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婚約破棄されたデバフ令嬢は、無敵の厄災をじわじわ裁く ~一撃の火力はゼロですが、私の状態異常は罪深い方ほどよく効くようです~  作者: ランダムアクセス
第4章 裁きの終曲

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第36話 宰相の反撃

 王城、貴族院大議場。


 円形に広がる豪奢な議場は、数百人の大貴族たちの怒号とざわめきによって激しく揺れていた。

 演壇に立っていたのは、顔面を紅潮させ、身振り手振りを交えて熱弁を振るう宰相オズワルド・フォン・クラインだった。


「諸君! 目を覚ますのだ!」


 オズワルドの扇動的な声が、議場全体に木霊する。


「国王陛下は、先の厄災討伐の功績に目を奪われ、あろうことかノクティスの小娘を筆頭公爵へと祭り上げられた! だが……あの女が振るう術の正体は何だ!? あらゆる人間の因果と過ちを暴き立て、一方的に命を削り落とす……あれは調律などではない! 王権と貴族制を根底から覆す、忌まわしき『処刑人の凶器』ではないか!」


 オズワルドの叫びに、議場に座る貴族たちがざわめき、互いに顔を見合わせ始めた。


「あの娘が手にした《罪の台帳》なる石板を認めてみろ! 明日は我が身ぞ! 過去の僅かな失政、商取引の不正、政敵との駆け引き……そのすべてが『罪』として断罪され、我ら貴族院の権威は完全に失墜する! 誰がいつ首を刎ねられるか分からぬ恐怖政治の幕開けだ!」


 オズワルドの狙いは、極めて狡猾だった。

 自らの個別の不正を弁明するのではなく、「過去に何かしらの後ろ暗い秘密を持つすべての貴族たちの恐怖」へと論点をすり替えたのだ。


「宰相閣下の仰る通りだ!」


 議場の最前列から立ち上がったのは、王都の商業権益を一手に握る財務貴族の筆頭――クロイツ伯爵だった。


「我が家の過去の帳簿や領地の商取引まで、あの小娘の得体の知れぬ《生命視》とやらで覗き見られては、貴族の沽券に関わる! あんな危険な処刑人の家系に、公爵位や裁定権など断じて認められん!」


「そうだ、クロイツ閣下の申す通りだ!」

「エルセリア公爵の裁定権の即時凍結を!」


 私腹を肥やしてきた財務貴族の叫びを皮切りに、保身に駆られた貴族たちから次々と賛同の声が噴き上がった。

 三日前までエルを「救国の英雄」と讃えていた者たちが、自分たちの特権と懐が脅かされると知るや否や、一転して「危険な魔女」として排除しようと団結し始めたのだ。


 ◇


 議場の最上層、貴賓席。


 手すりに手をかけ、眼下の醜悪な権力闘争を見下ろす私の隣で、ガルドが忌々しそうに舌打ちした。


「胸糞悪い連中だ。命を救ってもらった恩も忘れて、自分の懐が痛むとなったらこれだ。……あいつら、全員まとめて叩き斬ってやりましょうか、お嬢さん」


「手をお出しになっては駄目ですわ、ガルド様」


 私は黒い扇を胸の前で優雅に広げ、冷ややかな微笑みを浮かべた。


「後ろ暗い者ほど、光の正義ではなく、自らの影を量る天秤を恐れるもの。……必死に喚き散らすあの姿こそが、彼らがどれほど多くの罪を積み重ねてきたかの、何よりの証明ですわ」


 チ、チ、チ。

 懐中時計の秒針を耳に傾けながら、私は議場の空気の乱れを冷静に観察していた。


「ですがエルセリア様、このままでは貴族院の決議によって、公爵位の承認が一時凍結されてしまいます……」


 ミリアが不安げに眉を寄せる。


「構いませんわ。……舞台の上で踊り狂う道化には、最後に相応しい退場の曲を用意して差し上げますもの」


 ◇


 その日の深夜。王都の片隅、神殿の隔離牢。


 卒業試験の改竄が暴かれ、聖女の称号を剥奪されたリーゼロッテは、暗い部屋の隅で髪を振り乱し、爪を噛んでいた。


「嘘よ……嘘よ! 私が偽物ですって……!? あの役立たずのエルセリアが公爵で、なぜ私がこんな汚い部屋に閉じ込められなければならないのよぉぉっ!」


 かつての可憐な面影は消え失せ、瞳にはエルセリアへの憎悪と嫉心だけが濁った炎となって渦巻いていた。


 ――カチャリ。


 重い鉄扉が静かに開き、黒い外套を纏った男が滑り込んできた。

 フードを脱いだその顔は――宰相オズワルドだった。


「だ、誰……!? オズワルド閣下……!?」


「静かにしろ、リーゼロッテ」


 オズワルドは懐から、禍々しい紫黒の光を放つ鉱石――《厄災の核片》を取り出し、彼女の目の前へと差し出した。


「お前は、あの小娘にすべてを奪われたままで満足なのか?」


「な……それは……?」


「ヴォルグレイドの心核の残滓だ。……この核片を自らの聖光と同化させれば、貴様は人知を超えた『真の絶対聖光』を手に入れることができる。あの小娘の弱体術など、塵一つ残さず焼き尽くすほどの神の力をな」


「真の……聖光……?」


 甘美な悪魔の囁きに、リーゼロッテの瞳孔がカッと見開かれた。


「そうだ。貴様こそが、この国を統べる真の聖女だ。……あの憎きエルセリアを、その手で消し去りたくはないか?」


「消し去りたい……! あんな女……私の手で、消し炭にしてやりますわ……!」


 震える手で黒い核片を掴み取ったリーゼロッテの顔に、破滅的な狂気の笑みが浮かび上がった。


 チ、チ、チ。

 最悪の不協和音を奏でる拍が、王都の闇の中で静かに刻まれ始めていた。


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