閉鎖都市ノリリスクの逆襲(9) ~島根沖にて~
ノリリスクの鉱床で、マイミたちが龍と対峙する数日前のことだ。
島根沖に停泊する強襲揚陸艦ボノム・リシャールから、一機の輸送ヘリが飛び立った。
乗っているのは三人の射手。
そのうち二人は、二十万人を数える海兵隊の中で最も腕の立つ狙撃手。45歳のフランク・オコネルと、30歳のバーナード・J。どちらも数百メートル離れた的に対してわずか数インチに集弾できる腕の持ち主だった。
三人目は、民間人だった。
“カンパニー”と呼称される日本の民間軍事会社(PMC)の一員であり、自らを不死者と名乗る人物、グレイ。
それぞれ手にしているのは、海兵隊独自仕様であるボルトアクションライフルのM40であり、装填されているのは、ヴィンセント・ファーニアが作り出したライフル弾だった。
「これほどまでに歯が立たないとはな」
揺れるヘリの中から海面に浮かぶ龍を見下ろし、最年長であるオコネルが言った。
稲佐の浜に上陸した歩兵部隊を蹴散らし、ハリアーを撃墜した龍は、悠然と海面を漂っていた。その周囲を複数の艦船が包囲しており、小さな都市であれば一晩で壊滅できる量のミサイルと火砲が狙いを定めていたが、龍は意に介していなかった。
大きさで言えばボノム・リシャールの十分の一にも満たないというのに、龍はその気になれば、数秒で艦隊を粉砕できると信じているようだった。
身を乗り出して龍の様子を見たバーナードは、強い南部訛りの英語で言った。
「仕方あるめえ。あんな速度で動く巨大生物を想定した兵器は、現存してねえしな」
グレイは話には加わらず、手元の狙撃銃を眺めていた。
龍もまた他のクリーチャーと同じように超共感性思念体(Super Pneumatronics Material)だとしたら、その戦闘能力は計り知れないものになるだろう。人間と同サイズのジャージー・デビルでさえ一個小隊を瞬殺したのだから。
できる限り早く始末をつけなければ、被害はどんどんと拡大していく。
だが果たして、人類にあの龍を殺すことができるのだろうか。
「この銃弾なら、龍を殺せると聞いたが……」
オコネルがそう言うと、意味ありげな視線をグレイに送って寄越した。
「本気で言ってるのかね?不死者さんよ」
だがグレイは口を開かなかった。迷惑そうにチラリと相手を見ただけで、再び手元の銃に視線を戻した。
出発前に、ヴィンセントと交わした言葉が気になっていた。
今頃ヴィンセントは、強襲揚陸艦ボノム・リシャールの艦橋でこちらの様子を眺めているはずだ。かつてベトナムで戦った元兵士のヴィンセントは、グレイに向かって言った。
「あんたは俺と同じにおいがする」
同感だった。
初めて会った時から、薄々は感じていたことだ。
だがそれは、別れ際に差し出されたヴィンセントの右手を握り返した時に、確信になった。
彼はケサンで左足と右腕を失ったはずではないのか?
つまり、彼もまた不死者なのだ。
虚妄性不死症候群だと診断されている自分が本当に不死者かどうか、確かめることは困難だと思っていた。だがヴィンセントを見れば明白だ。記録上は七十歳を超えているはずなのに見た目は若く、失ったはずの手足が再生している。
そのことが示す意味を考えながら、グレイはほの青く輝いて見える弾丸を握りしめた。
「おい、クソ。相棒よ」
海兵隊員のフランクが引きつった声を出した。
「龍が、こっちを見てやがる」
グレイは開け放たれたハッチから外を見やった。確かに、龍がその頭部を持ち上げて、こちらを見ている。
グレイたち三人に、人類の希望が託されたことを承知しているのだ。
「なぁ、さっさとやろうや」
バーナードもまた、声に焦りを滲ませていた。
「こんな距離であいつの頭上を旋回していたら、さっきのハリアーと同じように叩き落とされる」
「同感だ」
フランクが身に着けたインカムに向かって告げた。
「こちらスレイヤー・ワン。我々は標的上空に到達している。射撃許可を願う。龍の野郎、こっちをじっと睨んでやがる。ケツがスースーして落ち着かない」
ややあって、インカムからボノム・リシャールに乗り込んだ海兵隊の指揮官の声が響く。
「こちらポニー。射撃を許可する。手順通り、慎重に狙え。弾の予備はそう多くない」
「了解」
通信を切ったフランクは、吐き捨てるように言った。
「弾の予備は多くない……。問題は弾の数じゃないさ」
バーナードがその言葉を引き取った。
「この弾を撃つと、銃が塩になっちまうんだろう?」
言うとバーナードとフランクはグレイの方を見た。グレイはその現象の唯一の目撃者として、ゆっくり頷くしかなかった。
そう、だからひとり一発しか撃つことができない。失敗は許されなかった。
「兄ちゃん、準備はいいか。事前の取り決め通り、狙撃は三人同時に行う。一発の銃弾でどこまで超共感性思念体(Super Pneumatronics Material)を分解できるか不明で、質量の多い龍を仕留めるためには複数の弾を叩きこむ必要があるかも知れないからだ。狙う箇所は覚えてるな。俺が頭、バーナードが腹、兄ちゃんは尻尾だ」
グレイは急所を狙う役から外されたが、特に不満は漏らさなかった。そもそも誇り高き海兵隊がこの重要な狙撃に民間人の介入を許したことを考えれば、驚くべき譲歩だからだ。
その裏では甘粕が手を回したことは、想像に難くない。
フランクがヘリの操縦士に射撃位置へ移動するよう指示を出している。
グレイは狙撃銃を操作すると、手にしていた呪いの弾丸を薬室へと送り込んだ。
「さあ、相棒よ。龍を殺しに行くぜ」
フランクの一言と同時に、ヘリのローター音が高まった。機首が傾き、速度を増す。
ブラックホーク輸送ヘリは滑らかに旋回して龍の側面へと回った。射手から見て的となる面積が最も大きくなる角度だ。
射手たちはベルトで体を固定すると、ストックに頬を当ててスコープを覗き込む。
観測手はいない、近距離での素早いヒット&アウェイ。
「くそ!」
フランクが汚い言葉を吐くのは何度目だろうか。
龍が海面から素早く飛び上がる。
こちらの思惑を読んでいたとしか思えない。ヘリの脇をすり抜けるように飛び上がった龍は、揺れる機体から振り落とされないようしがみつく射手たちを嘲笑うかのように、沖合の艦船を狙って跳びかかる。
「くそ!くそ!くそ!」
信じられない光景が目の前に出現した。
飛び上がった龍が中空で反転すると、勢いをつけてボノム・リシャールの甲板に激突したのだ。全長250メートルを超える、小型の空母とも言うべき強襲揚陸艦が、船体のど真ん中から真っ二つにへし折られる。
甲板に駐機していたヘリや固定翼機が次々に海面へと滑り落ちていく。
「母艦が!」
海兵隊員たちはうめき声を上げた後に絶句した。
4万トン級の艦船は二つの塊になって瞬く間に沈んでいく。轟沈だ。
そして船に乗っていた二千人を超える人々は、幾らも助からない。
その中にはヴィンセント・ファーニアも含まれているのだ。
龍は知っていた。人類が無駄な抵抗を試みていることを。
その反撃のために、呪いの銃弾を用意したことを。
それを承知のうえで、十分にひきつけ、底意地の悪いタイミングとやり方で、屠って見せたのだ。
「龍の野郎!」
そう言い放つと、フランクが狙撃銃を構えた。タイミングを合わせ、三人で一斉射する予定だったが、段取りが頭からすっぽ抜けているようだった。
「待て、タイミングを……」
グレイが制しかけたその時、龍が雄たけびを上げた。
地球上のどんな生物とも似つかぬ、金属をこすり合わせたような耳障りな咆哮。
それが龍の勝ち鬨であり、次はグレイたちの番だという宣言なのだということが分かった。
「撃て!撃つんだ!」
フランクは半狂乱になって喚いた。ボノム・リシャールの残骸の上でたたずむ龍が、その巨大な顎門をこちらに向けている。
飛び掛ってきて、ヘリの機体ごとこちらを噛み砕くのにコンマ数秒もかからない。
グレイの傍らで銃撃音が響いた。
放ったのはバーナードだ。
銃口から飛び出した510グレインの弾丸は、風を切って飛翔し、龍の腹部へと着弾した。
龍の腹部が脈打つ。
グレイは、ジャージーデビルを殺した時と同じ現象を目にした。
弾丸が命中した辺りを中心として、台風の目のような渦が巻き、龍の肉体がその穴に向かって吸い込まれていく。
だが龍の動きは止まらない。腹部を撃たれたものの、その首を振りかざしてヘリに狙いを定める。
「フランク、続けて撃つんだ!」
言いながら傍らに目をやったグレイは、恐ろしい光景を目にした。
塩の柱だ。
銃声が鳴り響く。
狙いを定めたフランクが、バーナードに続いて発砲したのだ。
銃口からは、青白く輝く銃弾が飛び出していった。だがグレイは、その行き先を見てはいなかった。見つめていたのは、狙撃をした姿勢のままで塩の塊へと変化していくフランクの姿だった。
「フランク!」
グレイが叫ぶ。45歳の海兵隊員は何が起きたのか理解ができていないようで、不思議そうな顔をグレイに向け、そのまま塩の柱になった。
その向こうにいるバーナードと同じように。
グレイは何が起きているのか理解できなかった。呪いの銃弾は銃だけではなくそれを撃った狙撃手までも塩に変えてしまったのだ。
「そんな……馬鹿な……」
そのからくりについてグレイが考える暇はなかった。
龍の咆哮がすぐそばに迫ってきていたからだ。
フランクの銃弾は急所を外れていた。龍は体の三分の一を消失していたが、残された肉体でこちらに襲い掛かろうとしている。
グレイは狙撃銃を構えた。
自分が塩になるかも知れないと、考える暇は無い。
龍が狂ったように吠える。人類の反撃を決して許さない、そういう怒りだった。
グレイはひとつ大きく息を吐くと……。
狙いを定め、引き金を絞った。
つづく




