、かわすことなどできるはずがない。
だが龍はそれをやってのけた。
「くそ……これはマズいぞ」
グレイが切羽詰った調子でつぶやいた。
「弾は残り三発しかない……そう言いたいんですよね、グレイさん」
マイミの言葉に、グレイはチラリと目を向け、そして唇を噛んだ。
「そんな計算は、小学生でもできる。問題は、もっと深刻だ」
その言葉に、マイミは静かに頷いた。その先に冷厳な事実が待ち構えていた。大きく聳え立つ、冷え冷えとした石壁のように。
「このままじゃ、龍を殺せない」
グレイが静かにつぶやいた。
つづく




