第20話 頭を下げるのはそちらです
グレンヴェルド領主城、白樺の謁見の間。
王都から派遣されてきた特使――宰相の腹心である内務卿バルトロメウスは、豪奢な絹の礼服に身を包み、傲慢な態度で書類を机に叩きつけた。
汗の浮いた額をハンカチで拭いながら、私を見下ろして尊大に言い放つ。
「エルセリア嬢。朗報ですぞ。……国王陛下と宰相閣下の格別のご温情により、貴女のノクティス家除籍を取り消し、王都への復帰を認める勅命が下りました」
「まあ。ご温情、ですか」
私は優雅にソファに腰掛け、冷めかけた紅茶に口をつけた。
背後には、腕を組んで殺気立った笑みを浮かべるヴァルテン辺境伯と、大剣の柄に手を置いたガルドが控えている。
「有難く拝受するがよい」
バルトロメウスは胸を張り、恩着せがましく顎をしゃくった。
「即刻、私とともに王都へ参内し、あの地下の魔獣を鎮めるのです。無事に討伐を果たせば、過去の撃破数ゼロの無能ぶりも不問とし、王家への復帰と相応の地位の再付与をお約束して差し上げてもよいと、殿下もお寛大なお言葉を――」
「バルトロメウス卿」
私は静かにティーカップをソーサーに戻した。
カチャリ、と小さな陶器の音が響いた瞬間、部屋の空気が張り詰めた。
「何か勘違いをなさっておいでではありませんか?」
「……は?」
「助けを乞うておられるのは、王都の方ですわ。……なぜ、追い出された私が施しを受けるような口利かれをせねばなりませんの?」
私は扇を胸の前でパチンと鳴らし、冷徹な紫の瞳で特使を射抜いた。
「頭を下げるのは、そちらですわよ」
「な……っ!? 無礼な! 貴様、王家の使者たる私に向かって何を――」
「黙れ、豚が」
低く唸るような声とともに、ヴァルテンが煙管の煙を特使の顔面へ吹きかけた。
女辺境伯の凄まじい威圧感に、バルトロメウスは悲鳴を上げて一歩後退した。
「東部辺境を預かるヴァルテン伯爵家の領内で、私の客人に対して口の利き方がなっておらんな。……首を刎ねて王都へ送り返してやってもよいのだぞ?」
「ひ、ヒィッ……! ば、辺境伯閣下……! 王都は一刻の猶予もないのですぞ! すでに街区の半分が呑まれ、今日にも王城へ瘴気が達するのです!」
「ならば、こちらの条件をお聞き入れになるしかありませんわね」
私は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、机の上に滑らせた。
そこには、万年筆の整った筆跡で三つの条項が記されていた。
「じ、条件だと……?」
バルトロメウスがおそるおそる紙を覗き込み、その目を剥いた。
「第一条。ノクティス伯爵家の現当主グレアムを強制隠居処分とし、全領地・全資産・家督の継承権を、次期当主として私エルセリアに完全譲渡すること」
「な……実の父親を追放し、家督を奪うというのか!?」
「奪うのではありませんわ。本来の『裁定者』としての役目を果たせぬ無能から、正当な後継者が取り戻すだけですの。……続いて第二条。今回のヴォルグレイド討伐における、王都全軍・近衛騎士団・宮廷魔導士団の『全指揮権』を私に委任すること」
「ば、馬鹿な! 小娘一人の下に近衛も魔導士団も置けるはずが――」
「そして第三条。……討伐作戦の開始より完了までの間、王都にいるすべての魔導士・騎士・聖職者に対し、『一切の火力魔法および聖光の使用』を厳禁といたします」
「な、何だと……!?」
バルトロメウスの顔が蒼白を通り越して土気色になった。
「火力を禁じ、聖光を禁じて、一体どうやって戦うというのだ! そのような条件、王家が受け入れられるはずが――」
「へっ……大火力は奴の極上の馳走になり、聖光は肉の再生の糧になるんだろ?」
背後で腕を組んでいたガルドが、鼻を鳴らして特使を見下ろした。
「そんなもん撃ち続けたところで、死ぬまで敵を巨大化させるだけだ。禁じるのは戦術として当然だろうが」
「大聖堂の過ちを繰り返さないためにも、不可欠な措置です」
ミリアもまた、凛とした声音で頷いた。
もはや王都の常識など、この部屋の誰一人として相手にしていない。
「受け入れられないのでしたら、どうぞお引き取りくださいませ」
私は銀の懐中時計を取り出し、パチンと蓋を開けた。
チ、チ、チ。
規則正しい秒針の音が、静寂の部屋に響き渡る。
「ヴォルグレイドの侵食速度は、毎時およそ百二十メートル。……あと二十六時間で王城の外郭が崩壊し、三十四時間後には玉座の間が瘴気の底に沈みますわ。どうぞ、王都の皆様ご自慢の『極大火力』と『偽りの聖光』で、仲良く灰燼に帰されるとよろしいですわ」
「ぐ……っ、あ……!」
バルトロメウスの額から、滝のような脂汗が噴き出した。
選択肢など、最初から存在しないのだ。
拒否すれば王都が滅び、自らも死ぬ。
「……しょ、署名すれば……本当に、あの怪物を倒せるのだな?」
「ええ。ノクティスの名にかけて」
私は冷徹に微笑んだ。
「ただし――少し時間はかかりますけれど」
震える指先でペンを握り、バルトロメウスは泣き出しそうな顔で誓約書に署名と公印を押した。
◇
一刻後――グレンヴェルド城、中央広場。
青空の下、ヴァルテン直属の精鋭重装騎兵二百騎と、防毒装備を整えた選抜部隊が整列していた。
大盾を背負ったガルドが、愛馬の手綱を握りながら私を振り返る。
「準備完了だぜ、お嬢さん。……いよいよ王都へ乗り込むんだな」
「ええ。お待たせいたしましたわ」
隣では、聖杖を握りしめたミリアが、決意を秘めた瞳で頷いた。
「エルセリア様。私も参ります。……大聖堂が犯してきた過ちから目を背けず、苦しむ民をこの光で守り抜くために!」
「頼もしいことですわ、ミリア様」
私は漆黒の外套を羽織り、馬車のステップへ足をかけた。
東部辺境から王都イグニスタへ。
勝者としての華やかな凱旋などではない。かつて「撃破数ゼロの無能」と嘲笑われ、国を追われた者が――滅びゆく国家中枢の全権を掌握し、因果を清算するために乗り込む、冷徹なる帰還。
パチン、と懐中時計の蓋を閉じる。
「参りましょう。――狂った拍子を、正しに」
蹄の音が大地を揺らし、調律者の一行は王都へと進軍を開始した。
読んでくださりありがとうございます!
少しでも「面白かった」「続きが気になる!」と思っていただけたら、
ページ下部の
・【★★★★★】での評価
・ブックマーク登録
で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
次回更新も楽しみにお待ちいただけると嬉しいです。




