とある記憶 31
何がともあれ、XXXが完成させた魔法陣を用いて複製体は封印が完了した。完全復活する前状態だったおかげで意思回路の構築が行われておらず、ただの魔力体状態だった為か思いの他罪悪感は薄かった。封印の大部分となる結晶の中でゆっくりと再生を終えた複製体は、そのまま動くことなく眠りにつく。暫く観察を続け完全に行動を起こす気配や魔力を動かす流れが見られなかったことで、ようやく封印の魔法陣発動成功が確認された。と同時に、XXXの魔法陣は颯爽と封印されて二度と発動させられない物になってしまった。
「…取りあえず、これで一件落着か」
「いい子で眠っててね…!」
「いや、完全封印されてるし、そもそも複製体なんだからいい子も悪い子もないでしょ」
封印が完了し眠る様に活動停止した複製体の正面に立った三人は、迷宮との固定化や今後半永久的に発動を継続するだろう魔法陣が細部までしっかり機能している事を確認してから、大穴の先に続く道に視線を動かす。事前にチトがある程度開拓した通路であり、先導するように先を歩き出しソフィが続いたが、不意にXXXがその場から移動していない事に気付いて振り返った。ソフィも観察するような目でXXXを眺めている。
「おい、何してんの?もうすぐやっと最深部じゃん。早く先に進むぞ?」
「うん…うん、そうだね」
自身のローブの裾を掴んで立ち尽くすXXXは俯いており、その表情が伺えない。不審に思ったチトがその顔を覗き込もうと近付いたが、数歩後ずさってしまい距離は縮まらなかった。どうしたものかと肩を竦めてソフィに助けを求めるも、観察者の姿勢を崩さない様子にため息をつく。
「XXX?おーい、大丈夫かー?」
「大丈夫、ごめんね!なんかもうすぐ迷宮攻略も終わっちゃうんだって思ったら…ちょっとだけ、寂しくなっちゃって」
ぽつり、普段見せる底抜けの明るさをどこかに置き忘れてしまった、幼い子供の様な声音でXXXが呟く。どことなく寂し気で、苦しそうに吐き出された言葉を聞いたチトは目を丸くした。そんな様子に苦笑を零したXXXはへらりと気の抜けた笑みを浮かべて口を開く。
「あのね、この迷宮攻略が終われば私は国に帰る事になる。それは自分で決めた事だし、今も変えるつもりはない。でも、国へ帰ればチト君やソフィ君と会えなくなっちゃうし、私は一人ぼっちになる。そういう事考えちゃって、なんか…少しだけ、嫌だなぁって。早く帰らなきやいけないのに、帰りたくないの。こんなの…可笑しいよね」
くしゃりと表情を歪めたXXXは、どこか泣きそうな様子でそれでも笑顔であろうとしている。普段何事にも器用に適用していくXXXらしからぬ不器用な振る舞いを前にして、顔を見合わせてたチトとソフィは困惑交じりに距離を詰めた。
「…別に、俺達には時間があるんだ。お前ひとりを待つ位、どうってことねーし…忘れることもしねーよ」
「うーん…その答えは少し間違っているんじゃないかなぁ?きっとXXXちゃんが言いたいのは、自分は人間でありボク達とは違う寿命を生きているって事実についてだと思う。きっと、帰れないまま一生をキーフで終えてしまう可能性を憂いているんじゃないかなぁ」
「それは…、……じゃあ、俺が迎えに行く」
「…、へ?」
ソフィの言葉に俯いて考え込んだチトは、次の瞬間迷わず言葉を紡いだ。困ったような微笑を浮かべていたソフィの瞳が瞬き、XXXの表情が驚愕へと変わる。動揺交じりに真意を求めて視線を向ければ、どこか気恥ずかしそうな素振りを見せながらも決して冗談を言っている訳ではないと分かる真剣な瞳でチトはXXXを見詰めていた。
「もしお前がキーフに閉じ込められたら、俺を呼べ。方法は幾らでもあるだろ?絶対に連れ出してやるから」
「チト、くん…」
「それから、また二人で小屋で暮らそう。偶には外の世界へ出て冒険してみるのもいい。…見つけてくれるんだろ?俺の呪いを解く魔法陣を」
人間社会に蔓延る有象無象や道理の一切を切り捨てて、ただ自分の意思だけを優先する事を当然とする傲慢さ。嘘偽り一つない、真剣に輝くチトの瞳。それら全てがXXXに突き刺さった。想いの全てを受け止めようと身体の動きさえ止めて思考に集中していたXXXの瞳に薄っすらと膜が張る。それに気付いたチトは、自然な動作で自分とXXX、ソフィの間を隔てる防音の結界を張った。チトには、この先に続く会話を本来XXXが誰にも零すつもりがないものだと理解できたからだった。
「い、いの?」
「俺が良いって言ってるんだから良いに決まってんだろ。もし俺達を邪魔する人間や国があるなら、全部滅ぼしてやる。…XXX、俺の呪いが解かれたその時お前にこの言葉を送りたい」
「言葉、」
「俺の、家族になってくれ」
チトが言い出した言葉、けれども、その意味を正しく理解していたのはXXXだった。くしゃりと表情を崩したXXXはどこか悔しそうに、それでも隠し切れない歓喜と愛憎が入り混じった瞳でチトを見詰めた。どこまでも真っすぐな瞳、覆されない固まってしまった意思。あぁ、そうか、矢張り、そうなのか。チトはどこまでも、人間とは違う価値観の世界で生きている。
「……チト君の、その言葉は…」
「ねー、どうして急に防音の結界を張ったのか分からないけどぉ、勝手にボクだけ仲間外れで会話を進めるなんて酷いよぉ!ボクだって、チトちゃんの発言の真意とかもっと観測したいのにぃ!」
XXXがどこか諭す様に続けようとした言葉は、不満気にチトの結界を叩く音と意図的に貫通させられたソフィの言葉によって遮られてしまった。顔を見合わせた二人は、クスリと笑って肩を落とす。一人は呆れた様に、一人は全ての感情を飲み込むように。
全知全能であるエルフ、ソフィですら知らない二人だけの会話。どこまでもすれ違いを重ねた、哀しい会話。
その場で小さく深呼吸を繰り返して、僅かに零れていた雫を全て払ったXXXはゆるりと笑う。その笑みは、慈愛の込められた愛しい者を見詰める意思が込められていた。それに気付いて目を丸くしたチトは、心地良さ気に口角を緩めてその全てを受け止める。
「……ふふ、うん。じゃあ…もしもの時は、チト君が私の事を助けに来てね?…約束!」
「おう。お前はお得意の結界魔法でも使って、俺が颯爽と駆け付けてやるのを期待して待ってろ」
「ほんと?…あ、そう言えば結界魔法も発展させれば攻撃に使えるんだよ?修行してみる?」
「絶対しねーよ」
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