王都からの照会
照会は、市場の登録が十軒を超えた頃に届いた。
差出人は、王都公証局の書記官。かつて私の隣の机に座っていた、口数の少ない男だった。文面は事務的だった。
「ヴァルデン公爵領における、公証人セリナ・アーレンの活動について、以下の点を確認されたい。一、市場の営業登録制度の根拠。二、フォーゲル織物店の再登録の経緯。三、領地公証官の権限の範囲。――回答は、記録の写しを添えて、十日以内に」
(来た。やはり、来た)
照会は、責める文面ではなかった。けれど、王都の局が領の制度に目を付けたこと自体が、重かった。誰かが、王都へ報告したのだ。誰かは、分かる。市場の登録に不満を持つ者、あるいは、王都の旧い権限を守りたい者。
私は、すぐに三つの答えを組み立てた。
一つ、根拠は公爵の委任状と、領の慣習。登録は、公爵領の自治の範囲内であり、王都の法に抵触しないこと。
二つ、フォーゲル家の再登録は、原簿の写しと、六十年前の許可証、更新欠落の記録を添えて説明すること。罰ではなく、救済の制度であること。
三つ、権限は公爵の任命書の範囲内であり、王都の公証局の管轄と重ならないこと。
ペーターが、資料の整理を手伝ってくれた。
「先生、王都の局は、こういう照会で何を見ているのですか」
「『領が、王都の目を盗んで何かしていないか』よ。――だからこそ、隠さない。全部、写しを付けて送る。記録は、疑いを晴らすためのもの」
ハンナは、封筒の宛名を何度も確かめた。
「先生、もし王都が『やめろ』と言ってきたら、どうするのですか」
「その時は、公爵と相談する。――でも、王都の局だって、無茶な命令はできない。記録が正しければ、止める理由がないのだから」
回答書は、三日で書き上げた。根拠、経緯、権限。それぞれに、写しを添える。フォーゲル家の登録第一号の写し、市場の登録簿の様式、公爵の委任状の写し。
封をする前に、私は公爵に目を通してもらった。
「いい回答だ。……だが、セリナ、一つだけ、覚えておけ。王都の照会は、今回で終わらない。領が独自の制度を持てば持つほど、王都は目を光らせる。――それでも、やるのか」
「やります。領の人の暮らしが、王都の都合で止まるのは、間違っていますから」
「……よろしい。私が、後ろ盾になる」
回答を送った夜、私はふと、王都での日々を思い出した。局の机、印ケース、カスパルの声。あの頃の私は、記録を「守る」だけの人間だった。今の私は、記録を「作る」人間になっている。
(変わったのは、場所だけではない。私自身だ)
十日後、王都からの返信が届いた。
「照会への回答を確認した。ヴァルデン公爵領の営業登録制度について、現時点では、王都公証局として特段の異議はない。ただし、今後の運用については、定期的な報告を求める」
――異議なし。
ハンナが、声を上げて喜んだ。ペーターも、ほっと息をついた。
「先生、勝ちましたね」
「勝ち、ではないわ。――『見守る』と言われただけ。でも、それで十分。これで、市場の登録は、正式に続けられる」
その日の市場は、いつもより賑やかだった。フォーゲルの店では、息子が戻って、絹の反物を並べている。リーザの店では、綿の新柄が売れている。登録証を掲げた店が、市場のあちこちに増えていた。
(記録は、認められることで、力になる。――王都の「異議なし」は、この領の制度への、最初の承認だった)
夕方、公爵が分室に来て、短く言った。
「次は、祭りだな」
「祭り、ですか」
「ああ。市場の祭りだ。登録が進んだ今、祭りの水車の管理も、お前の仕事になる。――準備は、もう始まっている」
私は、受理簿の次の頁をめくった。祭り、水車、そして、まだ見ぬ次の係争。領の暮らしは、止まらない。
(記録の仕事は、終わらない。――それが、この領での、私の日常になったのだ)




