第47話 専属騎士の誓い
満天の星空が広がる、領主館のバルコニー。
冷たい夜風がそっと私の黒髪を揺らす中、ガルドは背負っていた大剣を静かに外し、石畳の上に置いた。
そして――大柄な体を沈め、私の前に片膝をついた。
「ガルド様……?」
「お嬢さん。……いや、エルセリア公爵閣下」
いつもの粗野な口調を改め、引き締まった声でガルドが顔を上げる。
「礼式の場じゃ『閣下』と呼ばなきゃならねえが……俺の心の中じゃ、あんたはどれだけ遠い場所へ行こうとも、あの馬車で出会った時の『お嬢さん』のままだ」
そう前置きして、ガルドはフッと目元を和らげた。
「思えば、王都から辺境行きの馬車で出会った時は、最悪の左遷だと思ってたぜ。弱体専門の追放令嬢と、厄介払いの脳筋騎士。『今あなたを治すと敵意計算が三秒ズレます』なんて言われた時は、本気で頭がおかしいと思った」
初戦闘の懐かしい思い出に、私は思わず扇の陰でくすりと笑みを零した。
「失礼な方。あの時は、貴方が倒れていてくださったからこそ、完璧な毒の檻が完成いたしましたのに」
「ああ、まったくだ。……だがな、お嬢さん」
ガルドの瞳に、真摯で熱い光が宿る。
「七十二時間の厄災戦も、大聖堂での白い化け物戦も……あんたの背中を見て、あんたの刻む秒針の音を聞いて戦ってきた。あんたの戦いは、誰よりも泥臭くて、誰よりも緻密で、そして誰よりも多くの命を救う『本物の舞踏』だ」
ガルドは右手を胸に当て、深々と頭を垂れた。
「俺は、あんたの踊りを最後まで特等席で見届けるって決めてるんだ。……公爵家の格式なんざ知らねえが、俺を、あんたの正式な専属騎士にしてくれねえか。あんたが秒針を刻むための盾に、一生涯なってやる」
甘い求婚の言葉などではない。
だが、命を預け合い、数万回の秒針を共に数え抜いてきた者同士にしか交わせない、何よりも重く尊い誓い。
胸の奥に、じんわりと温かい熱が広がっていくのを感じていた。
幼い頃から一人孤独に天秤を見つめ、誰にも理解されずに刻み続けてきた私の時間が、いま、確かにこの男の魂と重なり合っている。
私は懐から銀の懐中時計を取り出し、パチンと蓋を開いた。
チ、チ、チ。
静かな夜の帳に響く三拍子は、いつもよりほんの少しだけ、優しく、温かく聞こえた。
「……喜んでお受けいたしますわ、ガルド卿」
私は扇の先を、彼の逞しい肩へと静かに触れさせた。
「貴方以上の盾は、この世界のどこを探しても見つかりませんもの。……これからも、私のワルツに遅れずについてきてくださいませね」
「へっ……任せときな、お嬢さん」
顔を上げたガルドが、いつもの不敵で頼もしい笑みを浮かべた。
恋愛未満、信頼以上の、生涯を共にする相棒の契約が結ばれた瞬間だった。
◇
翌朝、領主館のテラス。
「ふふっ……なんだかお二人、昨夜から雰囲気がとても柔らかくなりましたね?」
朝食のテーブルで、ミリアが紅茶を淹れながら、意味ありげな笑顔で私たちを交互に見つめてきた。
「な、何言ってやがるミリア! 俺はただ、正式に専属騎士の誓いを立てただけだ!」
珍しく顔を赤くして狼狽えるガルドの姿に、私とミリアは同時に吹き出してしまった。
「あら、ガルド様。騎士たるもの、どのような時も動揺して敵意を乱してはなりませんわ」
「お嬢さんまでからかうなよ……!」
和やかな笑い声がテラスに満ちる。
その時だった。
「ミリア・フェン様はいらっしゃいますか!」
領主館の廊下を駆け抜けてきた大聖堂の使者たる神官が、息を切らしながらテラスへと駆け込んできた。
その手には、最高位の金糸で封印された一通の大聖堂公式親書が握られていた。
「大聖堂総司教猊下より、ミリア様への特級親書にございます!」
「えっ……私に……?」
ミリアが驚きながら親書を受け取り、封を解いた。
そこに記されていたのは――神殿の旧体制を一新し、彼女を『筆頭聖女』ならびに大聖堂改革総監へと特進昇格させるという、国家規模の公式辞令だった。
チ、チ、チ。
共に歩んできた仲間に、それぞれの新しい旅立ちの拍が刻まれようとしていた。
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