第40話 罪に相応しい遅さで
パヴァーヌ――それは古き宮廷において、死者を悼み、厳かに歩みを刻む「葬送の舞踏」。
三拍子の軽やかなワルツではない。
二拍子の重々しく、逃れようのない、一歩一歩が死へと沈み込む絶対の歩調。
チ、チ、チ。
銀の懐中時計の秒針が、凍りつくような冷徹さで時を刻む。
「第十六層、重畳――《蝕罪の帳》」
私の扇の先端から放たれる漆黒の術式が、巨獣の白銀装甲を一枚、また一枚と、外科手術のように正確に剥ぎ落としていく。
秒間損耗――毎秒、四百八十。
「ギャァァァァァッ!!」
リーゼロッテの絶叫が夜空を裂いた。
痛みを逃れるため、無数の黒曜石の触手と白骨の刃が暴風のように広場中を薙ぎ払う。
だが――。
「右翼の触手、三連撃! 来やがれぇぇっ!」
ガルドが大盾を振り抜き、触手の軌道を一ミリの狂いもなく受け流す。
かつて無謀に突っ込んで即死していた脳筋騎士の姿はそこにはない。エルの呼吸、怪物の筋肉の予備動作、敵意の重心を完璧に読み切り、最小限の体幹の動きで暴風を完封していた。
「結界マージン維持! 精神浄化の光、行きます!」
ミリアが聖杖を掲げると、降り注ぐ毒気と瘴気が瞬時に霧散し、ガルドと私の足元に澄み渡る聖域が維持される。
かつて弱体魔術を「不吉な呪い」と恐れていた聖女見習いは、いまやエルの術を誰よりも信じ、完璧な後方支援を成立させていた。
三人で刻む、完璧なる調律の調べ。
「ぐ、ああああ……っ! やめて……やめなさいエルセリア! 体が……魂が削れていく……!」
リーゼロッテの悲鳴が、傲慢な怒りから、惨めな命乞いへと変わっていく。
派手な大爆発も、光の閃光もない。
ただ、自らが他人に押し付け、踏みにじってきた悪意の分だけが、寸分の狂いもなく体内から熱と痛みとなって吹き出し、その身を苛んでいるのだ。
「お願い……許して……! 私が悪かったわ……婚約破棄も、試験の改竄も、ぜんぶ認めるから! 殿下だって聖女の座だって全部あんたに譲るから……だから助けて、エルセリアぁぁっ!!」
どこまでも被害者のことなど頭になく、ただ自分が助かりたい一心で取引を持ちかける、醜く浅ましい哀願。
かつて壇上で私を見下し、冷酷に嘲笑った女が、いまや白骨の巨獣の頭部から涙と鼻水を流し、無様に許しを請うている。
だが、私の瞳は微動だにしなかった。
「許しを乞う相手が違いますわ、リーゼロッテ様」
パチン。
扇を閉じる音が、冷ややかに響く。
「貴方が許しを乞うべきは、私ではなく――貴方が踏み躙り、奪い、嘘で塗り潰してきた、名もなき犠牲者たちですわ」
バキィィィィンッ……!!
ついに巨獣の胸郭が中央から両断され、まばゆい白銀の結晶装甲がすべて砕け散った。
露わになったのは――脈動する黒紫の心核。
ヴォルグレイドの残滓たる《厄災の核片》が、剥き出しとなって夜空に晒されたのだ。
「これが……弱体魔術などではない……」
勇者が剣先を震わせ、呆然と呟いた。
「己の力で敵を叩き潰すのではない……相手自身の罪を量り、その因果によって自らを裁かせる……これこそが、ノクティスの『真の裁定』なのか……!」
国王も、騎士たちも、その神聖にして恐るべき理に打たれ、息を呑んでいた。
ミリアは胸元で手を固く組み、かつて敬った偶像の完全な崩壊に祈るように息を呑みながらも、その結末から決して目を逸らさなかった。
ガルドが大剣を握り締め、静かにエルの判断を待つ。
あの心核を、このままもう一押し削り切れば――白い厄災は完全に消滅し、リーゼロッテ・シュタールという存在は、この世から永遠に消え去る。
チ、チ、チ。
秒針は、最後の審判の瞬間を告げようとしていた。
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