血に染まるソマリアの大地(6) ~龍を守護するということ~
「何の真似だ、甘粕!」
粕井が引きつった顔で叫んだ。
野営地の中を、偵察用バイクで切り裂くように駆け抜けてくるのは、グレイだ。
バイクにまたがったまま、二丁のコルトガバメントを引き抜く。
「それはこちらのセリフだよ、粕井」
グレイの拳銃が火を噴いた。
天幕を取り囲んだ粕井の部下たちは、全員がアサルトライフルの弾すら止めるボディ・プレートを装着していたが、グレイの放った銃弾は正確に手や足を打ち抜く。
「くそ、殺せ!」
訓練された兵士は、手や足をもがれようとも動きを止めることはない。
絶命しない限りは戦い続ける。
粕井隊の面々は素早く自動小銃を構えると、グレイに照準を定めた。
「グレイさん!」
マイミは叫んだ。これだけの小銃に狙い撃たれては、ひとたまりもない。
「くそ!あいつ……」
その時、粕井が怒りの声を上げた。
グレイの意図に気付いたからだ。
野営地を一陣の風のように突っ切ったグレイの後を追うように、ヘンティフィアが飛び込んでくる。
グレイはクリーチャーを野営地の中に呼び込んだのだ。
泡を食った粕井達が、慌ててヘンティフィアに狙いを定める。
痩せた狼のようなヘンティフィアが、充血した目でこちらを睨みつけていた。
「霧崎!早くするのよ」
牧村がマイミの手を引っ張った。
見ると、甘粕たちが兵員輸送車両に乗り込んでいる。
「ここから逃げるの!早く」
牧村に力強く手を引かれたマイミは、頭から兵員輸送車両に突っ込んだ
※※
「……は……だった。アル・シャバーブは……で、……しかない。つまり、アフゴヤもだ」
甘粕の言葉にうんうんと頷いていたマイミは、話し終わりのタイミングで大声を張り上げた。
「全然聞こえません!」
頭上の銃座で、グレイがブローニング重機関銃を撃ちまくっていたからだ。
天井に穴が開いているせいで、熱い薬莢が次々と降ってくる。
「だから、粕井の狙いの話だよ」
グレイが銃撃を止めた。弾が切れたのだろう、給弾ベルトを交換している。
「我々はリーパーが上空から偵察した画像を解析した」
甘粕はノートパソコンの画面を見せた。それを見たマイミはあんぐりと口を開ける。
渓谷の周辺には、何も写っていなかったからだ。
「見たか?アル・シャバーブの姿なんかどこにも無いんだ」
「でも、粕井さんたちが威力偵察に出て、陣地を確認していたんじゃ……」
「それが粕井の陰謀だよ」
マイミはゆっくりと頷いた。
「そうか、アル・シャバーブはこの地域からとっくに撤退していた。だけどそのことが公になれば、自分たちがこの場所に存続する理由が無くなってしまう……」
「それを悟られないため、我々を欺いたんだ。君がアル・シャバーブが龍を守っていると言った時、それに気付いた。龍を守っていたのは粕井たちの方だったんだ」
「もしかして……アフゴヤも?」
「間違いない。あの残虐な見せしめも粕井の自作自演だ。アル・シャバーブの脅威があると周囲に思い込ませるためにな。奴らはアフリカで戦争を続けるためだけに、無辜の住民たちを殺しまくったんだ」
言葉を失い、そしてマイミは思い出した。
粕井は言った。恐ろしいのは銃弾ではなく、人間の心だと。
あの言葉は、一体何に向けて発されたのだろうか。
「どうするつもりですか、甘粕さん」
マイミは兵員輸送車両の後ろに目をやった。
後方から、粕井の車両部隊が追いかけてくる。
カンパニーに残された最強の戦力である、粕井の部隊。この暗黒大陸で最も頼りになるはずの味方が、一転して敵となった。
「このまま、渓谷まで向かう」
甘粕は言った。
「龍を倒す。それこそが唯一にして最大の、我々の課題だからな」
「前門の虎、後門の狼とはよく言ったもんですね。まぁ、こちらは前門に龍、後門には……」
マイミは顔をしかめ、後ろを見た。
「悪魔ですかね」
※※
マイミたちを乗せた兵員輸送車両はなだらかな丘を抜け、やがて渓谷を見下ろすエリアに到達した。
ガタガタと揺れる車内から渓谷を見やったマイミは、以前に粕井から見せられた、粒子の荒いモノクロ画像を思い出す。それを見た限り、龍はおそらく谷底に潜んでいるはずだ。
だが、しかし。
「谷まで降りていく手段が必要です。この辺りに車両を止めてもたもたしていれば、すぐに粕井さんたちに追い付かれてしまいます」
マイミの言葉に、甘粕はかぶりを振った。
「すでにルートは見つけてある。ぐるりと回って、谷底へと到達する道があるんだ。我々はまっすぐ龍の所へ赴く」
「それは……つまり……」
「そうだ、粕井たちを龍にぶつけるんだ」
それしか方法は無い。そのことはマイミにも理解ができた。粕井たちは完全武装の精鋭部隊であり、まともに戦えば勝ち目は無い。
「でも……そんなにうまくいきますかね」
「困難であることは分かっている。谷底の龍に関して、我々は何の情報も持っていない。まともに戦って勝ち目があるかどうかも怪しい状態で、粕井の部隊もまとめて片付けようとしているんだからな」
ガタン、と兵員輸送車輌が大きく揺れた。
なだらかに谷底へと向かう下り坂に差し掛かったのだ。
「くそっ、銃身が焼けてきやがった」
グレイが独り言を言った。
頭上での射撃音が途切れがちになる。
「銃身が焼けたら……どうなるんですか?」
マイミの問いに、甘粕は肩をすくめただけだった。政治家に火器のことは良くわからない。
「熱膨張を起こすんだ」
頭上からグレイの声が降ってきた。
「弾道を安定させるため、銃身の内側のライフリングという溝で弾丸を回転させるんだが、それが効かなくなって命中精度が落ちる。それに弾を押し出すエネルギーも膨らんだ隙間から漏れ出てしまう」
マイミはかぶりを振った。
「結局なんなのか、よく分かりません」
「弾が当たらなくなるってことさ」
ビシッという音がした。音の方に目をやると、車体の後部に弾痕が見える。
粕井たちが迫っている気配がした。
車内では甘粕が火器を探している。銃座に取り付けられた機関銃の他に、武器といえるのはグレイが持っている拳銃くらいだった。
マイミはガタガタと揺れる車内で、振り落とされないにとシートを掴む。
待ち受ける龍と戦うにも、追いすがる悪魔を制するにも、まるで備えが足りていなかった。
つづく




