血に染まるソマリアの大地(4) ~渓谷を支配するもの~
「まあ、粕井さんの言う通りだ。はっきり言って絶望的だな」
言うとグレイはビーフジャーキーの袋を破り、中から取り出した肉片に噛り付いた。
向かいに座ったマイミは、焚き火にくべられた薪がパチリとはぜる音を聞きながら、手にした皿の底をスプーンですくう。それは豆と肉のスープだと給仕係は言っていたが、さっきから豆も肉も見当たらなかった。
「渓谷の周辺は、アル・シャバーブの支配地域だから?」
マイミが言うと、グレイは肩をすくめた。
「その通り。これは龍と戦う以前の問題だ」
「アル・シャバーブは龍に蹂躙されたこの世界で、何を願って戦ってるのかしら」
「それについては、向こうも同じ事を思ってるだろうさ」
言うとグレイはビーフジャーキーをまた一口噛み千切った。
粕井の部隊が設営した野営地は、簡易宿舎と天幕で構成されていた。マイミたちは中央の司令部に近い天幕を与えられ、食事と休息を取っていた。
「この場所で繰り返される暴力の連鎖は、簡単には止められないところまで加速している。親を殺され子を殺し、村を壊滅させて互いに相手を根絶やしにしようとする。長年流した夥しい血が、怨念となって互いの心を汚しているんだ。横から龍が首を突っ込んだからって、はいそうですかと手と手を取り合えるもじゃないさ」
マイミはその言葉に眉をひそめた。
「ねえ、もしかしてあの屋敷……」
思い出したのはアフゴヤで見た光景だ。
「そうだな。人体をミルフィーユみたいなに積み重ねたのは、クリーチャーの仕業じゃないかも知れない」
「アル・シャバーブが暫定政府に向けて、見せしめのためにやったって言うの?」
グレイはゆっくりと肉片を噛みながら、何かを考えていた。
「前にも言ったが、この暗黒大陸で行われているのは常軌を逸した蛮行だ。何せ十歳にも満たない少年がカラシニコフを持たされ、前戦に立たされているんだからな」
「少年兵のことね」
「モガデシュの外れでアル・シャバーブは小学校を占拠した。百人いた生徒のうち、女子児童は兵士の妻にするため後方に送り、残りの男子児童には銃を持たせて敷地内に立たせた。人間の盾とするためだよ」
マイミはグレイの顔をじっと見ていた。少年兵の話をする時、グレイの表情は歪んだ。いつも落ち着き払っていて、感情の昂ぶりを見せることが無いグレイにしては珍しい出来事だった。
そして同時に、マイミは奇妙な感覚を覚えていた。
それはノリリスクの鉱床で、ボノと出会う直前に感じた感覚に似ている。
人の心が、思念が自分の中に押し入ってくるようなあの感じ。
今、マイミの心に押し入ろうとしているのは、どうやらグレイの思念のようだ。だがそれは、ボノの時のように明解なメッセージの形にはなっていない。
もやもやとした感情の塊としてしか把握できなかった。
「何だか、少年兵について思うところがあるみたいね」
感じ取った印象を、マイミはそのまま口に出した。グレイはゆっくりと顔をめぐらせると、少し驚いたような表情を見せる。
「ああ……何だろうな、この感じ。自分でもなぜだか分からないが」
「グレイさんの失われた記憶の中で、何かがあったとしか思えないわ。さっきの小学校の話だって、誰かに聞いた話なの?グレイさんが実際にその状況に遭遇したんじゃないの?」
「どうだろうな……」
その時マイミは、宿舎から武装した歩兵たちが出てくるのを目にした。
「あれは、何でしょうかね」
「渓谷地域の状況を確認するため、偵察に出るそうだ」
「偵察って……彼ら完全武装してますよ」
「地上部隊しか持たない粕井隊の場合、この開けた地域では偵察イコール威力偵察になるんだ。実際にドンパチやって、敵の配置を探るしかない。衛星写真みたいな洒落た手は使えないからな」
マイミは目を眇めると、兵員輸送車輌に乗って出発する兵士たちの姿を見送った。
※※
粕井隊と合流してから、二週間が経過した。
その間、渓谷地域への偵察が繰り返され、アル・シャバーブの部隊配置について情報が大きく更新された。地形図にはアル・シャバーブの部隊であることを示す赤いマーカーがところ狭しと貼り付けられ、龍へアクセスするためのルートの大半が通行不可能であることを示していた。
「アリの這い出る隙間も無いとはこのことだな」
甘粕がつぶやく。
マイミとグレイは、甘粕の天幕に呼び出され、牧村、多古忍とともに渓谷付近の地形図を見下ろしていた。
全員が龍を倒すための知恵を絞っていた。軍事的には素人であるマイミもまた、自分に出来ないことはないかと地形図を睨みつける。
だが、何もいいアイデアは思い浮かばない。
マイミは大きくため息をついた。
「イスラム教徒は馬鹿なんですかね(アル・シャバーブの見識を疑いますよ)」
心の声が漏れたことには気付かず、マイミは言葉を続ける
「これを見てると、むしろ、アル・シャバーブが龍を守っているようにすら見えますね」
言い終わったマイミは、天幕の中に居る全員が自分を見ていることに気付いた。
マイミは慌てる。
「えっ?ワタシ何か変なこと言いました?心の声、漏れてました?」
全員を代表して、甘粕が口を開いた。
「いや、心の声は問題じゃないんだ霧崎。問題はその次の発言だ」
「へっ?」
「君の指摘通りだってことだ」
甘粕の言葉にグレイがゆっくりと頷いた。そして険しい顔をして地形図に視線を投げかける。
「ボス、ここはやはり上空偵察が必要な気がします……」
甘粕はうなずいた。
「同感だな。ソマリア沖にはまだ米海軍の揚陸艦が残っていると思うが、問題はこちらの支援に割く余力があるかどうかだ。牧村、アメリカさんの対クリーチャー戦線はどうなってる」
名前を呼ばれた牧村が、素早く資料を取り出した。
「本土におけるクリーチャーの支配地域は中部、南部を中心に三十パーセントと言ったところです。沿岸部は比較的平穏なので、国家運営はまだ麻痺していませんが、資源産出地域が押さえられたのは痛いですね。数ヶ月で、世界各地に派兵している部隊を引き上げての本土決戦を強いられるでしょう」
「端的に言って、我々に協力してもらえる可能性はあるか」
「この状況においては、無理でしょう。アフリカ大陸の龍は、ホワイトハウスにとっての優先事項では無いからです」
「そうか。あの国が頼れる同盟国だった時代が懐かしいよ」
言うと甘粕は無言で地形図に目を落とした。
「上空から偵察ができればいいのか?」
口を開いたのは多古忍だった。甘粕が怪訝な表情で地形図から顔を上げる。
「何か手があるのか、多古さん」
「ウチの若い衆が、隣国のソマリランドに入った。奴らなら上空から渓谷を偵察できるだろう」
天幕にいる全員がその言葉に聞き入っていた。
「驚いたな……」
甘粕はつぶやくように言った。
「最近のヤクザは、空を飛ぶんだな」
多古忍が、感情のこもらない目で甘粕を見返した。
つづく




