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61話 処世術


「オルコス様、お迎えに上がりました」

「……ありがとうございます。それでは皆さん、この魔道馬車でオーフへ向かいましょうか」


あれよあれよと計画はヴィルによって組み立てられ、オルコスが話を持ち出してから僅か一カ月足らずでオーフへの公式訪問が成立した。これにはチトが首を挟んだことやオーフ側が事前にある程度の受け入れ態勢を整えていた事もあったが、それがあっても尚口出しを止めない上位貴族を押しやって企画書を完成させたヴィルの尽力は計り知れないものである。もしかすると、執念にも近い何かがあったのかもしれないがルシエは何も言わずに連日頭を抱えるヴィルを眺めていた。


とは言っても、更なる面倒事を増やさない為に少しでも日程を短期決戦にしようと動いた結果でもある。兎も角、迎えた当日トート側の無駄な干渉がない事をしっかりチトの確認してもらいながら、学園の前に集合した一同は余りにも豪華絢爛な装飾が施されたキーフの魔道馬車を前にしてぽかんと口を開けていた。


完璧な聖女として美しい笑みを浮かべ、さっさと従者を追い返したオルコスは自然な所作で葵達を馬車の内部へと迎える。一番最初に好奇心で我を取り戻した葵が近付けば、まるでエスコートするかのように手を差し出されたのだ。


「…ルコちゃん、ヴィル君と一緒やね」

「えっと…ヴィルさんと、ですか?」

「いや、この話は後にしよっか」


普段から手を差し出される場に出た事がない筈の葵の、存外慣れた様子に首を傾げたオルコスは、それでも葵の言葉に小さく頷いて馬車内部の席に座らせた。本来存在しない筈のオーフ側の護衛の存在に若干チトが苛立ちを示している様子に気付いたからでもある。周囲の目があるからか、聖女らしい振る舞いを止めるつもりがなさそうなオルコスの様子を確認した他の一同も、ヴィルを先導にルシエに手を差し出し彼女が奥に入った事を確認すると、チトも乗り込んできた。尚、馬車に入り込んですぐに重ねられていた手をルシエに叩き落とされたヴィルは静かに絶望を示していた為一同は笑いをこらえるべく必死で視線を逸らしていた。


全員が馬車に乗り込んだことを確認したチトが、何気なくその魔力を強く外へ押し出す。たったそれだけで腰を抜かしたオーフの護衛隊達がその場に崩れ落ちたのを確認して、自動運転の機能が事前に取り付けられているらしい最高級の魔道馬車はゆっくりと動き出した。



「こちらの特別製の魔道馬車で夜間走行も続けて、片道二日と言ったところでしょうか。一応防音結界が作動しているとの事ですが、改めて張り直した方が良いかと」

「だろうな。取りあえずは俺がやっておこう。…んで、オルコス?お前まさかオーフに居る間一生聖女面して表情筋酷使するつもりか?違和感がすげーんだけど」

「へ?…考えた事もありませんでした。確かに、皆さんの前でオーフの聖女らしく振舞った事は、数える程度にしか有りませんでしたね」


馬車が動き出して暫く、無表情を取り戻したオルコスの一言によって、ようやく一同は無意識に高まっていた緊張感を忘れて肩の力を抜いた。チトの茶化すような一言に素直に戸惑ったように首を傾けた姿は、つい先ほどまでの完璧な聖女らしい雰囲気を全て壊してしまっている。とは言え、その振る舞いこそが通常通りであった筈のヴィル達から見れば、実のところ葵と出会って以降のオルコスの振る舞いの方が違和感が凄かったのだがそれも慣れてしまえばどうという事はない。寧ろ、チトの言う通り聖女らしい振る舞いが長期的に続いた方が違和感を覚えてしまうようになるまでに、彼女は大きくその印象を変えていた証拠でもあった。


「その聖女面って、どれくらい重要なんだ?少なくともトートの学園内では今の様に振る舞っていただろう」

「えぇ…っと、うーん…?どうなんでしょう、実はこの切り替えって殆ど無意識でしたから、母国でどう振る舞うかなんて気にした事もありませんでした。そもそも、トートに来てから初めて今の様に振る舞うようになりましたし…こんな時に限ってソフィは居ませんし、一体わたくしはどうしたら良いのでしょうか」


うんうんと唸りながら頭を抱えたオルコスを前に、質問を投げ掛けた側であった筈のヴィルは口を閉ざすしかなかった。どう考えても、一国の王子が決めていい判断ではなかったからである。仕方なくルシエに救いを求める視線を向けたのは、多少強引でも話題の方向を転換する必要があると考えたからである。意図を察して小さく頷いたルシエは、内心これから巻き込まれる未だ外の様子に夢中な葵に小さな謝罪を向けながら息を吸った。


「オルコスの変化は、チトの言う通り明確。初対面や最低限の交流だけがあった時期に受けていた印象に比べて、学園で個人的な交流が始まってからのオルコスは相当変わった。最初は偽物かもってヴィルと二人で相談したくらい」

「そんな事もあったかもしれないな。まぁ結局、オルコスはどこまで行ってもオルコスだった、って結論に至ったが。アオイの存在もあって、俺たち自身人の事を言えない状況だったからな」

「な、なんてことを仰るんですか…!もう、笑い事ではありませんからね?」


当時の状況を思い出したのだろう、顔を見合わせて小さく笑った二人を見て、葵も何となくその変化の過程を想像して思わず笑ってしまった。多少なりともからかわれているらしい事に気付いたオルコスは、頬を膨らませて言葉尻を強く反論する。チトも、以前のオルコスを知っているのか僅かながら口角が緩んでいるようだ。それでも、葵にとって目の前のやり取りはあくまで他人事だった。オルコスがどう振る舞おうがそれなりの反応が出来る自信が彼女にはあったし、どんな結末を下そうと結局合わせることに変わりはないと思ったからだ。まさか、ルシエに裏切られるとは思っても居なかったのである。


「アオイは、オルコスの現状の変化についても気にしていなさそう。実際の所、どう思ってるの?」

「うぇ!?え、ウチ?…うーん、まぁ、ルコちゃんのどんな振る舞いも生きていく上で必要な処世術なんかなぁ、とは思っとる、けど。ほら、誰だっていつ、どんな場所でも素で居続けるのは不可能やろ?」


動揺交じりに慌てて答えたにしては、中々筋の通った感想だったと思う。事実、葵はオルコスの変化を処世術だと判断していたしオルコスの納得した様な表情を見ればそれがある程度的を得ていると判断出来た。けれども、そんなやり取りを静かに聞いていたチトにとっては、そうではなかったらしい。


「ふーん?つまり、アオイも素じゃない時があるって訳だ」

「は!?…確かにウチは大天才である事実を仕方なーく隠して生きているのでね、もし全世界にウチの才能がバレたら、ウチを求めて戦争が起きてまうかもしれんし…!やめてっ、アタシの為に争わないでぇーっ!」


するりと瞼を細めたチトの問いかけに、ほんの一瞬素っ頓狂な声を上げた葵は直ぐに気を取り直して胸を張る。そのまま自信満々に人差し指を立てて言い切ったかと思えば両手を大袈裟に広げて、自分の身体を包み込む仕草を浮かべた様子に毒気を抜かれたチトは、呆れたため息を零す。少なくとも今何を言ってもまともに話は出来ないだろうと内心判断を下しながら。


「…はぁ、何言ってんだコイツ」

「ふふ、流石アオイちゃん、大天才!」

「うむ、確かにアオイは可愛いからな。お前を求めた戦争が起きてしまう可能性は捨てきれない」

「捨てろよバカかこの天然…ダメだ、ヴィルもオルコスも使えない」


反射的に零れたルシエの強い語彙に思わず吹き出したチトは、首を傾げる葵やヴィル、オルコスを前にこの馬車内でまともな感性を持っているのが己とルシエだけである事実を再認識する。ルシエも同じ結論に至ったらしく、二人そろって視線を合わせてため息を零した。


―――


「ふむ、それでは始めよう。ヴィール先生による、オーフ知識講座の時間だ。特別講師にはオルコス先生をお呼びしている。それでは改めて、オーフについての知識がまだ不足しているアオイに向けて、そして我々自身も復習の意味を兼ねて基本的な知識に関する授業を始めようと思う」


パチリ、大きく手を叩いて意識を集中させたヴィルは小さく頷くとともに口を開く。突如始まった時間つぶしの企画を前に、各々読書などで適当にぼんやりしていた一同は一先ず話を聞く姿勢を取った。突如特別講師役を任されたオルコスも、どこか楽しそうにヴィルの隣に移動してくる。


「ふふ、わたくしが特別講師ですか。任せてください、精一杯お勤めします!」

「ん…悪くない。どうせやる事もないし」

「確かに俺も、今のオーフに関する知識は浅いって思い知らされたばっかだからな。助かる」

「反応は上々…アオイも準備はいいか?」

「うん!しっかりウチにオーフの事、教えてな?」


たった一人、無言で白紙とペンを片手に魔法陣を描き出しては消してを繰り返していた葵は、ヴィルの問いかけに直ぐに用紙を消して楽しそうに頷いた。


オーフへの道のりは、まだ始まったばかりだ。



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