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閉鎖都市ノリリスクの逆襲(12) ~そして龍との対決へ~

「……なさいよ」


その声は時空の裂け目から漏れ聞こえる、異世界の邪神の呻きのように思えた。


不快な声だ。


マイミはこれ以上、その声を聞いていたくないと思った。


黙って。


そう口にしたいが、声が出ない。肺が押しつぶされたような感覚があり、上手く言葉を音にすることができなかった。


「……ったら!」


不快な声は続いていた。マイミは意識がもうろうとする暗闇の中で、手を振った。手で振り払えば、その不快な声の主を追い払えるのではないかと思って。


「……た!……よ!……さいよ!」


不快な声に怒りの響きが混じった。マイミは嫌な予感を覚える。表層意識は混濁としていたが、潜在意識が警告を発していた。この不快な声の主は、異世界から来た邪神などではない。


もっと面倒くさい存在だ。


ようやく目が開く。


英国風のスーツを着こなした、背の低い男性の姿が目に入った。色白で髭がなく、公家っぽい顔立ち。


「……今川……義元」


「誰が今川義元よっ!」


内閣官房参事官、牧村修二郎は苛ついた口調で言った。


「さっさと起きなさいよ!みんなあんたを待ってるんだから」


「あの……牧村さん、ここはどこですか?」


言いながらマイミは周囲を見渡した。天井が低く、三平方メートルほどしかない狭い空間で、照明は薄暗く、マイミが横たわっている固い寝台があるきりの部屋だ。


金属がむき出しになった無機質な内装で、まるで飛行機の貨物室みたいだった。


「飛行機の貨物室よ」


「えっ?本当に」

言われみると、遠くから風切り音が聞こえた。


「そうか、閉鎖都市ノリリスクから脱出するために、旅客機の貨物室に忍び込んだんですね。牧村さんみたいに将来のあるキャリア官僚にそんな犯罪まがいの真似をさせて申し訳ないです」


その言葉を聞いた牧村が、わさびの効きすぎた鮨をつまんだ時と同じように目頭を押さえた。


くっくとうめき声を漏らす。泣いているのだ。


「やめてよ、そんな話をするのは」


「……どうしてですか?」


「この飛行機はアエロフロートの旅客機でもないし、私は内閣官房付の参事官でもないわ」


「えっ?」


マイミはゆっくりと体を起こした。あちこちが痛む。ノリリスクのニッケル鉱床で龍に乗っ取られたアレクサンドルに吹っ飛ばされた際に、全身を打ち付けたからだと思われた。


「いったい、何があったんです」


「この飛行機は、甘粕元官房長官が設立したヒーローズカンパニーの指令機、ライジング・サンよ。あんたを救出するためノリリスクまで飛んで、今はヨーロッパ上空」


「……何で、牧村さんも一緒にいるんですか」


「日本政府は崩壊したから」


「ええっ?」


「島根沖に現れた龍を討伐するために、米軍の第七艦隊と自衛隊が合同作戦を展開した。結果的に、あのイケメン兄ちゃんが呪いの銃弾で龍を殺したわけだけど、その直後から、日本各地でクリーチャーが大量発生したのよ。そして、あらゆる場所で人を襲い始めた」


マイミはあんぐりと口を開いた。


「タイミングは少しずれるけど、世界各地で同様の現象が発生してるわ。そしてわずか一週間で、ユーラシア大陸の十数パーセントがクリーチャーの支配地域になったと言われてる。あたしたちが龍を殺したことが、奴らを本気にさせたのよ」


「そんな……」


「今や無事なのはオーストラリアぐらいね。第三の龍がアフリカに、第四の龍が南米に現れた。今やクリーチャーと人類の全面戦争状態。これまでの秩序は完全に崩壊したのよ」


「悪意の……逆襲……」


そうつぶやいたマイミの言葉を、牧村は聞き流した。


「だから、早く起きなさい。元気を取り戻したら、みんなのところへ行ってノリリスクで何が起きたのかを話して頂戴」

そう言うと、牧村がポケットを探って何かを取り出した。


「少し食べ物を口に入れた方がいいわ」

そう言ってアルミの包み紙をマイミの手に握らせる。


それは、ツナピコだった。





※※





「龍とは、悪意……」


そうつぶやいた甘粕幸四郎は、しばらく無言でその意味について考えていた。


(くだん)の予言を元に考えれば、そうなります」


マイミは言葉を添えた。


ライジング・サンの機体中央に設けられたブリーフィングルームには、甘粕と牧村に加え、多古忍とグレイの姿もあった。


「……どう思う。ホーリー、モーリー」


甘粕が呼びかけると、ブリーフィングルームに設置されたモニタの向こうに座る金髪、碧眼の美少女が口を開いた。


「可能性は、あるわ」

「可能性は、あるわ」


甘粕がチラリと目配せすると、頷いてホーリーが双子を代表して話し始める。


「超共感性思念体(Super Pneumatronics Material)の発生メカニズムは解明されていないけれど、マイミの言う通り、人類の悪意の総和だと仮定すると、いろいろと説明がつく点が多い」


マイミは首を傾げた。


「それは……例えば?」


「龍の発生地点よ。東アジア、ロシア、アフリカ、南米。いずれも近年、国家・民族間の衝突が起きて、人が人を弾圧した地域に発生している」


「でも、日本は戦後以降、ずっと平和だったわ」


「悪意は紛争拠点だけに発生するとは限らない。それに戦後日本の平穏が、極東地域周辺で起きた様々な紛争の上に成立してることを忘れてはいけないわ。あなたたち日本人は戦争を放棄し、経済発展のみに邁進してきたつもりかもしれないけど、世界がつながっている以上は無関係でいられない。あなたたちが欲する資源が理由で、人が無残に虐殺されることもあるのよ」


「国際情勢に関するレクチャーはそれぐらいにしといてくれ」


グレイが口をはさんだ。


「問題は、どうやって龍を殺すかという話だ。どうやって、世界を取り戻すか」


「今、ペンタゴンが呪いの銃弾のメカニズムの解析を進めてるわ」


ホーリーが口を開いた。


「アリゾナでジャージーデビルを殺した銃弾を解析している。今のところ、特殊な波動を帯びているということまでしか分かっていないけど……」


「波動、か……」


言うと、グレイは口をつぐんだ。


「何を考えてるのかは、わかるわよグレイさん」


マイミはホーリーとモーリーの方を見やった。


「呪いの銃弾と、ノリリスクで見つけたそれを放つことができる銃。どちらも青白い輝きを放っているの。普通の人には見えないようだけど」


「その報告は受けているわ」


次に口を開いたのはモーリーだった。


「銃弾を作り出したヴィンセント・ファーニア。銃を作り出したボノ。二人がなぜそのような能力を身につけるに至ったのか、その原因についても究明を急いでいる」


「それと、なぜグレイだけがそれらを扱えるのか、もだ」


甘粕が口を挟んだ。


「霧崎の報告によれば、呪いの銃弾と銃を用いたロシア国内軍の将校もまた、塩になったそうだ。つまり龍を倒すには、銃弾と、銃と、射手。選ばれた三つの存在が必要だということが分かっている」


マイミはそっとグレイの方を見た。皆の言葉を聞きながらも、グレイが何やら別のことを考えているのは明白だった。


自ら不死者と呼ぶ男。グレイには、ヴィンセントやボノ同じ、何か秘密が隠されているのだ。


グレイは口を開いた。


「それらのメカニズムが解明されなければ、人類の行く末は絶望だ。何せ、弾は残り四発しかないんだからな」


ブリーフィングルームにいる全員が口を閉ざした。

アフリカ、南米に現れたという第三、第四の龍がどれほどのサイズか報告は入っていない。だが彼の地で日々繰り広げられる紛争、虐殺の量を考えれば、そのスケールは日本やロシアに現れたそれを凌駕することは確実だろう。


それに対して、人類の側に残された銃弾は残り四発しかないのだ。


ほとんど絶望に近い感情が機内に立ち込める。


「……だが、やるしかないな」

口を開いたのは、多古忍だった。


「我々極道は、弾が無ければ素手で戦う。腕が折れれば噛みついてでも相手を殺す。いずれにせよ、殺らなければこちらが殺られるだけなのだから」


その言葉を聞いた甘粕が、薄く笑った。


「多古さんの言う通りだな」

そしてグレイの方を振り返る。

「弾は四発、龍は二匹。ならば外さなければいい。どうだグレイ、そうすれば二発ほどお釣りがくるぞ」


甘粕の言葉を聞いたグレイは肩でため息をついた。


それを見たマイミは、切れ長の瞳が無言で“言ってくれるぜ”とつぶやいているのを見てとった。



マイミには物語が新展開に向かうのが分かっていた。


龍との対決だ。


だがこれまでとは趣が違う。


銃弾も銃も、射手も見つかったが、立ちはだかる障壁の大きさがマイミの心を曇らせていた。





つづく

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