世界が龍に屠られる時
島根県の西に位置する、稲佐の浜。
かつて国譲りの神話の舞台となった、竜神が現れると言う伝承の浜。
その浜辺に龍は鎮座していた。
体長十六メートル。鱗に覆われた長い体躯。小さな四肢が見られるが、体を動かす時には蛇と同じように腹部を蠕動させているようだ。
頭部は古代生物を思わせる単調かつ原始的なデザインで、深海生物のフォルムに近い。目は小さく、顎は極端に大きく、知性は感じられない。
出現してから二週間たつが、これまで大きな動きは見せなかった。
陸側から監視をしていたのは、出雲に駐屯する陸上自衛隊第十三偵察隊だ。かつてルワンダにも言ったことのある精鋭部隊で、部隊の車両にはサソリをモチーフにしたマーキングが施されている。
上空を、監視のためのヘリが飛んだ。
島根沖に停泊する強襲揚陸艦ボノム・リシャールから発進した偵察ヘリだ。その他にも島根沖にはミサイル巡洋艦二隻と、駆逐艦三隻の姿があった。
いずれも佐世保港から急行した、アメリカ海軍第七艦隊の艦船だ。
アメリカ軍は、海兵隊による上陸作戦を予定していた。
まずは洋上から巡航ミサイルを発射し、龍を血祭りにあげる。
続いて海兵隊を大型ホバークラフトに乗せて、稲佐の浜で決着をつけるつもりだった。
最初に仕掛けたのは、龍の方だった。
人間側の思惑を察知したかのように、作戦決行の二日前の未明、突如として龍が暴れはじめた。砂浜に陸上自衛隊が設置したバリケードを破壊し、警戒に当たっていた第十三偵察隊を攻撃する。
当直に当たっていた小銃小隊の指揮官が、無線で駐屯地に一報を入れた。
その報せは広島の海田市にある方面指令本部に飛び、間をおかず市谷にある防衛省へ届けられた。
出雲沖の艦隊が一斉に行動を開始した。
哨戒ヘリが飛び立ち、上空から龍を照らす。
龍は巨大な尾を振り回し、その咢門で車両をかみ砕いた。
陸上自衛隊は小銃を発砲したが、かすり傷ひとつ与えることができなかった。
洋上の艦船から、巡航ミサイルが発射される。
高性能な電子部品を満載したスマート・ボムは、正確な着弾座標を与えられており、そこへ目がけて飛翔する。
標的に近づくとカメラ・センサーが作動して、実際の地形を確認しながら着弾位置を修正するのだ。
百発百中の必殺兵器。
だが龍には通用しなかった。
その巨大な体をくねらせると、龍は飛翔したのだ。
物理法則を無視する動きだった。揚力を得る翼や、推進力を生み出すジェット噴射もない。ただひらりと宙に浮いて、攻撃をかわした。
巡航ミサイルが稲佐の浜に着弾し、爆炎とともに砂浜を盛大に吹き上げる。
その様子は、出雲市内からもはっきりと見ることができるほどだった。
戦闘の様子は、全世界に中継されていた。報道陣の立ち入りは厳しく制限されていたが、ドローンを飛ばして撮影するジャーナリストや民間人が多数いたためだ。
クリーチャーと人類の凄惨な死闘が、全世界の人々の背筋を凍らせた。
稲佐の浜に大型ホバークラフトで上陸した海兵隊は、装甲車を盾に少銃を撃ちながら前進したが、龍はまるで問題にしなかった。機関砲の弾丸を浴びながらも上陸部隊に襲い掛かると、装甲車を叩きつぶして歩兵たちを丸呑みにする。
上空からハリアー攻撃機が対地ミサイルを叩きこんだが、龍は素早く飛び上がってミサイルをかわし、そのままハリアーを叩き落とした。
人類側の兵器はまるで役に立たない。
なぜなら、これほど敏捷に動き回る巨大生物と戦うことを前提に作られていないからだ。
いよいよ最後の切り札を試す時だった。
ボノム・リシャールから狙撃兵を乗せたヘリコプターが飛び立つ。
乗っている射手は3人だ。
海兵隊独自仕様であるホルトアクションライフルのM40を手に、稲佐の浜へと向かう。
そしてその中にグレイの姿もあった。
生者と死者の間にいると呼ばれる男、グレイ。呪われた弾の射手。
その姿を、龍の黒光りする瞳がしっかりと見つめていた。
※※
「霧崎マイミ。あなたを逮捕します」
「えっ?」
聞き間違えだろうか。マイミはあんぐりと口を開けてもう一度聞き返したが、相手は固いアクセントで同じ言葉を繰り返しただけだった。
がしゃん。
重く、固く、冷たい音がしてマイミの目の前で扉がしまった。
金属製の分厚い扉。囚人を拘置するための独房を塞ぐための扉だ。
「そ……そんな……」
マイミは呆然と呟いた。
ガタン、と足元が揺れる。
マイミを乗せた列車が動き出したのだ。
外は吹雪だった。
数十センチ先も見通せない猛吹雪。凍てつく極寒の地に、かろうじてへばりつくレールの上を、囚人護送列車がゆっくりと走り始める。
ロシア、中央北部の街ノリリスク。
霧崎マイミの身に果たして何が起きたのか?
そしてグレイは龍を倒せるのか?
いよいよ物語は、新章に突入する。
つづく




