呪いを帯びた銃弾を探せ! 北米死闘篇(15) ~青色の決着~
拳銃の有効射程距離は、せいぜい五十メートル以内だ。
発射直後の弾丸は勢いよくまっすく飛ぶため、近い距離であれば狙ったところに着弾する。だが距離が離れると、弾丸は運動エネルギーを失い、空気抵抗に邪魔されて狙ったところに着弾させるのが難しくなる。
射撃の名手は、標的の距離と、そこへ到達するまでの弾道変化を予測して狙いをつける。
だが弾道は、弾丸の重さ、弾薬の量、銃身の長さなどによって異なる。慣れた銃であれば軌道は予測できるが、初めて扱う銃で遠距離射撃を成功させるのは絶望的だ。
だから百メートルも離れた位置に立つグレイが、ジャージーデビルに襲われるマイミを助けるのは不可能だと思われた。
「お前をここで始末しないといけないな、霧崎マイミ」
ジャージーデビルは滑らかな英語でそう言った。
「どういう意味。なぜあたしの名前を知っているの?」
マイミは額に冷たい汗が浮かぶのを感じながらそう言った。
「お前は危険だ。そして、あの触媒たちも」
ジャージーデビルは鋭い歯をガチンと噛み合わせた。マイミに狙いをつける。
その鋭い歯が首筋に突き立てられ、人体の急所の一つである頚動脈をを食いちぎり、霧崎マイミがうわあぁぁぁと叫んで地面に倒れて死亡して、デスノートの結構序盤でLが●んだのと同じような展開を見せようとした……。
そう思われたその瞬間。
何かが風を切って飛んできた。
「痛いっ!」
ジャージーデビルが人間臭い台詞を吐いて、額を押さえた。
「くそっ、何だこれ」
額に、黒光りする鉄片が突き刺さっていた。
マイミは以前にもそれを見た記憶がある。
ステーキハウスの駐車場で、銃を持たないグレイが悪漢に投げつけた、あの武器だ。
手裏剣。暗器。
ジャージーデビルはひづめの突いた前肢で、額に刺さった手裏剣を引き抜くと、地面に投げ捨てた。
「くそ、小ざかしい真似を。こんな小さな刃物でジャージーデビルを殺せると思ったのか」
グレイの方を睨んで毒づく。
マイミはその隙に逃げ出そうとしていた。手をついて立ち上がり、光の速さでグレイのいる方へと走り出そうとする。
だが。
ジャージーデビルの動きの方が速かった。マイミがひとつ瞬きする間に、素早く回りこんで前方に立ち塞がる。
今度こそ、頚動脈を食いちぎられて、海外ドラマ「LOST」の女保安官役の女優のように物語の途中で死んで降板になってしまうのだ、とマイミが覚悟した瞬間。
ジャージーデビルがおかしな動きをはじめた。
その醜い馬面がわなわなと痙攣し、視線が定まらない。
ヒーヒーと呼吸が荒くなり、苦しみ始めている。
「何……これ。何が起きたの?」
マイミが口にするのと、グレイの声が聞こえたのは同時だった。
「毒を盛ったのさ」
ぷるぷると痙攣するジャージーデビルのすぐ後ろに、グレイの姿があった。
「神経毒は、クリーチャーにも効いたみたいだな」
「もしかして、グレイさん。クラーレ毒を塗っていたんですか?」
「アメリカのニンジャ部隊にいた仲間に教わったのさ。毒を塗布した刃物は、掠っただけで致命傷を与えられる」
ジャージーデビルはプルプルと震えながら、怒りのまなざしをグレイに向ける。グレイは冷たい視線を返した。
「脅威の再生力を持っているみたいだが、神経毒による麻痺の前には無意味だったな」
グレイは38口径のリボルバーを持ち上げると、クリーチャーに狙いを定めた。
引き金を引く。
銃声とともに呪いを帯びた弾丸がジャージーデビルの胸に命中し、それは起きた。
クリーチャーの体の分解が始まったのだ。
辺りの空気が、細かくビリビリと振動を始める。
ジャージーデビルに弾丸が命中した辺りを中心として、台風の目のような渦が巻く。ジャージーデビルの肉体は、自らに開いたその穴に向かって吸い込まれていく。
「警告しておくぞ、霧崎マイミ」
ジャージーデビルは地獄の底から響いてくるような声で唸った。
「この銃弾の呪いの意味について考えろ。そうすれば自分たちが苦しみの連鎖のとば口にいることが分かるはずだ。今すぐ引き返せ。そうしなければ、無数の苦痛と悲しみがお前たちを取り巻くだろう。この戦いに勝利など無い。いいか、勝利などないのだ」
マイミは無言でクリーチャーを見た。化け物の目には、多くを知っているものに特有の哀しみがあるように思えた。
「警告はしたぞ」
ジャージーデビルの肉体は青く輝くと、細かな粒子なって渦に飲み込まれ、やがて消え去った。
マイミは無言のまま、目の前で起きた怪奇現象を見つめていた。
「これが……呪いを帯びた銃弾」
グレイがつぶやくように言った。その威力を目の当たりにして、驚きを隠せない様子だった。
マイミは頷いてみせる。
「件はこれなら龍を殺せると言った」
「島根沖に居座る、あの龍をか?」
その言葉に、マイミが返答しようとした瞬間だった。
「悪いけど、大団円にすることはできないわ」
「悪いけど、大団円にすることはできないわ」
氷のように冷たいユニゾンが耳を打つ。
双子の構えた銃口が、二人に狙いを定めていた。
つづく




