第19話 【王都side】火力の時代の終わり
王城、深紅の玉座の間。
かつて栄華と権勢を誇った謁見の間は、いまや重苦しい沈黙と死の気配に支配されていた。
窓の外からは、いまだ王都の中央街区を呑み込み続ける黒煙と、絶え間ない地鳴りが響いている。
「……街区が、一つ消えた」
玉座に深く沈み込んだアルディア国王――ヘンリック三世は、震える掠れた声で呟いた。
「第一騎士団は全滅、第二騎士団も壊滅。宮廷魔導士団の半分が魔力枯渇で倒れ、王都の三分の一が瘴気で死の街と化した。……この王城へ到達するまで、あと何時間ある?」
居並ぶ貴族や大臣たちは、誰一人として顔を上げることができない。
玉座の脇には、全身に包帯を巻かれ、折れた右腕を吊るしたアルヴィス王子が、青ざめた顔で車椅子に座していた。
自慢の金髪は煤に汚れ、自慢の雷撃をすべて喰われた屈辱と恐怖で、その瞳は光を失っている。
その隣で、泥まみれのドレスのまま震えるリーゼロッテもまた、祈るように聖杖を抱きしめたままガタガタと歯を鳴らしていた。
無残な息子と聖女の姿を見やり、国王は苦渋に満ちた顔で自らの額を押さえた。
「な、何か手はないのか! グレアム卿!」
国王の怒声が、列席していた一人の男へと突き刺さった。
ノクティス伯爵家当主――グレアム・ヴァン・ノクティス。
娘を追放し、火力の時代に媚びて保身を図ってきた男は、国王の剣幕に青ざめて平伏した。
「へ、陛下……! ノクティス家には、あのような超巨大な魔獣を一撃で消し去る大火力などございません! 我が家の術は、時代遅れの陰気な弱体術にすぎず……!」
「黙れ、無能が!」
国王が肘掛けを激しく叩いた。
「余もまた、火力の華々しさに目を奪われ、都合のよい聖女劇に現を抜かしてきた……! だが、大火力などあの化け物の餌にしかならんことは嫌というほど見せつけられた! 火力を誇る者が誰一人傷一つつけられぬのだ! ……火力の時代など、今日この瞬間に終わったのだ! このままでは、アルディア八百年の歴史が余の代で潰えてしまうのだぞ!」
国王の悲痛な絶叫が広間に木霊する。
自らの信じた価値観を全否定された貴族たちが、息を呑んで戦慄した。
その時だった。
バァンッ!と重い扉が開かれ、一人の老人が衛兵たちの制止を力づくで振り払って広間へと歩み入ってきた。
「不忠の咎で首を刎ねられようと構わぬ! 真実を申し上げねば国が滅びますぞ!」
宮廷魔導士団の長老――自宅を取り囲む暗部の監視を破り、命を賭して駆けつけたバルツァーだった。
老眼鏡の奥で、その眼光は凄まじい覚悟の光を宿して国王を射抜いていた。
「バ、バルツァー! 貴様、謹慎中のはずだぞ!」
宰相オズワルドが顔色を変えて叫ぶが、バルツァーは意に介さず、一枚の古文書の写しを掲げて玉座の前へと進み出た。
「陛下。あの怪物の名は《ヴォルグレイド》。八百年前に初代国王陛下が定めた、王国の罪を喰らう器にございます」
ざわっ、と謁見の間が揺れた。
「あれは外からの破壊魔法をすべて吸収し、偽りの聖光を糧にして無限に自己修復を繰り返す厄災の塊。……大戦以降、我が国が誇ってきた瞬間火力など、あやつにとっては極上の馳走にすぎませぬ」
「な……では、どうすればよいのだ!」
国王が身を乗り出す。バルツァーは静かに息を吸い、広間中に響き渡る声で告げた。
「あの厄災を鎮められるのは、ただ一人。……八百年の盟約を受け継ぎ、罪を計り、再生の蛇口を締め、命の天秤を調律できる唯一の血統。――エルセリア・ヴァン・ノクティス嬢のみでございます」
「なっ……!?」
その名を耳にした瞬間、車椅子のアルヴィスと、泥まみれのリーゼロッテの顔から、完全に血の気が引いた。
「ば、馬鹿を言うな!」
アルヴィスが掠れた声で絶叫する。
「あ、あの女は……卒業試験でも撃破数ゼロの無能だぞ!? 余が自ら婚約破棄を言い渡し、辺境へ追放した穀潰しだ! そんな小娘に、あの怪物が倒せるはずがない!」
「そうですわ!」
リーゼロッテも金切り声を上げた。
「私の聖光ですら効かなかったのです! あの陰気な女の地味な呪いなどが通じるわけがありませんわ!」
「黙られよ、愚か者どもが!」
バルツァーの一喝が、二人の喚き声を一瞬でねじ伏せた。
「卒業試験の記録を改竄し、エルセリア嬢の弱体化の功績を掠め取ったことを、儂が知らぬとでも思うたか! 貴様らが『無能』と嘲笑い、泥を塗って追い出したあの令嬢こそが――この国で唯一、あの厄災の心臓を止める術を持つ【王国の裁定者】なのじゃ!」
「……っ!!」
アルヴィスとリーゼロッテが息を呑み、言葉を失って震え上がった。
そして平伏していた父グレアムもまた、血の気の引いた顔で自らの両手を見つめ、ガタガタと膝を震わせていた。
(ま、まさか……エルが……? 儂は……儂は何という娘を切り捨ててしまったのじゃ……!?)
自らが保身のために切り捨てた娘の、真の正体。取り返しのつかない罪の重さに、グレアムは息を詰まらせた。
「オズワルド!」
国王が鬼気迫る形相で宰相を睨みつけた。
「今すぐ辺境へ早馬を飛ばせ! グレンヴェルド領主ヴァルテン辺境伯へ、国家最高位の救援要請を発令する! ……エルセリア嬢を、至急王都へお連れせよ!」
「は、ははっ……!」
オズワルドが震えながら平伏した。
◇
二日後――東部辺境、グレンヴェルド領主城。
届いた血塗れの国王親書を指先で弾きながら、ヴァルテン女辺境伯は獰猛な笑みを浮かべていた。
「……見たか、エルセリア。『国家の危機につき、至急エルセリア嬢を王都へ派遣されたし』と書いてあるぞ」
「まあ。随分と都合のよろしいことですわね」
私は優雅に扇を広げ、紅茶の湯気越しに微笑んだ。
「虫が良すぎる。あれだけお前をコケにして追放しておいて、困った時だけ頭を下げて助けを求めるとはな」
ヴァルテンは親書を机に放り投げ、鋭い双眸で私を見つめた。
「どうする、調律者よ。……ただ助けに行ってやる義理など、お前には毛頭あるまい」
「ええ、もちろんですわ」
私は銀の懐中時計を取り出し、パチンと蓋を開いた。
秒針が、冷徹に三拍子を刻み始める。
「助けを求めるのは王都の自由。ですが――その代価を決めるのは、こちらですもの」
扇の陰で、私の唇が極上の弧を描いた。
「王都が払うべき利子は、高くつきますわよ」
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