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65話 花弁を降らせる魔法


夕暮れ前、課題解決における約束の時間が訪れた一同は魔道馬車を路肩に停めて、研究結果の発表会を始めた。尚、馬車を降りた時点でボロボロのオルコスが地面にへたり込んでいた為、哀れに思った葵は洗濯乾燥機魔法を掛けてその見た目だけでも整えてやる。


「る、ルコちゃんはどんな感じで…っうお、」


流石に色々と心配になった葵が近付けば、しっかりと無詠唱で中級の風魔法が飛んできた。殺気がなかったせいで突然過ぎた出来事に少し驚きながらも、結界を張ってしっかり塞げば拳を力強く握ったオルコスが睨みつけてくる。


「もぉ…!アオイちゃんのお陰でわたくしボロボロです!チトさんは笑って見てるばかりで頼りにならないし、何よりあの人形…!物凄く強かったんですよ!」

「えぇ…ウチの10分の1の力もないんやけど、」

「うぅーーーっ!!」


思わず、と言った調子で反射的に事実を述べた葵の言葉に腹が立ったのだろう。半泣きで頬を膨らませたオルコスは、器用に複数個の無詠唱魔法を同時に葵に向けて打ち込んだ。明らかに表情豊かになった様子に素直に瞳を瞬く葵はその全てを、相変わらず当然のように無詠唱の結界魔法で防いでしまう。人間、矢張り窮地に陥ると変わるものなのか…?そんな素朴な疑問が葵の脳裏を埋め尽くした。


「…っつー訳でまぁ、オルコスは無事課題達成だな。…おっと」


慰めるようにオルコスの肩に手をのせたチトだったが、当たりどころが悪ければ即死性すらある雷属性の魔法を無詠唱で打ち込まれて目を丸くした。当然結界によって防がれたが、これは暫くご機嫌取りが必要な案件かもしれない。顔を見合わせたチトと葵は、小さく頷き合って笑った。



「はいはーい、次はウチの番!大まかな解析は完了したから、資料に纏めてみたで?チト君、また時間の有る時に読んでくれん?」

「お、おう。…とは言え、俺もこの魔法陣の解析解読は諦めた身だ。本当に時間が掛かるだろうから気長に待っててくれ」

「うん、勿論!」


オルコスの見事な成果発表を少し離れた安全地帯からドン引きしつつ見学していたヴィルとルシエは、あっさり終わった葵の課題提出に小さく顔を見合わせる。これ以上会話を掘り下げたくないのだろう、そんなあっさりとしたやり取りの意図を察した一同は、一先ずその意向に従い深く追及する事はしなかった。


最後に発表する事になったヴィルとルシエは、何処か緊張した面持ちで少し開けた場所に移動する。唯一その課題となった魔法陣の詳細を知らないオルコスだけが興味深そうに二人の動作を視線で追っている。三人と向き合うように立った二人は、小さく息を吐いてから顔を上げた。


「少し詩人染みた言い回しにはなってしまうが…我々は今回チトから提示された課題となる魔法陣の内容を、花…いや、花弁を上昇、降下させる魔法と判断した」

「最初に整地、花畑の作成。風域の発動により上昇気流を起こし、必然的に花弁は気流に乗って舞い上がる。短いけど、停滞の文言も見つけたから…上空に花弁を一時的にとどめて、全て同時に降らせる魔法陣だと考え…ました?」


完全に行き詰っていた二人だったが、葵の助言を元にどうにか無事彼らなりの答えに辿り着いたようだ。どこか不安気ながらも、達成感を隠し切れない表情で自分たちが解析した魔法陣の詳細を説明した。その視線の先に居たチトは、軽く周囲を見回してから小さく笑う。


「ほーん?…よし、じゃあ答え合わせがてらここで一回発動させてみろ。危険があれば俺が止める」

「…了解した。ルシエ、発動は任せた」

「ん。じゃあ、魔力を流す」


少しだけ他の三人から距離を話したルシエは、魔法陣が描かれた用紙を地面に置いてゆっくりと魔力を流し込んだ。チトが助けると宣言したにもかかわらず杖を構えてルシエの傍を離れないヴィルは相変わらずである。


けれども、魔力が魔法陣全体にいきわたった途端に周囲一帯を心地よい風が吹き抜け、木々がまるで自らの意思を持ったかのように円形状にその場から離れていく。生まれた広々とした空間でちいさく芽を出し、草が伸び、蕾が膨らみ、開いたのは七色の満開の花だった。


「あれ、この魔法って花は一色じゃ…」

「ふふーん、ウチがこっそり改造しちゃいましたー!驚いた?」

「おう。…でも、これはこれで悪くない」


発動途中の魔法に驚いた声を上げたチトを揶揄う様に笑ったのは葵だった。実は、ヴィルとルシエが魔法の解析に頭を抱えて助言を求めてきていた際に、こっそり葵はその内容の一部だけを書き換えていたのだ。一色に指定されていた花の色を、七色に。その色の指定に特に意味があった訳ではないが、今こうして驚いた様子のチトを見られただけでも十分な成果となったと思う。


「すごい、です…!」


目を見開いて花畑に近づいたのはオルコスだった。言葉を失う程綺麗な七色の花畑、全てに気を取られたように踏み込み、座り込んだのである。ルシエやヴィルも、予想していた以上の完成度を誇る広範囲の魔法に目を奪われている。


不意に、花畑の中心につむじ風が生まれた。下から上に向かって風が吹き上り、無数の花弁が応えるように舞い上がった。


「わぁ…!!」


チトを置いて花畑へ駆けだした葵、座り込んだ状態で見上げるオルコス、杖をしまうのも忘れて呆然と見上げるヴィル、素直に瞳を輝かせるルシエ。そんな四人を包むように、花弁がゆっくりと舞う空間で無意識に浮かんだのは笑顔だった。無邪気で、純粋で、柔らかくて、穏やかな笑顔が並ぶ。


暫くして、舞い上がっていた花弁が降り注いできた。


「あははっ、すごいすごーい!」

「これは、見事だ…」

「ん、すっごく綺麗」

「わぁ…ふふ、美しいですね……わ、アオイちゃん!?」


見惚れていたオルコスの手を引いて立ち上がらせた葵は、くるくると回りながら降り注ぐ花弁の雨の中を駆けまわる。無邪気なその笑みに釣られて、驚いていたオルコスの顔にもゆるやかな笑顔が浮かび上がる。



「……い、ぶき?…っ違う、アイツはアオイだろ」



まるで幻影を見るような、どこまでも眩しいものを見るような視線で四人が花弁の元で遊ぶ様子を眺めていたチトは、不意に零れた自らの一言に顔色を変える。花弁を髪に付けて無邪気に笑う葵の姿は、確かにいつかの記憶に残る少女の姿と酷似していたのだ。



「アオイ…そう、あれはアオイだ。そうに決まってる…そう、分かっていた筈、だよな…?」



答えのない自問自答を繰り返す。不意に視線が絡んだ葵が、ふわりと緩やかに笑うその表情を懐かしいと感じてしまった事実に、チトの思考回路は混乱を極めつつあった。


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