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婚約破棄されたデバフ令嬢は、無敵の厄災をじわじわ裁く ~一撃の火力はゼロですが、私の状態異常は罪深い方ほどよく効くようです~  作者: ランダムアクセス
第1章 婚約破棄と追放

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第6話 女辺境伯の値踏み

 馬車が軋んだ音を立てて止まった。


 車窓から覗く空は、王都のそれとはまるで違っていた。

 薄紫色の瘴気が重く垂れ込め、吹き抜ける風には鉄と硫黄の匂いが混じっている。

 黒鉄と巨岩を積み上げて築かれた城塞都市グレンヴェルド。行き交う人々は誰もが防毒の布を口元に巻き、腰に刃を佩いた、歴戦の面構えをしていた。


「着いたぜ、お嬢さん。ここが王国の最果て――グレンヴェルド領主城だ」


 御者台から飛び降りたガルドが、粗末な扉を開ける。

 右腕には、私が渡した清潔な麻布がしっかりと巻かれていた。


「ご案内、感謝いたしますわ」


 私はドレスの裾を整え、静かに馬車を降りた。

 足元を踏みしめる黒い土。空気中に漂う微弱な呪詛の気配が、肌を心地よく刺激する。

 王都の温室で息を潜めていた私の魔力が、この過酷な大地に触れて静かに脈打ち始めていた。


 ◇


 城塞の大広間は、飾り気のない質実剛健そのものだった。

 シャンデリアの代わりに焚かれた篝火が、石壁に荒々しい影を落としている。


 壇上の大椅子に腰掛けていたのは、一人の女性だった。


 エレオノーラ・フォン・ヴァルテン辺境伯。

 鍛え抜かれた長身に黒鉄の甲冑を纏い、白銀の混じる黒髪を無造作に束ねた女傑。

 左頬には獣の爪痕が深く刻まれており、篝火に照らされたその双眸は、飢えた鷹のように鋭い。


 広間の両脇には、屈強な辺境兵や老練な魔導士たちが居並び、壇下に進み出た私を品定めするように見下ろしていた。


「……王都の道化王子から、親書が届いていてな」


 ヴァルテン女辺境伯は、肘掛けに頬杖をついたまま、低く響く声で口を開いた。


「『撃破数ゼロの無能をくれてやる。辺境の魔物の餌にでもしろ』と書いてあった。……おいガルド、貴様が護衛役か。右腕の怪我はどうした」


 名指しされたガルドが、一歩前に出て胸に拳を当てた。

 だが、その表情には微かな言い淀みと、自分でも見た光景が信じがたいといった困惑が滲んでいた。


「はっ。……信じられねえ話ですが、街道にて《黒狂狼》二頭と野盗十二の襲撃を受けました。俺がヘマをして腕をやられましたが……このエルセリア嬢が一太刀も交えず、わずか数十秒で敵の全戦力を機能停止に追い込みました」


 ざわ、と広間が揺れた。

 居並ぶ兵たちが顔を見合わせ、信じられないといった目で私を見る。


「黒狂狼を? あの小娘が……?」

「嘘だろ、傷一つ負ってないぞ」


 ヴァルテンは兵たちのざわめきを手で制し、鋭い眼光を私へと突き刺した。

 その瞳の奥には、値踏みとともに、冷たい警戒の色が宿っていた。


「ノクティスの娘。我が領は見ての通り、瘴気と呪獣が日常を喰い荒らす泥沼だ。……以前にも王都から『天才』と持て囃されたエリート魔導士が送り込まれてな。派手な大火力をぶっ放しては敵意を暴走させ、我が精鋭を五十人も無駄死にさせおった」


 ヴァルテンは椅子から身を乗り出し、低く唸るような声で威圧を放つ。


「王都の連中が誇る派手な花火など、ここでは屁の役にも立たん。一発のデカい魔法を放って息切れする奴から順に死んでいく。……我らが必要としているのは、生き延びる技術だ。お前もあの着飾った穀潰しどもと同じなら、生きてこの城から出られると思うな。……お前は何ができる?」


 広間の空気が張り詰め、全員の視線が私へと集中する。


 私は懐中時計をそっと胸元に収め、優雅にドレスの裾をつまんだ。

 王城の夜会で披露したのと寸分違わぬ、完璧なカーテシー。


「派手な爆炎や、視界を焼き尽くす光をお望みなら、私にはお見せできませんわ」


「ほう?」


「ですが――」


 私は顔を上げ、静かに扇を広げた。

 夜色の黒髪の下、静かな紫の瞳で女傑の威圧を真っ向から受け止める。


「私が閣下に捧げられますのは――決して消えない毒と、終わらないワルツを」


「……消えない毒と、終わらないワルツ、だと?」


 ヴァルテンの眉がピクリと跳ねた。

 広間の兵たちが怪訝な顔を見合わせる中、女辺境伯の唇の端が、凶暴な笑みへと歪んでいく。


「面白いことを言う。……だが、口先だけなら道化の王子でも言えるぞ」


 ヴァルテンは立ち上がり、背後の壁に掲げられた巨大な羊皮紙の領内地図を指し示した。

 北の山脈の奥深く――赤黒い塗料で幾重にも警告の印が刻まれた谷。


「北の呪詛谷に巣食う特級変異個体――《呪獣モルゴス》。体長八メートル、黒鉄を凌ぐ呪殻。推定再生力は毎秒二千四百。三度挑んだ我が精鋭討伐隊の損耗率は八割を超え、前線維持時間はわずか三分だった」


 ヴァルテンは地図から私へと向き直った。


「あの化け物を討伐してみせろ。お前の言う『ワルツ』とやらでな。……成し遂げれば、お前を客分魔導士として迎え、この領でお前の好きにできる地位をやろう」


「無茶だ!」「死にに行かせるようなものですぞ、閣下!」


 側近の魔導士たちが慌てて声を上げる。

 討伐隊が三度壊滅しかけた特級の呪獣。生身の令嬢一人に押し付けるには、あまりに過酷な死刑宣告に等しい。


 だが――私の心は、静かに歓喜に震えていた。


 物理無効に近い装甲。

 火力をあざ笑う超再生。

 王都の誰もが「無敵」と恐れ、匙を投げた厄災の雛形。


 ――ええ。

 これ以上ない、最高の舞台ですわ。


「かしこまりました」


 私は扇の陰で、極上の微笑みを深めた。


「謹んでお受けいたしますわ、辺境伯閣下。――どうぞ、特等席でご観覧くださいませ」


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