62話 珍道中
「オーフとトートって、些細な違いの積み重ねとは言え結構違うもんだな。所作の左右とか、言葉遣いとか…めんどくせー」
「そ、そんな事言わないで下さいよチトさん…。でも、そうですね。アオイちゃんももう少し混乱されるかと思っていましたが、案外平気そうで安心しました」
「ほんま?そう見える?…なんかこの二国の文化って、ウチが元々居た地域と結構似とる部分も多いみたいで受け入れやすいんよな~」
ヴィル発案で始まったオーフの簡易文化功罪を魔道馬車の中で開始して数時間。嫌々ながらも知識を取り込むチトとは裏腹に、あっさりと理解を重ねて適応していた葵は流石に疲労が見えてきたのかぐっとその場で伸びをした。ルシエは当に飽きてヴィルの膝を枕代わりに昼寝をしており、その様子に時折心底愛おし気な表情を見せながらも特に言及する事はないヴィルは、オルコスと共にオーフの観光資料片手にチトと葵への指導を継続していた。
「アオイちゃんの故郷はキーフと似ているんでしたよね?」
「そうやね、正確にはウチが住んどった地域の昔の姿に、今のキーフが似とる…みたいな?」
葵の何気ない一言に反応したオルコスによって、僅かながらも現代日本が暴かれていく。ほんの僅かに過った嫌な予感をどうにか押し返した葵は、何でもないフリを装って返答を告げた。これで話が終わってオーフの文化に戻ればいい、そう願っての発言だったが、残念ながら葵の願いは虚しく既にオーフの文化に飽きてきていたチトによって掘り下げられてしまう。
「そう言えば、アオイの住んでいた地域の話はそこまで詳細に聞いた事がなかったな。なんか面白い話とかねーの?」
「ふむ、賛成だ。アオイ、もっとお前の話を聞かせて欲しい」
「ヴィルが言うと途端になんかぞっとするのはなんでだ?」
「別にいいだろう!?嘘は言っていないんだから!」
「う、嘘じゃないところに問題がある気がするんですが…」
ごく自然な流れを装って、話題の中心が葵の故郷、つまり現代日本の話へ切り替わってしまった。僅かに頬を引く突かせる葵とは裏腹に、この話題は元々葵以外の全員が虎視眈々と狙っていた流れである。逃げようがない現状を悟った葵は、内心面倒な展開になってしまった事を憂いながらも軽いため息だけで誤魔化した。
何気ない茶番を交えながらも、彼らの意識は葵一人に集中する。それに気付かない訳もない葵は、どうしたものかと窓の外をのんびり流れる景色に視線を移した。仕方がない、そんな心の声に合わせて肩を竦めた葵は、せめて顔だけは見られたくないと体の向き事窓の外へ固定して息を吸い込む。
「ウチの住んどった地域はどうやろ…キーフとトートのハイブリット…は伝わらないんやっけ。えっと、混ざって更に進化した、みたいな土地文化やったかな。基礎がキーフで、トートの建築技術だったり主だった文化が流入してきてる感じ。そうやな、この前キーフで見た一部の変わった発明品とかも、仕組みはよう分らんけど見た事あったで!」
「成程?教育状況なんかはどうだ、トートとは矢張り違うものなのか?」
当たり障りがない葵の説明を聞いて思考を回したヴィルは、もう少し踏み込もうと問いを足す。もっと個人的な文化などに触れられるだろうと覚悟していた葵は拍子抜けして、思わず不思議そうな表情を浮かべつつ深く考えないで回答を紡いでしまった。
「教育?せやな…ウチの地域では全ての子供に教育を受ける義務と権利があって、小学校から中学校までの7歳から15歳までの子供が通う学舎みたいなところに皆通っとったで。その先に高校や大学って言われる追加で知識を得たい人が金銭を払って通う場所もあって、ここは所謂トートの魔法学園に近い試験制で入学が決まるなぁ。因みにウチは、高校生!学校では座学とか、運動学とか…兎も角幅広く人間が生きていく上であって損はない指標みたいな知識を得る事が出来るんやで?」
「まぁ、手厚いんですね。学術を学ぶ年齢に差はあれど、矢張り子供はどの地域でも一律で大切にされるものと言う訳ですか」
「うーん、そんな事もないかな」
「へ?」
「え?…あ、いや…トート程ではないって事!流石に20歳の誕生日で縁者巻き込んだパーティ!みたいな事はしないからね。他にも、誕生日とかあそこまで盛り上がる事はないかな。…でも、勿論普通に大切にはされとったと思うで!」
チト、ヴィルにオルコスの三人は、葵が無意識で零した小さな真実にそっと視線を合わせる。以前葵の誕生日用の記念品を買いに行った際に立った考察、後にルシエから話を聞いたヴィルも確かにと違和感を覚えていた内容の信憑性が、一気に増したからである。どことなく気まずい空気が流れた事には、勿論自身がやらかした事に速攻で気付いて顔を真っ青にしていた葵も勿論理解していた。だから、偶然にも魔道馬車が休息時間を示す様に停止した様子に息を吐いて、居たたまれない様子で視線をさ迷わせながら出口に向かおうとしたのだ。
けれども、それは勢いよく立ち上がったオルコスによって停止させられる。何を思ったのか、無言で葵の腕を掴んだ彼女は、戸惑う葵を無視して二人で馬車から離れていったのだ。残されたチトとヴィルは、いつから目覚めていたのかゆっくり身体を起こしたルシエも併せ揃って目を見合わせて、小さく頷きあった。
「…矢張り、アオイが元居た世界とこの世界の常識は大きく異なる様だな。国家的な根源文化はかなり近しい様子だが、アオイが通っていたらしい学校では話を聞く限り一定水準以上の一般常識も学ぶと考えられる。今のアオイの文化的知識量からして、学んできた常識は相当掛け離れているようだし…根本から認識を考え直す必要があるかもしれないな」
沈黙が支配する馬車の中で最初に口を開いたのはヴィルだった。これまでの一連の流れを通して判明している現状を整理したのだろう。並べられた考察は相当的を得ており、葵が元居た世界の事情が分からないという前提条件をもっと重く受け止める必要が出てきた事実に近づいたはずが振り出しに戻されたような気分になる。そんな中でふと思い出したように口を開いたチトの言葉に、ヴィルとルシエはぴたりと固まる事になる。
「アオイってさ、魔法が存在しない世界から来てるんだよ。いや、魔法が認識されていない世界、って表現が正解か」
「え?」
「……は?」
「いや、今まで言ってなかったかも、と思いまして…」
チトは、これまでの自分が葵に対して感じた考察を思い返す中で自身の発言を振り返っていた。ヴィルとルシエに詰め寄られて、葵が自らの誤召喚で呼び出してしまった異世界人である事実は確かに伝えてある。けれども、それ以上の初期知識共有が一切行われていなかった事実に気付いてしまったのだ。当然、そんな話初めて聞いた二人はチトの目の前でぴたりと固まってしまう。思考の波に囚われて完全な停止状態になってしまったヴィルを置いて先に正気に戻ったルシエは、迷わずチトに詰め寄った。
「それはおかしい、魔法が存在しない世界なんて歴史上ありえない…!それに、魔法が存在しない世界の人間が魔法を理解して使うなんて、そんなの…!」
「いや、どうやら御伽噺上で魔法という概念は存在しているらしくてだな…」
「でも、魔法は認識力が全て、どうすればあそこまで自由自在に魔法の認識をゼロから固めることができる?魔力の理解だって、魔法に関する具体的な概念の把握だって、アオイは既にこの世界の住人以上の水準を誇っている。猶更説明がつかない!」
それは、この世界で生きて、魔法を使い、優秀な魔法使いとしての地位を確立させたルシエだからこそ圧倒的な説得力を持った言葉だった。チトにだって、改めてルシエからそう言われて葵の異常性が痛いほど理解できた。出会った当初確かに魔法の存在に一喜一憂していた葵は、少し入口を教えるだけであっさりと魔法の概念を理解し習得に至ってしまったのだ。その後チトが指導していた事と言えば、事象に対する対処法や戦闘に関する基礎知識ばかりで、魔法そのものに対する説明などを行った記憶は殆どない。才能があった、事前知識があった、果たしてそれだけの前提条件で今の葵の様に標準以上の魔法を簡単に扱えるようになるのだろうか。
「逆?…逆に、魔法が存在しない世界から来た故に、認識に制限がなく自由自在を妄信した今のアオイが居るとすれば…?無知こそが、アオイの魔法能力の根源だとでも言うのか?」
ぽつりと、ヴィルが呟いた可能性に二人は黙って考え込む。しかし、それだけの説明では葵の根本的な適応力や余りにも魔法の使用に長けた魔力操作技術などへの説明はつかず、矛盾点が多かった。納得がいく答えに辿り着けたわけではない、けれども理由の一つとしてヴィルの考えは否定できるものではなかったのだ。
「ん…そんな事、ありえるの?…いや、魔法発動そのものについては納得したとして、あの異様な魔法陣製作に関する理解力は何?言語習得と言う意味の分からない魔法陣を作成した発想、可能にした技術力、それに…言語習得の魔法陣が完成するまでは、言語知識すらない中で魔法陣に対応していた」
「魔法陣作成に関する理解能力は本能的に遺伝する傾向があるって聞いた事があるぞ。例えば、アオイの縁者に魔法陣作成が得意な奴が居たとすれば、どうだ?一応あり得る…のか?」
「うむ、アオイは魔法が一切存在しない世界から来た異世界人なのだろう?それはあり得ない」
ルシエの疑問の一つを解消するべくチトが上げた考察は、ヴィルによって前提から破棄された。結局疑問ばかりが深まって何一つ葵に対する解像度を上げることが出来なかった三人の会議は、馬車を出る前の焦りと混乱が入り混じった表情とは打って変わって普段通りの楽し気な調子を取り戻した葵と満足気なオルコスが戻ってきたことによって、あっさり終了してしまった。
ーーー
「まだ一日も経過してないのか。お前ら、明日は何をして時間を潰すつもりだ?」
「…適当な課題を定めて、突破を目指すとか。何もしない時間は勿体ない」
「ルシエは相変わらず真面目だな。それが良い所だと言えるが…ふむ、チト、よければ臨時で講師役を務めてはもらえないだろうか」
休憩時間を終えて手持ち無沙汰になったルシエは、どうやら昼寝から完全に目が覚めてしまっているらしい。チトの問いかけに真剣な様子で答えた素振りにゆるりと微笑んだヴィルが話を持ち掛ければ、特にやる事がなかったチトも肯定の相槌を打った。特に他の人たちも異論はないらしく、顔を見合わせて姿勢を何となく正した四人を前にチトは軽く顔を見回してから首の後ろを掻く。
「んじゃ、ヴィルとルシエは二人で共同課題がてら魔法陣の解析でもしてもらおうかな。実際の構成内容までは調べなくていいから、その魔法陣が何から始まって何が起きてどう終わるのかを解読してみてくれ。数百年前の魔法陣だが…方式は現代とそこまで変わっていない。二人の知識を合わせて協力すればなんとかなるだろ」
「ん、解析は苦手」
「主な解析は俺、条件の解明はルシエってところだな。望むところだ」
「んぅ…言い出したのはルシエ、やれるだけ頑張る」
そう言って渡されたのは、用紙にいくつかの条件が詰め込まれた魔法陣だった。顔を見合わせて、一目見ただけでは一切内容が把握できない魔法陣に素直に嫌な顔を浮かべたルシエの頭を軽く撫でたヴィルは、既に思考の半分が魔法陣に向けられているのか片手間に返事を返す。ルシエも肩を落としてヴィルが持つ用紙を覗き込んだところで、暫くは放置しようと決めたチトは視線の先をオルコスに向けた。
「次はオルコス、お前は学園でも課題にしてる攻撃魔法の練習だな。無詠唱魔法位早く使えるようになれ」
「たった一日で、ですか!?」
「俺がしっかり隣で指導するから安心しろ。まずは魔法陣を組み立てる速度から改善が必要だなぁ…いけるでしょ?」
「うぅっ…と、当然です!やって見せます!」
杖を呼び出したオルコスは、両手でしっかり握ると覚悟を決めるように杖先の魔法石をじっと見つめる。確かに魔法石は魔法の発動に大きく干渉を起こすものではあるが、それに祈ったところで根本的な魔法発動に関する能力値は変わらない気がする。どこか他人事の様にそんな明後日の方向に緊張を高めるオルコスを眺めていた葵は、ふと自分の目の前に立った陰に顔を上げた。
「最後はアオイ。お前は…どうしたい?」
「え、ウチに丸投げなん?」
「いやぁ…正直お前は未知数過ぎて、何が出来て何が出来ねーのか分かんねーの。だから、ある程度は意思確認した方がいいかなって」
「んー…」
出来る事と出来ない事。それで言うなら、葵は出来ない事だらけである自覚があったが、きっとそういう話ではないのだろう。先程の一連の会話をまるでなかったかのように振る舞ってくれるヴィルやルシエ、そしてチト。オルコスとは直接会話して解決させたとは言え、果たして自分が逆の立場になった時それを引きずらないでいられただろうか。発言してそれをなかったことにしようと振る舞った側に居ても尚気にし続けているのに、やっぱり自分は出来ない事だらけだ。
考え込んだ葵は、ちらりとオルコスに視線を向けた。少し驚いたように目を見開いたオルコスは、次いで困ったように僅かに眉を下げる。そんな様子にすっと瞼を細めたまま、葵は一枚の魔法陣が書かれた用紙を取り出した。オルコスは、既に選んだ。だから、自分も。
いつかは進まなければならないのだ。ならば、今この場所で。オーフの革命と言う明確な変化点の前で、宣言してやろうではないか。
「ウチはこの魔法陣の解析を進めるね」
「は…これ、お前どこで…っ」
「明日オーフに着く前には進捗を報告するから、待っとってね!」
そうして見せつけたのは、ソフィに連れられて向かった迷宮探索の最中に見せつけられた、例の複製体に封印を施す為の魔法陣。目を見開いて珍しい心からの同様の姿を見せるチトを気にも留めず、葵はそんなやり取りを見ていたらしい不思議そうに首を傾げるヴィルとルシエの方へ駆け寄った。
「皆一緒に頑張ろうな!」
「…おう」
「ん、もちろん」
「はいっ!」
ただ一人、動揺から帰ってこれないチトだけがその場で固まって動かない。声を掛けようと踏み出したルシエの手はヴィルに捕まれて、オルコスは自ら触れない事を決めて見て見ぬふりをした。葵は自ら仕掛けた行為に対してこれ以上触れるつもりは端から一切ない。
どこか不穏な空気を残しながらも、一同はオーフへ続く道を進んでいく。
☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。




