呪いを帯びた銃弾を探せ! 北米死闘篇(8) ~マイミ・ザ・リッパー~
アリゾナで最大の都市であるフェニックスを出て、州道10号を東にひたすら三時間も走ると、トゥーソンの町並みが見えてきた。
ここはアメリカというよりもほとんどメキシコに近い。あたりは赤茶けた荒野が広がり、町並みを作る建物の色合いも、どことなく南米を思わせるくすんだパステルカラーだった。
日が暮れ、赤銅色に染まる町並みを眺めながら、一行は街で一番美味いと評判のレストランで食事をとっていた。
「何これ、クソ美味いわ(あら、美味しい。こんなの初めて)」
エンチェラーダを一切れ口に入れたマイミは、また心の声が漏れてしまったので思わず口を押さえた。
ひき肉をトルティーヤで包み、トマトと唐辛子のソース、たっぷりのチーズをかけたエンチェラーダは実際のところ、クソ美味い。
だが嫁入り前の女性の表現として適当ではないという自覚はあった。
「霧崎さん、君はどうも心の声に蓋ができない性分らしいな」
グレイが冷ややかな笑いを浮かべながら、タマルにナイフを入れる。
「……はぁ、そうなんですよ。お前は心の障壁が薄いんだって、父親に言われました」
「心の障壁が薄い?」
グレイが首を傾げた。
「考えてることを、押し隠せないってことね」
「考えてることを、押し隠せないってことね」
「その通りよ、ホーリー、モーリー。でもその一方で、他人の考えてることも何故だかよく分かるの。人の心を読めるって言うか……」
突然、グレイと双子がマイミから目をそらした。
「ちょっ、ちょっと待って。本当に読心術が使えるわけじゃないわ。ただ、たまに人と会話していて、相手が話そうとしていることが先読みできてしまうことがある。心がシンクロしてるみたいに」
「共感性予知ってやつね」
ホーリーがつぶやくように言った。
「そもそもヒトの“共感性”というのは、どんな動物にも見られる“情動伝染”から発達した心的機能で、社会集団を安定させることで個体の生存率が高めようとしたもの。その発達の経緯や、神経回路、ニューロン等との関わりは解明されていないけど、存在自体は認知されている。その共感性によって、他の個体の行動・言動を予測すること。それが共感性予知」
マイミは口へ運びかけたフォークを止めて、ホーリーの高説に耳を傾けていた。
グレイは切り分けたタマルを口へ放り込むと、コロナビールでぐいと流し込む。
「たいそうなことを知ってるな、お嬢ちゃん」
その言葉に、ホーリーがはっとなったのが分かった。
少女は誤魔化すように、食べかけていたタコスを慌てて口へと押し込む。
「昔、本で読んだのよ」
少女のその様子を見ながら、マイミは手元のカップに注がれた飲み物をグイと煽った。
「霧崎さん。そんなに飲んで大丈夫か?」
グレイが言った。
「えっ?」
「それはテパチェだぞ」
マイミは手元のカップを見た。それは赤い色をした果汁のように見えた。飲み味は甘酸っぱい果実味ですっきりしている。
「何かマズいんですか?美味しいジュースのように思えますけど……」
「テパチェは酒だ。パイナップルとサトウキビを発酵させて作る」
「えっ……」
マイミは口元を押さえた。
※ ※
フラフラに酔っ払ったマイミは、レストランの表に出てしばらく酔いを覚ましていた。
夜の八時を回っても辺りはあまり暗くならず、夕方と言われも信じるくらいの明るさだった。
マイミはレストランの駐車場をぶらつきながら、先ほどのホーリーの話について考えていた。“共感性”という言葉について、色々と思い当たる節があったからだ。
子供の頃から、相手が考えていることがなぜか予想がついた。
言葉の裏にある相手の本心が透けて見える、というレベルでは無い。どのような文脈で会話を組み立て、話をどこへ誘導しようとしているのか、その筋立ても全て予測できるのだ。
その心を読む能力に加え、生来の頭の回転の速さも手伝って、マイミは議論、口論、口喧嘩で負けたことが無い。
小学四年生の頃はイギリスで暮らしていたが、担任のメリーアン先生を口でズタズタに言い負かしたことがある。
その論争は、“十歳の少年少女が家庭内において果たすべき義務”という授業の際に発生した。
生徒同士が意見を言い合い、それぞれの環境の違いを考慮しながら、子供の果たすべき責任について議論し合うという趣旨の授業だった。
だが、その授業の内容が霧崎マイミの機嫌を著しく損ねた。
当時のマイミは父を三年前に失い、親戚を頼ってイギリスに渡り、孤独な生活を強いられていた時期だったからだ。
家庭とか、子供の責任とかクソくらえというのが本音だった。
苛立ったマイミは議論の矛先を、メンタリング役であるはずのメリーアン先生に突きつけた。
「あなたは我々に議論させる体裁を取り繕いながら、結論を誘導している。しかしあなたが我々に押し付けようとしている“十歳はこうあるべき”という前提は、そもそもあなたが実母から押し付けられたものだ。それが本当に正しいかどうか、あなた自身が考えた形跡がない。思考停止した状態で人生の価値観を生徒に押し付けるのは、教育者として不誠実な態度だ」
メリーアン先生は呆気にとられて取り繕おうとしたが、マイミは舌鋒鋭く言い返した。
そして八歳と三十八歳の舌戦が始まった。
メリーアン先生は、大人の立場から攻撃的なマイミを懐柔し、言いくるめようとした。だがマイミには相手の真意が透けて見えた。
マイミはメリーアン先生の主張の矛盾を突き、論拠を攻撃した。議論を先回りして逃げ場を塞いでは、曖昧な表現を何度も攻撃した。
「それは単なるあなたの感想であり、根拠が無い」
「客観的事実もなく、断定口調で話すのは議論の誘導に他ならない」
「あなたは“みんなが”とか、“誰もが”などと、主語を曖昧にするが、いつ、誰が、どのような立場において発した言葉なのか明らかにして議論を進めてください」
時に個人攻撃を交えて相手の感情を揺さぶり、気力をくじいた。
「あなたが結婚できないのは口が臭いからだ。だがそれは歯磨きとフロスを怠っているからで、自己責任と言えるのではないか」
やがてメリーアン先生は火達磨となり、涙をこぼして髪をかきむしりながら、上品な家庭では決して口にすることが許されない悪態を何度も口の中でつぶやいていた。
やがてマイミは崩壊したメリーアン先生に近づくと、とどめを刺した。
「先生。あたしのことを、この生意気なクソガキめって、そう思ってますよね。でも、あたしは自分がクソ生意気なガキだって自覚がある。けれど先生、あなたは自分が欺瞞に満ちた不誠実な大人だってことに気付いていない。それだけは認めてください。あ、あと先生……」
マイミはメリーアン先生の耳元で囁いた。
「鼻毛が出てますよ。また結婚が遠ざかる」
その言葉を聞いたメリーアン先生は、膝をついて崩れ落ちた。
生徒たちはその光景に怯え、泣き、何人かはお漏らしをした。
その日からマイミのあだ名は“マイミ・ザ・リッパー(切り裂きマイミ)”になった。
以来、友達はひとりも居ない。
明るい夜空に月を見上げていると、そんな時代のことを思い出す。
思えばロンドンの夜もまた、短かった。
そう思って視線を下ろしたマイミは、ハッと目を見張った。
駐車場の奥に、奇態な影が見えたからだ。
つづく




