呪いを帯びた銃弾を探せ! 北米死闘篇(6) ~虚妄性不死症候群~
マイミはぐったりと横たわるグレイに顔を近づけた。その端正な顔は青ざめ、薄っすらと汗をかいている。
クラーレの神経毒は末梢神経の興奮伝達を阻害し、まずは目や耳、続いて四肢、やがて呼吸筋の順に骨格筋を麻痺させる。最終的には呼吸困難が起き、やがて死に至る。
「グ、グレイさん……」
マイミは自分の声が引きつっていることに気が付いていた。
その言葉に反応したのか、グレイが微かに唇を震わせた。
「だ……大丈夫だ」
まるで大丈夫には見えなかった。だがグレイは弱々しく震える手で、枕元に置いた紙を指差した。
「いったい、何だって言うのよ」
マイミは泣きそうになりながら、その紙を手にし、読んだ。その内容を把握し、愕然とした。
※※
一時間ほど経過した。
「虚妄性不死症候群って……いったい何なんですか」
目覚めたグレイが枕元に置いた水を一口飲むのを待って、マイミは尋ねた。
「俺に与えられた病名だ。何の意味も持たないんだがな」
「定期的にクラーレ毒カプセルを服用する治療法だなんて、聞いたこともないわ」
「医者に言わせれば、虚妄性不死症候群の患者は死を恐れないため、危険をうまく回避できないそうだ。それを矯正するため、定期的にクラーレ毒で臨死体験をさせるってわけだ」
「それ、医学的に根拠あるんですか?」
「さあな、医者も半信半疑だろう。そもそも虚妄性不死症候群ってのがまったく新しいタイプの病気だからな」
「グレイさんは前に、自分は死なないと言っていましたね?」
マイミはN村へと向かう途中、土蜘蛛に襲われた時のことを思い出していた。あの時グレイは、自分は死なないと主張していたはずだ。
「そうだな。人に対して直裁にそう言ってしまうのが俺の悪いところだ。そのせいで、こうして病気だと思われてる」
「……病気と、思われてる?」
「俺は本当に不死者なのにな。迷惑なことだ」
「グレイさん、何を言っちゃってるんですか。完全にアブナイ人ですよ」
「好きなように言うがいい。だが、真実なんだ」
上半身を起こしたグレイは、青ざめた顔をマイミに向けた。
「俺がなぜグレイと呼ばれているか、説明したことは無かったな」
「九十年代に活躍した北海道出身のロックバンドを引きずってるんだと思ってましたが」
グレイはかぶりを振った。
「生者と死者の狭間にいるからだ。どちらともつかない存在だから、灰色と呼ばれている」
「ちょっと待ってください。それ、稲川順二的な怖い話に繋がります?だとしたら先にトイレに行っておきたいんですが」
まだ神経毒の作用が残っているのだろう。グレイはこめかみを指で押しながら、息を整えた。
「俺には、2011年より前の記憶が無い」
ゆっくりと息を吐きながら、話を始める。
「記憶の先端にあるのは、土砂の中から掘り起こされる自分の姿だ。救出してくれたのがカンパニーのメンバーであり、それ以来、俺の唯一の家族と言っていい存在だ」
「記憶喪失……ですか」
「確かなことは分かっていない。助け出された俺は、自分の身元が分かるものを一切所持していなかった。ただ俺には頑健な肉体があり、武器に関する知識があった」
マイミは首を傾げる。
「自分に関する記憶はないのに、銃に関する知識は残ってたんですか?」
「部分健忘と言うらしい。精神的なストレスが原因で、解離を起こしていると診断された」
「嫌なこと、辛いことがあって、心がその記憶をブロックしているということですね」
グレイは頷いた。
「だから俺は、無理に記憶を取り戻す必要は無いと思っている。解離障害を起こすほどの心因性ショックがあったのだとしたら、知らない方がいい」
マイミもまた、同意のために頷いた。同時に、グレイの端正な面立ちを眺めながら、この人物が背負った暗い闇について考えていた。
以前から、自分と同じように心が無いと感じていたが、それにはやはり理由があった。
この灰色の男が自分の近くに現れたのにも、何か因果があるのだろうか。
マイミはそんなことを考えていた。
つづく




