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64話 決別


「完全に…行き詰った…んぅ…」

「少し古い魔法陣だ、なんて言い方をチトはしていたがこれは違うだろう…。現代の型から大きく外れた、アオイ系の創作魔法陣だ」

「恐らく何かしらの順序を辿って発動する段階魔法陣。一つの区間に関する内容を辛うじて判断できても、順番や接続が分からない」


ヴィルとルシエの二人は、チトから提示された課題としてとある魔法陣の解析を行っていた。課題と向き合い始めて早半日、大まかな文言の意図は汲み取れても最終的な接続やその意図を使う理由が分からず、絶賛行き詰まり中の彼らの周囲には試し書きと破棄が繰り返された結果の無残な用紙の山が出来上がっている。たった今書きかけていた容姿を丸めて放り捨てたヴィルは、姿勢を崩しながら隣で魔法陣を睨みつけているルシエの頭をなでながら深いため息を零した。


「ちょっと?なんかウチの悪口みたいなの聞こえたんやけどー!」

「ん…見て、アオイが作る魔法陣と似てる、詰め込み過ぎ技法」

「そりゃ製作者が…いや、まぁいっか。どれどれー?」


少し離れたところで一人、自ら持ち出した魔法陣の解析を進めていた葵は、自分の名前が出されたことに気付いて顔を上げた。長時間同じ姿勢を取り続けたからか痛む肩を摩りながら、資料として並べていた用紙や本を空間魔法に片付けて二人に近づく。万策尽きた、と言いたげに脱力するヴィルと全く解析の糸口が見つからない事実に悔しいのか不満気なルシエから差し出された魔法陣を一目見たアオイは、少しの沈黙を経て小さく成程、と呟いた。その様子から葵の客観的に魔法陣の内容を判断する解析どころか、魔法陣の詳細全てを把握する解読自体がこの一瞬で終わってしまった事実に気付いた二人は、顔を見合わせてため息を吐き出すしかない。


「ルシエ、どう思う?アオイは一目見ただけで解析どころか解読完了らしいぞ」

「……知ってた。アオイ、何か助言はない?」

「えー、そう言うのってアリなんかなぁ」

「ダメとは言われてない。多分、大丈夫…じゃなきゃ、無理」

「簡易的な、入口で構わない。恐らくチトも最初からそのつもりだったと俺も考えているしな」


書きかけだった用紙をくしゃくしゃに丸めたルシエは、八つ当たりの様にヴィルに向かってそれを投げつける。咄嗟に反応する事が出来ず直撃を受けたヴィルが宥める様に苦笑を零すが、その間もルシエの視線の先は葵だけに向けられている。どうやら、余程自分が手も足も出ない魔法陣に苦戦する現状が腹立たしいようだ。止めるどころか課題の穴をついて抜け道を求めてルシエを擁護したヴィルに呆れた表情を浮かべながらも、葵は再び魔法陣に視線を落として何か解析のきっかけになりそうな言葉を探した。


「今はどこまで分かっとるの?」

「そうだな…移動、木、豊穣、花、あとは予想の域になるが上昇、だな。何かしら花を咲かせてどうにかする所までは見えてきたが、そもそも読めない単語もある。古代文字なのか、他国の言語なのか…最悪そのどちらもなのか、って所で詰まっているな」

「ふーん?…じゃあ、何か一文だけ、二人がどうしても読めないって文言の意味を教えてあげるのはどう?」

「それが無難だな。ルシエ、何処が良いと思う?」

「んぅ…上昇が正しいかどうか確認するか、もしくは他の接続語らしき文言の答えを聞くか…」


二人は葵の言葉を聞いて、仲良く頭を突き合わせて一つの魔法陣が描かれた用紙を覗き込んでいる。そんな様子をぼんやりと眺めていた葵は、僅かに瞼を細めながらも決して目を逸らす事はなかった。


当然のように互いの持ちうる知識を総動員し、提示された知識と結論を疑わない。例えそれが間違っていたとしても、一報を攻める事無く間違えた理由を探す。その間にあるのは絶対的な信頼関係だ。立場や血縁などは一切関係ない、何処までも深い繋がり。まさしく、家族。葵が最も求めた形。


「…いいな、」

「うん?何か言ったか?」

「いーや、なんも!そろそろ二人とも決まった?」


葵の呟きを拾ってしまったらしいヴィルを誤魔化して、同じように魔法陣を覗き込んだ葵は拒まれなかった。それだけの事実が、二人の世界に僅かでも踏み込むことを許されたような気分になって少しだけ口角が緩む。一方で顔を見合わせたヴィルとルシエは小さく頷き合い、一つの文言を指さした。


「んぅ…これにする。上昇の解釈は正しいと仮定して、前後にある良く分からない文言。これ、きっと上昇も含めた一文として成立してる、よね?」


指さされた文言を覗き込んだ葵は、無言で杖を呼び出した。不思議そうに首を傾げながらも一切の景気を見せない二人に苦笑を浮かべながら作り出したのは、入学試験の際の実技で使用されていた外部への魔法干渉を一切防ぐ特殊な結界魔法だ。少しでも自分の気分を良くしてくれたのだから、特別に本来与える予定だった助言を倍にしてあげよう。自然と、そんなことを葵は考えていた。


「上昇って考え方がそもそもちょーっと違うんよなー。正解は、風域。風が下から上に吹き上がるって意味!」


何もない空間を包むだけだった結界の内部に小さな魔法陣が浮かび上がり、上昇気流が生み出された。確かにヴィルとルシエが目を付けていた文言と全く同じ元が魔法陣に組み込まれており、目を瞬いた二人は自分たちの考察の前提条件に大きな間違いがあった事に気付かされる。


「これ、全て単語の組み合わせだと思っていたが…まさか、全部加算方式で一文で一単語、なのか?」

「…じゃあ、豊穣と花も、組合せ?花…豊……花畑、とか?」

「ふっふっふー、後は自力で頑張るのだよ、二人とも!」


先程までの疲労交じりだった二人の瞳は、いつの間にかキラキラと輝く希望に満ち溢れたものに変わっていた。勢いよく用紙とペンを取り出し解析を始めた二人には、もう葵の声は届いていないようだ。絶妙な助言を与えられたらしいと満足気に頷いた葵は、折角だからオルコスの様子も見に行こうかと、魔道馬車の屋根上でチトに特訓させられている少女の姿を思い浮かべながら天井へ視線を向けた。



―――


「オルコスってさ、回復魔法は元から無詠唱で行使できるんだろ?なんで同じ感覚で攻撃魔法が使えないんだ?」

「うぅ…もう半日も経過したというのに、全く進展が見られないなんて…!いえ、通常の攻撃魔法の威力は確かに上昇を感じているのですが。このままでは、課題達成が夢のまた夢です」


重力操作魔法を使って屋根に上がれば、当然のように結界で空気抵抗を制御したチトと、杖を握りしめて半泣きで座り込むオルコスが居た。中々の光景を前に見なかった事にしようかと身体の向きを変えようとした葵は、オルコスと視線が合ってしまい逃げられなくなった事実にため息を零した。


「進捗は…見ての通り、やね?」

「おう、全くのゼロだ。正直なところ、魔法を詠唱付きで使った事が殆どない俺じゃ説明が難しい。理論や理屈を聞かれても答えようがねーって感じだな」

「あーそう言えばチト君って、ウチに詠唱の存在すら教えてくれんかったもんね。入学試験を受ける日まで、そんなん存在すらしてないんかなーって思っとったし」

「そう言えば…そうだったかもな。つまり、八方塞がりってヤツ?」

「どうすればいいのですかこの天才子弟め…!!」


折角現れたのだから、と葵に助けを求めようとしたチトだったが、これまでの葵の立ち居振る舞いから自分とそう変わらない現状である事実に気付いて肩を落とす。オルコスは普段決して吐かない様な毒と共に軽く屋根を叩き付ける事しか出来なかった。前提から間違っているのだ。そもそも無詠唱が当たり前である人間に、詠唱有でもまともに攻撃魔法が使えるかどうか怪しい人間がその極意を問おうとしたところで互いに理解が通る筈もなかった。それに気付いた時には既に半日が経過しており、引くに引けなくなったのである。


どうしたものか、と若干引きながら思考を回した葵は、不意に思いついた最低最悪の解決方法を一先ず提案してみることにした。


「なーなールコちゃん、ウチさっき新しい魔法陣を作ったんよ。ちょっと、実験台になってみる気になったりせーへん?」

「……はぃ?」

「藪から棒にどうしたんだ?」

「まぁそう言わんと見とってや。もしかしたらチト君は、多少心当たりがあるかもしれんね」


不思議そうに首を傾げるオルコスとチトの前で、杖を取り出した葵は一つの魔法陣を発動させる。勿論そこに詠唱がない事実に僅かにオルコスの口角がヒクついていたが、それはご愛敬と言う事にしておこう。


「これ。ウチの…なんちゃって人形って感じなんやけど…まぁ、凄く弱いウチに似た魔法が使える人形を作れる魔法やね。とは言え会話機能も感情機能も存在しない、ウチが組み込んだ記録から自動的に魔法を選択して発動させる程度しか出来ない玩具みたいなもんかな。…で、ルコちゃん今からこれと遊ばない?口塞いで、喋れん状態で」

「…色々聞きたいことはあるが、取りあえずお前…中々最低な解決手段を導き出したな。確かに実践的な効果は高そうだけど…」

「え…えっと、つ、つまり?」


チトの反応から嫌な予感を察知し杖を握りしめて逃げるように後ずさったオルコス。けれども、屋根を降りようとしたオルコスを阻んだのは、移動する馬車の上で空気抵抗をなくすためにチトが事前に張っていた結界魔法だった。最早普段の無表情とも、聖女面とも違う本心のドン引き顔に顔を青くするオルコスに告げられたのは実質的な死刑宣告に等しい言葉である。


「ほんまに当たったらヤバそうな攻撃はチト君が守ってくれるとして、これ倒すまで追われない無限修行編、無詠唱を添えて~!!」

「んんんーーーーーーっ!!!」


早速杖一振りで強制的に口を閉ざされてしまったオルコスの、悲痛な呻き声が空高くに響き渡る。余談だが、様子を見ていたチトは腹を抱えて大爆笑しており最初の方はオルコスの様子をまともに確認していなかった為いくら己が聖女であっても生死を掛けた戦いを強いられていたオルコスの恨みは計り知れなかったりする。



―――


馬車に戻ってきた葵は内部に事前に張られていた防音の結界の効力に僅かに感心しながらも、改めて解析を進めている魔法陣を浮かび上がらせた。ヴィルとルシエは相変わらず嬉々として先程までの詰まり具合はどこへやら解析を継続しているようだ。屋根上に行けば非常に愉快な光景を見ることが出来るのだが、間違いなく集中力が切れてしまうので伝えることはしなかった。


じっと見つめたのは恐らく書き込まれた文言の最後尾に入れ込まれた暗号化されている部分だ。他にも到底数カ月では読み解けない様な大量の情報量と、何よりも過剰すぎる防御用の文言がこれでもかと埋め込まれている。圧倒的な情報量を前に殆どの人間は諦めてしまうのかもしれないが、時間を掛ければ一応解析そのものは可能だと葵は判断している。ただ唯一の問題となるのが、最後を締める文言が完全に暗号化されており、言語が読める読めないに関わらず絶対に暗号解読を行う必要があると判断出来た点だ。


その部分を指先でそっと撫でた葵は、その手を握り自分の胸の前に引き寄せた。


「確信はないけど…この暗号の解き方を、きっとウチは知っている」


肝心の解読方法は既に脳裏に確立されている。けれども、本当に解読してしまって良いのだろうか。この世界に置いて恐らく自分以外の誰も解読できないだろう文言を、果たして他の誰でもない自分が解読して何か意味があるのだろうか。そんな疑問が浮かんだ葵は、首を振ってその考えを押しやった。


「最後に気取られて、既に関係ないとこ一個解読できちゃっとるのがホンマに嫌や」


目の前の魔法陣を忌々し気に睨みつけた葵は、湧いた感情全てを吐き出す様に深いため息をつく。


「…かえりたくない、ね。恐らく魔法陣発動の経路には一切干渉していない部分に、巧妙に埋め込まれた誰にも読ませるつもりがなかった製作者の本音。王様の耳はロバの耳って?こんな所に隠して、見つけた側の気持ちになってみろよ…」


この一文を見付ける直前までは、葵は本気で目の前の魔法陣の全てを解析、あわよくば解読しようと考えていた、複製体の完全消失はソフィが望んだ事であり、もしかするとチト自身も…何かしら思う所があったのかもしれない。少なくとも、この存在の有無によって何かしらの変化は見られる筈だ。ほんの少しくらいは…自分の事を視界に入れてくれるかもしれない。そんな淡い期待を込めて挑んだ魔法陣解析に置いて、自らの精神を抉りかねない文言を見付けてしまえば当然憂鬱な気分にさせられるものだ。


チトと、イブキ。二つの関係性を象徴する何かがこの世界に存在している事はずっと分かっていた。それが、この魔法陣に込められているとするならば。


「さーて、イブキは何者なんやろうな~…なんて、もう薄々勘付いてきとるんやけどね」


ワザとらしく深いため息を吐き捨てた葵は、魔法陣から視線を逸らし窓の外を眺めることに決めた。


☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。

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