60話 贈り物
「記念品?この間受け取った分で十分というか、十分すぎた気がするんだけど…」
「そう言ってくれるなって。やっぱ、どうせなら形に残る物がいいんじゃねーかって話になったんだよ。因みに発案者はオルコスだな」
「えっ何それ俺知らないんだが」
「純粋にアオイが喜んでくれそうな物を選んだつもり。だから、期待して?」
「はい、遠慮しないで受け取って欲しいです!」
「いやだから俺知らないんだが」
チトのお陰で大まかなキーフ訪問の計画が成立し、残るは詳細な日程調整のみとなった頃だ。ここ最近お馴染みとなりつつあるヴィル達三人が小屋に訪れ、向か入れたXXXが紅茶を淹れようと準備を始めるもチトに引き留められたので大人しく席に着く。何事かと首を傾げていれば、ルシエとオルコス、そしてチトが仲良さげに顔を見合わせつつ、可愛らしく包装された記念品を改めて取り出したのである。ヴィルの反応を見る限り、恐らく例の迷宮探索をソフィによって決行された日に纏まった話なのだろう。明らかに居心地が悪そうに困惑するヴィルは、ルシエのうるさいの一言に撃沈して大人しくなった。
戸惑いながらも一先ず改まって渡された記念品を受け取った葵は、期待の籠った瞳で己を見詰めてくる三人の視線に若干の居心地の悪さを感じながらも机に並べた物に視線を落とした。
「記念品、か」
一番近くにあったオルコスから受け取った物の包装を撫でつけながらぽつりと零れた感想は、思いの他平坦で部屋に良く響いた。慌てて顔を上げて今の一言を訂正しようとした葵は、目の前の視線が特に変わる事なく自分を見つめ続けている事実を認識して内心ため息を零す。受け取ってばかりなのは、本当に本意ではないのだが。
「えーっと…これって、今開けた方が良い感じよな?」
「そうだな、折角だし中身を確認してほしい。まずはお前が触ってる、オルコスの奴が無難かもな」
「わ、わたくしですか…!緊張しますね…」
「……ん、疚しい物でも選んだの?オルコス」
「ち、違いますよ!そもそもルシエさんはわたくしが最終的に何を選んだのかご存知の筈でしょう!?」
にやにやと口角を上げて楽しそうな二人にからかわれて慌てつつ頬を膨らませたオルコスは、どこか呆れたようにため息を零しながら葵に向き直った。そうして浮かべられた、有無を言わせない聖女染みた完璧な笑みに開封を促された葵は、おずおずと”一方的にプレゼントをもらう未知の感覚”に言葉には言い表せないむず痒さを感じながらも、長方形で平らなホウ素を丁寧に手で剥がしていった。そうして姿を見せたのは一冊の絵本である。
「トートの中央魔法学園が出来るまで…?これって、絵本であっとる?」
率直な反応を示した葵を前に大きく頷いたオルコスは、嫌な顔を一切されなかった結果に内心胸を撫で下ろしながらも普段の無表情を取り戻して瞳だけに安堵の色をのせながら説明を始めた。
「はい、その通りです。アオイちゃんは矢張り、各国に対しての基礎的な知識の浅い部分がありますし、何よりこの絵本は挿絵がとても綺麗なんです!見て下さい、この建設中の挿絵なんて、本当に繊細で分かりやすく華やかだとは思いませんか?」
どこか得意げな様子のオルコスに釣られるように、葵も含めたその場の皆が示された絵本の挿絵を覗き込む。そして、確かに見事と言わざるを得ない圧倒的な挿絵に感嘆の声を上げた。
「うわぁ…確かに、ルコちゃんの言う通りめっちゃ綺麗やね」
「こいつは凄いな、絵本の挿絵じゃ勿体ない位の完成度だ」
「確かに、色使いも繊細だな。…と言うか、俺この絵柄どこかで見た事がある気がするんだが…どこだ?」
「ん、ヴィルの部屋にも似た絵画が飾ってあった。歴史的価値がある名画」
「あぁ、そうだ。金銭では手に入らない芸術の存在を認識させる目的だ、とか言っていつの間にか壁に掛けられていたヤツだな」
小首を傾げたヴィルの疑問を補足するように説明したルシエは、納得した様子のヴィルに満足げに頷く。そんな二人のやり取りを穏やかに聞いていたオルコスは、一度冊子を閉じて表紙に書かれた文字を指し示しながら解説を始めた。
「ピアソ、って名前の画家が主に活動していたとされるのは、今から約数百年前の話ですね。オーフでもこの方の絵画には高い評価が下されている、まさに画家界の著名人とされる方が残した作品の一つがこの絵本です」
「ぴあそ?…どっかで…いや、ソフィの本名って、ソピアー…」
「ピアソ、ピアソー、ソを先頭に持ってくると…いや、これ以上は止めとこう。でも、アイツ一時期絵がどうのって自慢してきて…いやいやいやいや、忘れよう、精神衛生上気にしないが吉だ」
成程、と納得した様子だったヴィルとルシエを横目に一つの真実に辿り着きかけた葵とチトは、咄嗟に勢いよく首を振って仲良くそれを忘れることにした。一瞬気を取られていた三人も、物理的な面倒事の気配を察知して突っ込むことはしてこなかった。誰も掘り下げる気はないらしく、大袈裟に話題を切り替える事にしたのは葵である。
「ありがとうルコちゃん、しっかり読んでめっちゃ大事にするな!」
「はい、喜んでもらえた様で嬉しいです。内容としてもかなり忠実に再現されていますので、安心して読んでみて下さいね」
何となく微妙な空気になりながらも、その場に居なくても尚圧倒的な存在感を放つエルフの存在に内心悪態を零した葵とチトは視線だけで呆れながらも、次の記念品に集中するべく視線を机の上に戻した。
「次は、ルシエの番。ルシエは、アオイが純粋に楽しんでくれそうな物を、選んだつもり」
「ウチが…楽しむ?」
「ん。よく分からないって顔してないで、兎に角開けてみて。ちゃんと説明もする」
「あはは…うん、分かった」
言われるままに円柱型の包装を開けていけば、ランタンの様に下部が黒く、それ以外は半透明な筒が姿を現した。じっと観察していた葵は、その道具の意図に気付いてそっと魔力を注ぎ込む。
「…これ、魚だ」
「流石アオイ、一目見ただけで魔道具を見抜いた。これは魔力を注ぐことで一時的に魔法陣が発動して、筒の中に魚影が現れる観察型の魔道具。アオイが入学試験の時に作成した魔法陣の、超簡易版。しかも、最後には…」
「……!!」
一際大きな影に、葵は素直に息を呑んで目を見開いた。驚愕したまま魔道具の発動が終了するのをじっと見つめる瞳は、間違いなくキラキラと輝いている。普段の葵とはどこか違う、純粋な幼い子供同然の様子にルシエは満足気に笑う。様子を見守っていたヴィルは、そんな二人のやり取りに頬杖を突きながら穏やかに微笑み、オルコスやチトも素直に表情を明るくした。
「実技試験の時も、魚が出てくる魔法を使ってた。だから、見つけた瞬間これしかないって思って。…どう?楽しかった?」
「…ほんまに、水族館みたいやった…!」
「すい…ん、そう言えばあの魔法の名前がそんなだった。言われて見れば、箱庭に水中を閉じ込めたこの魔道具は似ているのかも?」
葵の言動から記憶を呼び起こしたルシエは、彼女が何気ない会話で魚や水槽が好きだと言っていたことを思い出していた。結局今でも水族館と呼ぶものが何なのかは分からないままだが、魚たちを箱庭に閉じ込めて鑑賞する場所と言った認識が正しいのかもしれない。
「感想、は?」
「あ、うん。…嬉しい、楽しかったよ!ウチ、ほんまに水族館が大好きなんよ。正確には巨大水槽の中を泳ぐ魚に憧れとるんやけど…ふふ、ありがとうルシエちゃん!」
「ん、ルシエも空を飛ぶ鳥になってみたいと思った事がある。仲間」
「んふ、仲間やね!」
小さな箱庭に何度も繰り返し魔力を流し込んでは、魚たちが優雅に泳ぐ姿を上機嫌に眺める。優しく魔道具の表面を撫でたルシエは、どこか物静かな瞳を浮かべて微笑んでいた。うっとりとした様子だった葵は暫くするとそっと机に魔道具を置いて顔を上げる。そこには、いつも通り元気いっぱいで無邪気な表情が浮かんでいた。
「…んじゃ、最後は俺だな。俺のもまぁ、見て触って…聞いてもらう感じだ」
「うんっ、楽しみ!ルコちゃんは為になる絵本、ルシエちゃんは楽しい魔道具やろ?チト君は一体何を選んでくれたん?」
楽しそうに身体を左右に揺らしながら、葵は最後の小さ目な正方形の包装を開けていく。そうして姿を現したのは、両手に乗るくらいのサイズの木箱だった。繊細な掘り込みと塗装、装飾が全体に施された蓋を開けば、手回しの小さなゼンマイと剥き出しのロールが現れる。それらが象徴する道具を、葵は良く知っていた。
「これって、オルゴール?」
「正解、やっぱ知ってたか。使い方は分かるか?」
「うん、確かこのゼンマイを回して…」
カチカチ、音を立ててゼンマイが巻かれていく。少しして抵抗する力が強くなったことを感じた葵がそっと指を離せば、逆回転と共に鉄製のロールが回り出す。
静かになった小屋の中に響きだした音楽に、葵はぴたりと動きを止めた。
サビだけが切り取られた曲が終わり、残った動力は再び二週目に突入する。それでも尚、じっと反応を見せずにいた葵の様子を不思議に思ったチトは、その顔を覗き込んで同じように固まった。
きっと、本人も気付いていないのだろう。嗚咽の一つも零さないまま、無表情に見開かれた瞳から零れた雫の正体をチトはしていた。ぼろぼろと留まる事を知らないそれに、あまりにも静かで反応がなかったせいで気付けなかったのだ。チトの動揺に気付いた他の三人が同様にそっと顔を覗き込んで、同じように驚いてチトへ視線を向ける。一体何をしたのか、と言いたげなそれを前に、チトは首を振って無罪を主張する事しか出来なかった。声を発する事すら、今この空間では雑音と化してしまいそうな気がして、喉を震わせられなかったのだ。
だってそれは、少なくともチトが知る中で葵が初めて零した、涙だったのだから。
いつの間にか音も止まって暫く、零れていた涙も乾いてしまった頃にぱっと顔を上げた葵は、先程までの出来事に一切触れる事無く普段と変わらない陽気な返事を返した。それに対して、どんな言葉を返したのかの記憶も曖昧なまま、まるで何事もなかったかのようにその場は解散となった。
誰も、触れられなかった。触れる権利がないと思った。触れてはいけないと思った。結局、誰もがその事実から目を逸らした事実には変わりなかったのに。
☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。




