第50話 さあ、私とワルツを
王城、大広間。
頭上に輝く無数の魔導シャンデリアが、まばゆい黄金の光を降り注いでいた。
かつて、私がアルヴィス王子から「撃破数ゼロの役立たず」と婚約破棄を突きつけられ、居並ぶ貴族たちから冷笑と侮蔑の視線を浴びせられた――すべての始まりの場所。
だが、今夜この広間に満ちていたのは、冷笑などではなかった。
「――諸外国の使節団、ならびに我が王国の臣民たちよ」
壇上に立ったアルディア国王陛下が、厳かに声を張り上げた。
広間を埋め尽くす国内の全貴族、そしてガルシア帝国をはじめとする大陸列強の特使たちが、息を呑んで玉座の前を見つめている。
「かつて我が国は、目先の派手な火力のみに目を奪われ、影で国家の因果を調律し続けてきた至高の守護者を不当に貶め、追放するという許されざる過ちを犯した。……今ここに、王家の名において過去の不明を公式に訂正し、心よりの謝罪と最大の栄誉を捧げる!」
国王陛下が、壇上から私に向かって深々と頭を下げた。
「王国筆頭公爵、ならびに『王国調律者』――エルセリア・ヴァン・ノクティス閣下に、栄光あれ!」
ワァァァァァッ……!!
広間全体が揺れるほどの、万雷の拍手と割れんばかりの歓声が爆発した。
かつて私を嘲笑った貴族たちも、いまや最大級の羨望と敬意を込めて手を叩き、諸外国の使節たちは争うように頭を垂れて敬意を示している。
壇上の脇には、白銀の法衣を纏った筆頭聖女ミリアが、胸の前で手を組んで誇らしげに微笑んでいた。
「いってらっしゃいませ、エルセリア様。……最高の舞踏を」
列席したヴァルテン女辺境伯も、満面の笑みで金杯を掲げ、豪快に笑ってみせた。
「さあ、行ってこい! 世界に恥じぬワルツを踊ってこい、エルセリア!」
◇
歓声が一段落し、宮廷楽団の指揮者がタクトを振り上げた。
広間に響き渡ったのは――華やかで、どこまでも澄み渡る、優雅な三拍子の調べ。
チ、チ、チ。
胸元の銀の懐中時計が刻むリズムと、宮廷ワルツの旋律が、寸分の狂いもなく完璧に重なり合う。
「……すげえ歓声だな。あの日の夜会で、あんたを笑ってた連中と同じ奴らとは思えねえぜ」
私の隣で、黒い礼装の騎士服に身を包んだガルドが、居心地悪そうに首筋を掻きながら呟いた。
「世の評価など、天秤の針と同じですわ。……どちらに重りが乗るかで、簡単に傾きが変わるもの」
私は黒い扇を胸の前で広げ、悪戯っぽく微笑んだ。
「ですが……私の隣で、どんな時も変わらず盾となってくれたのは、貴方だけでしたわ」
「……お嬢さん」
ガルドが目を丸くし、やがていつもの不敵で頼もしい笑みを浮かべた。
パチン。
私は扇を閉じ、胸元から銀時計を収めた。
そして――黄金の光が降り注ぐ舞踏ホールの中心で、私の専属騎士たるガルドに向かって、優雅に右手を差し伸べた。
「さあ、私とワルツを踊りましょう、ガルド卿。――今度は、本当の舞踏を」
「へっ……喜んで、お嬢さん」
ガルドの無骨で温かい大きな手が、私の手をしっかりと包み込むように取り返した。
頭上のシャンデリアから降り注ぐ光が、漆黒のドレスの裾と銀の刺繍をきらめかせ、二人の影を広間の床に美しく伸ばす。
三拍子の調べに乗せて、私たちは寸分の狂いもなく、息を合わせて最初の一歩を光の中へと踏み出していく。
誰かを呪うためでも、復讐のためでもない。
世界を正しく調律し、未来へと歩み続けるための――至高のワルツを刻みながら。
チ、チ、チ。
銀の秒針は、どこまでも果てしない、二人の新しい旅立ちの時間を刻んでいた。
(完)
『婚約破棄されたデバフ令嬢〜』を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!無事に全50話、完結となります。
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