閉鎖都市ノリリスクの逆襲(11) ~龍の正体~
「グレイさん!」
マイミは男の名を呼んだ。
生と死の狭間にいるため、灰色と呼ばれた男。
実に十一話ぶりに合流した頼れる相棒は、マイミを襲った極限の危機に対して恐れの色を見せず、胸を張って立ち上がった。
龍の咆哮が、そして肌を切り裂くほどの強い突風が辺りを包み込む。
「霧崎さん、そこにある銃を取ってくれないか」
グレイは塩の柱と化したロゴスキンの方を指差した。その手には、ボノが生み出した銃が握られており、その銃にはヴィンセントが創り出した銃弾が装填されている。
マイミはそっと手を伸ばすと、その銃に触れた。
かつてロゴスキンだった塩の像がボロボロと崩れる。マイミは眼をギュっとつぶると、覚悟を決めて銃を引き抜いた。
「呪いの銃弾を取り巻く謎は、いっこうに解けない」
そう言いながらグレイは銃を受け取った。
「出雲沖で俺たちは龍と対決した。海兵隊の腕ききスナイパー二人とヴィンセントの銃弾で狙撃したんだが、これと同じ現象が起きた。すなわち、銃弾を撃った人間も塩になってしまったんだ」
グレイは銃の輪胴を振り出し、銃弾が装填されているのを確かめる。グリップを握って、具合を確かめた。
「でも、グレイ。あなたは……」
「そうなんだよ、霧崎さん」
グレイがリボルバーを構え、狙いを定める。照準の先にあるのは、龍の巨大な顎門。ついさっき、アレクサンドルを丸ごと屠った巨大な牙が血に濡れていた。
「俺は・・・・・・俺だけは塩にならなかった」
龍が苛立ちとともに尾を振り回した。それが岩壁に辺り、砕けた岩の破片が飛散する。
巨大な岩塊があちこちに降り注ぎ、採掘基地を、車輌を押し潰した。
だがグレイは銃を構えたまま、避けようともしなかった。飛んできた細かい岩の塊が、グレイのこめかみ付近を切り裂き、鮮血が飛び散る。
「グレイ!」
マイミが悲鳴を上げた。
「落ち着いて、霧崎さん。この一発を外すわけにはいかないんだ」
血を流したまま、グレイは構えを崩さなかった。
「ヴィンセントは島根で死んだ。ボノム・リシャールごと海中に葬り去られたんだ。呪いの銃弾を作れる奴はもういない」
「……えっ?」
マイミは息を呑んだ。
「この銃に装填されているのが、人類に残された最後の弾なんだ」
龍にもその言葉が届いたのだろうか。
再び激しい咆哮が二人を包んだ。
龍が決着をつけるために、身を躍らせた、次の瞬間。
グレイが構えた銃が火を噴いた。
龍を殺せる銃弾。
現代に蘇った龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)の一発が、ひとすじの青白い閃光となって龍の顎門を貫く。
「……やった」
グレイが呻くように言った。龍は苦悶の雄叫びを上げたが、その声はどんどん小さくなっていく。銃弾が命中した顎門の部分が、空間から掻き消えていくからだ。
龍の頭部が消失しようとしている。
よほど原始的な下等生物でも無い限り、頭を潰されて死なない化け物はいない。
マイミたちは勝利を確信した。
だが、龍の尾が、頭部が空間に溶け出し、融解し、消失するかと見えたその時。
「……あれは?」
ぐにゃりと歪んだ龍の肉体が、腹部の辺りに収束していく。
そこに何かがあるのだ。
「あれは……何だ」
グレイが引きつった声を出した。
※※
「あれは……人……じゃないのか?」
グレイの言葉に、マイミは耳を疑った。呪いの銃弾によって融解し、消失しようとしていた龍の肉体が、突如として何かの形に再構成され始めたのだ。
光り輝くそれは、確かに人の姿に見えなくもなかった。
もっと言えば、見覚えがある人物の姿形に良く似ている。
「アレクサンドル……?」
それは先ほど龍に食いちぎられた若き新興財閥の長に似ていた。融解された龍の肉体がどんどんと、アレクサンドルに良く似た光の塊に吸収されていく。
吹きすさんでいた風が止んだ。龍の咆哮が消えたせいで、ニッケル鉱床は突如、息を潜めたような静寂に包まれた。
「どういうことだ、何が起きている」
「わからない。龍は殺したはずなのに……」
マイミはかぶりを振った。考えられる仮説は一つだけだった。
「……もしかしたら、超共感性思念体(Super Pneumatronics Material)が何らかの理由で再構成されたのかも知れない。アレクサンドルはその拠り代になったんだわ」
人の形をした光の塊は、膝をついて立ち上がる。
光の中には虚ろなふたつの窪みがあった。
つまり、眼だ。
全身が強く光り輝いているくせに、その虚ろな眼はあらゆる物を吸収する虚無の力を備えているように見えた。
「まるで亡霊だな……」
グレイとマイミの傍らに立った多古忍が、ポツリと言った。
マイミは頷く。
「龍の形はしていないけど、あれも超共感性思念体(Super Pneumatronics Material)のはずです。呪いの銃弾でとどめを刺さないと」
光の亡霊は人間と同じくらいの大きさで、龍とは比べ物にならないほど小さかったが、全身から発散するオーラはむしろ龍よりも危険だった。
亡霊が呼吸をするたび、辺りの空気がビリビリと振動する。
「動きが鈍いな。今はまだ覚醒しきっていないのか?」
多古忍が言った。その見立ては正しそうだった。光の亡霊は何が起きたのか把握できていない様子で、ぼうっと辺りを見渡している。
「グレイさん。今なら殺せます。奴を射殺してください」
「簡単に言ってくれるじゃないか」
再び銃を構えながら、グレイが眦を吊り上げる。
「馬鹿でかい龍と違って、この距離からあのサイズの標的に当てるのは至難の技だぞ」
「グレイさんならできる!やればできる子です!」
グレイが口を真一文字に結び、意識を集中した。弾は残り四発しかないのだ。呼吸を整え、狙いを定める。
光の亡霊はゆっくりと視線をめぐらせた。
この世界を初めて目にしたとでも言うように。
やがて目があった。
エリカと、アレクサンドルの形をした光の塊と。
胸の中に再び、名状しがたい感情の渦が沸き起こる。
あの光の亡霊、龍の化身は喜びにうち震えていた。それもとびきり邪な喜びだ。
ただっぴろい獏とした精神的な牢獄の中を飛び出して、この世界に降り立ったことに対する喜び。
思う存分その力を行使し、世界を屠ることができることに対する喜び。
かつて件は言った。世界を覆った悪意が、炎と鉄と病原菌となって人々を苦しめる。その中でも格別に恐ろしい四匹の龍が悪を導く、と。
龍とはすなわち、悪意なのだ。
世界を覆った悪意。
ベトナムのクアンタイ・カナット村で、ニュージャージー州のヤパパイ族の集落で、ウクライナのドネツクで、チェチェンで、ボスニア・ヘルツェゴビナで、チベットで、ソマリアで、ポーランドで、朝鮮半島で、世界中で人が人を弾圧し、蹂躙し、虐殺している。
ボノが言った通りだ。
この世界はもう駄目かも知れない。人を殺しているのは人なのだ。その悪意が世界を侵食し、人々を苦しめているのだ。
悪意は超共感性思念体(Super Pneumatronics Material)という形をとり、龍を生み出し、そして今……。
人と結びついた。
アレクサンドルは悪意に乗っ取られたのだ。
「霧崎!」
多古忍の叫びが耳もとでこだました。
光の亡霊が恐るべきスピードで飛翔し、ニッケル鉱床から飛び立つ。
凄まじい波動が辺りを襲い、マイミはそれに吹き飛ばされて……。
意識を失った。
つづき




