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血に染まるソマリアの大地(5) ~死神が見たもの~

「リーパーじゃないか」


グレイが驚いた表情で呟いた。多古組の連中がソマリランドから送ってきた画像には、米国の無人偵察機が写っていた。MQ-9リーパー。いわゆる軍事用ドローンだ。


「多古組はこんな物をどうやって手に入れた」


多古忍は涼しい顔をグレイに向ける。

「金があれば買えないものはない」


グレイは肩をすくめた。

「だがな多古さん、こいつはプロペラ機とは違うんだ。飛ばすには衛星通信と地上誘導ステーションが必要になる。設備がなければ、ただの金属の塊なんだ」


「それも、買った」


天幕の中にいた全員が目を見張った。


「少し前からCIAが“アフリカの角”を制圧するため、北アフリカのあちこちにドローンの基地を作っていたんだ。クリーチャーが噴出して運用者が姿を消し、現地の武装勢力が基地を制圧した。ウチの若い奴らが交渉して、基地ごと買い取ったんだ」


ゆっくりと辺りを見回した後に、多古忍が静かに言い放つ。

「日本のヤクザの経済力は世界一だ。円の力を舐めるな」


マイミはあんぐりと口を開けた。


「いいだろう」

甘粕が満足げに手を叩いた。

「無人偵察機があれば、渓谷付近を上空から偵察することができる。必要とあれば、ヘルファイア・ミサイルで空爆も可能だ」


「空爆ですか……?」

マイミは目を見開いた。


傍らにいたグレイが頷いて見せる。

「そうだ。リーパーにはヘルファイア・ミサイルを搭載することができる。米国の奴らがラングレー基地に座ったまま、アフガニスタンで人を殺しまくったのは周知の事実だ」


「でも、いくらミサイルを撃ち込んでも、龍に通用するかどうかは……」


「さぁ、みんな準備をしてくれ。リーパーの偵察プランを策定するぞ」

甘粕が声をかけ、全員が地形図の方へと向かって行った。


マイミの言葉を、誰も聞いていなかった。





※※





リーパーによる偵察作戦の準備が始まり、マイミは蚊帳の外に置かれた。

手持無沙汰になってしまったため、野営地の中をうろうろと歩いて回ることにした。


粕井隊の面々は補給物資の整理などで忙しく立ち働いており、話しかけられる雰囲気ではない。マイミは一人で野営地を端から端まで歩いた。


赤茶けた大地の色と、青い空。

天幕や車両の、くすんだオリーブグリーン。


色彩の乏しい風景だった。


マイミは無言で歩き続け、やがて野営地の端に到達した。柵の向こうに、荒涼とした大地を見る。


何も無いと思われたその大地に、ひょっこりと顔を表す者がいた。


痩せた、狼かハイエナのような動物だ。

尾が白い。


マイミは眉をひそめた。野生動物であれば群れで行動するはずだったが、そいつは一匹だった。

人に飼われている犬だとしたら、こんな僻地までやって来るはずがない。


しばらく眺めていると、さらにおかしなことに気付いた。


その生き物は、マイミを見ているのだ。


じっと目をそらさずに。


その時、マイミの胸の中に何かが流れ込んでくる感覚があった。

ノリリスクの鉱床で、アレクサンドルの形をした悪意と向き合った時と同じ感覚。

すなわち、悪意の気配だ。


マイミは自分の感覚が鋭敏になっていることに気付かされた。

他人の情動を感じ取れる共感性が以前より高まっているせいで、周囲に漂う悪意をレーダーのように感知することができるようになっているのだ。


「もしかして……」

思わず言葉が口をついて出る。この気配がするということは、目の前に見ている動物は、見た通りの存在ではないと言うことだ。


その時、肩に手が置かれた。

金属をひっかいたような、擦れた声がする。


「そうだ、あれはクリーチャーだ」


マイミは振り返って、戦闘服姿の男を見た。

粕井だった。


「……あの、痩せた狼みたいなやつがですか?」


「ヘンティフィアだ。あんな見かけだが、凶暴で恐ろしい化け物だ。ひとたび人を襲い始めれば、大人でも数分で食いつくされる」


マイミは再びクリーチャーの方を見やった。全身が薄汚れ、よれよれの毛に包まれているせいで酷く見すぼらしく見えた。特徴的な白い尾がなければ、とてもクリーチャーだとは思えない。


「あれって、ソマリアの伝説上の怪物か何かなんですか?」


「いや、ヘンティフィアがはじめて目撃されたのは一九九〇年代に入ってからだ」


「それって……」


「そう、ソマリアで内戦が始まってからさ。あいつが現れたのは」


その言葉の意味を考える。これまで様々なクリーチャーと対峙してきたが、彼らが生み出される背景には必ず、人間の恐れや忌避の心情が隠されていた。

全ての怪物を生み出しているのは、常に人間なのだ。


「内戦によって生み出されたソマリアの闇が、あのクリーチャーを創造したんだよ」


マイミは頷いた。


「では、あの怪物がアフゴヤを襲ったんでしょうか」


粕井は肩をすくめる。


「あんなちっぽけな獣一匹に、集落を壊滅させられるほどの戦力は無いんじゃないか」


「しかし、粕井さん。我々がアリゾナで退治したジャージーデビルは、ひょろっひょろの滑稽な外見でしたが、ペンタゴンが送り込んだ特殊部隊を瞬殺しましたよ」


粕井はかぶりを振った。

「そうだとしても、だ。クリーチャーが、わざわざ死体を館の中にぎゅうぎゅう詰めにしたりはしないだろう」


「では、やはりあれはアル・シャバーブの仕業だと考えているんですね?」


「霧崎さん、人間とはどこまでも残忍になれるものなんだ」


粕井はヘンティフィアを見つめたまま、言った。


「恐ろしいのは銃弾じゃない。人間の心だ。どれほど強力な武器があったとしても、それを使う人間がいなければ殺戮は起きない。その逆で、例え武器が無くとも、人間は喉笛に噛り付いて相手を殺すことができる」


マイミはその言葉に頷いた。

ずっとずっと続けている龍との死闘。その裏にある本質を言い当てた言葉だった。

自分たちが戦っているのは、龍ではないのだ。


「時に、霧崎さん」


粕井はマイミの目を見た。


「甘粕さんたちは、今どこにいる」


「天幕にいます」


「お仲間たちは?」


「みな、一緒です。渓谷周辺の状況を上空から偵察するため、無人偵察機を飛ばしている頃でしょう」


「なるほど、そうか」


粕井は腰に吊るしたホルスターから拳銃を引き抜くと、マイミの額に突きつけた。


「それでは、案内してもらおう」


「えっ?」

そう言ったまま、マイミは絶句した。




※※




「まさかこんな風に、後ろから切りつけられるとは思わなかったよ」


マイミに銃口を突きつけて歩きながら、粕井が口にする。


「いったい、何を言ってるんですか粕井さん」


「甘粕たちは、私に黙って渓谷に無人偵察機を飛ばしたんだ。それがなぜだか、君は聞いていないのか?」


「はい、みんなまるで私が存在しない子であるかのように振る舞っています」


「可哀想に、君は蚊帳の外に置かれているというわけだな」


粕井は甘粕の天幕の前で立ち止まると、無言で手をかざした。

周囲には、完全武装した歩兵たちが集まってくる。


「甘粕たちがやろうとしていることは、カンパニーに対する裏切りなんだ」


「裏切り?」


粕井はマイミを地面にひざまずかせると、後頭部に銃口を押し付けたまま言った。

「奴はなぜ渓谷に無人偵察機を飛ばすつもりになったのかね?」


「それは、渓谷の龍へ至る道が、アル・シャバーブによって守られていることに気付いたからです」


「なるほど。では、アル・シャバーブはなぜ龍を守っているか、分かるかね?」


マイミがそのことについて考え始めた時、天幕の入口が開いた。


「来たか、粕井」


甘粕幸四郎が姿を現した。

その姿を見た粕井が、大声を張り上げる。


「甘粕、そこまでだ!お前が何を企んでいるかはこの女から聞いた」


甘粕はチラリとマイミの方を見て、言った。


「そいつを人質に取ってるつもりなら、それは間違った打ち手だな」


「今すぐ投降しなければ、この女を殺すつもりだが?」


「好きにすればいい」


その言葉に、マイミは白目を剥く。


「貴様らに、そんなことをしている暇はないからな」


甘粕はそう言うと、東の方角に目をやった。

マイミはそちらから、エンジン音が近づいてくることに気が付いた。





つづく

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