第49話 世界はまだ、私を必要としている
領主館の執務室の机には、もはや収まりきらないほどの親書と特急便の山が築かれていた。
「おいおい、冗談だろ……? これ全部、国外からの救援要請かい?」
ガルドが呆れたように羊皮紙の山を見下ろす。
ガルシア帝国からの超再生厄災討伐要請だけにとどまらない。
南方の海洋王国からは「暴風雨を纏いあらゆる雷撃を吸収する海魔の調律要請」、西方の砂漠連合からは「物理・魔導攻撃を百パーセント反射する古代兵装獣の解体依頼」、果ては北方の雪原諸国から「永遠に凍りつかせる呪詛嵐の無力化依頼」まで。
大陸全土の列強諸国が、こぞって『エルセリア・ヴァン・ノクティス筆頭公爵』の元へ使者を走らせていたのだ。
王都におけるヴォルグレイド完全攻略の戦報と、王国調律局の設立という大改革の報せは、瞬く間に外交網を駆け巡った。そこへガルシア帝国からの特級救援要請が引き金となり、各国の王侯貴族たちが一斉に色めき立ったのだ。
各国にとって、それは――力任せの「英雄」ではなく、因果を正す「調律者」を求める新時代の到来を意味していた。
「火力一辺倒の英雄や軍団が、世界中で壁にぶち当たっている証拠ですわね」
私は銀のペーパーナイフで親書を一枚ずつ改め、冷ややかに微笑んだ。
派手な爆撃や大出力の光で敵を消し飛ばすことしか学んでこなかった者たち。
そんな火力信仰の極致にあった世界中の国家が、いまや「どれほど火力を注ぎ込んでも傷一つ負わぬ怪異」の前に絶望し、唯一無二の調律者を渇望している。
「世界中が、あんたの秒針を求めて悲鳴を上げてやがるぜ。……どうする、お嬢さん?」
ガルドが大剣の鍔を弾き、不敵な笑みを浮かべた。
私は胸元から銀の懐中時計を取り出し、パチンと蓋を開いた。
チ、チ、チ。
狂いなく刻まれる三拍子の調べ。
「受けるに決まっておりますわ。……どれほど強大な厄災であろうと、因果の歪みと秒間損耗の計算からは逃れられませんもの」
私を「役立たず」と切り捨てた狭い世界は、すでに遥か後方へと過ぎ去った。
いまや私のワルツの舞台は、大陸全土――この世界そのものへと広がっていたのだ。
「へっ、そうこなくっちゃな。俺の大盾も、大陸中の化け物の攻撃を受け止める準備は万全だぜ」
世界への遠征の準備を整え、出立の刻限を決めようとした、その時だった。
トントン。
執務室の扉がノックされ、ヴァルテン女辺境伯自らが、金箔で縁取られた豪奢な招待状を手に歩み入ってきた。
「エルセリア。大陸中から引っ張りだこの公爵様にお届け物だ。……王都から、国王陛下の直筆親書だぞ」
「国王陛下から……?」
受け取った封書を開くと、そこにはアルディア国王の誠実な筆致で、こう記されていた。
『王国復興ならびに新体制樹立を祝う大夜会を催す。……かつてそなたを不当に貶めた、あの王城の大広間にて、国中の貴族と諸外国の使節の前で、真の守護者たるエルセリア公爵を国賓としてお迎えしたい』
「……始まりの場所、ですわね」
手紙の文面を見つめた瞬間、脳裏の片隅に、かつてあの夜会で浴びせられた冷笑と侮蔑の視線が一瞬だけよぎった。
だが、今の私の胸に痛痒は何一つない。足を止める理由も、迷いも、どこにもなかった。
ヴァルテンがニヤリと豪快に笑いかけてくる。
「どうする、エルセリア? 世界へ旅立つ前に、王都の連中に『真の舞踏』を見せつけてやるかい?」
「ふふっ……ええ、喜んで」
私は銀の懐中時計を胸元に収め、優雅に扇を広げた。
チ、チ、チ。
かつて侮辱と追放を受けたあの場所で、すべての始まりと終わりに相応しい、最高のワルツを踊る時が来ていた。
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前世過労死した社畜オタク、TS美少女神絵師になってVTuberの娘に狂わされる〜本業が行方不明ですが、今度こそ幸せに生きてみせます〜
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