とある記憶 28
大穴をひたすら降り続けて暫く、ようやく地面に足を付けることができた三人は、白煙を上げながらもチカチカと輝く魔法陣の上で浮かび上がり、XXXと全く同じ姿をした複製体が再生していく最中の様子に遭遇した。人間の基礎でもある心臓から作り上げられていく仕組みになっているらしく、予め服を身に纏った状態で胸元から肩や腰、そこから手足が生えるように完成していく様子は、心底不思議な光景であった。
「予定通り、自己修復機能が無事に発動してるみたいだね。一度消滅してからの発動速度や実際の稼働速度も想定の時差内に収まっている。…でもまさか、まんまと魔人に乗っ取られることになるなんて。その辺りの防衛機能は改善を重ねた方が良いのかな?」
物珍しそうに再生の様子を眺めるチトやソフィを横目に、再生中の複製体に直接触れて魔力の流れや魔法陣の様子を確認したXXXはどこか不満気な表情を浮かべながらも一応は頷いた。ただでさえ、完全な消滅から再生している状況で更なる改善を重ねてしまえば、本当に発動者の操作から外れた時どんな挙動をするのか予想もつかずにチトとソフィは苦笑いを浮かべた。
「俺のあの魔法に潰されたのに魔法陣が無事発動してるって…この複製体どうなってやがる」
「恐らく、消滅を鍵に発動する魔法陣が組み込まれているんだろうけど…そんな常識外の発想、ボクですらなかったよぉ」
チト個人としてもかなり気合を入れて発動させた魔法である。塵一つ残さず魔人を潰す気でいたのに、消滅が鍵とは言えあっさり再生していく複製体の様子を見せつけられて思う所がない訳ではなかった。それでも無駄にキレたりしなかったのは、同じように隣でドン引きした様子のソフィを前にXXXがどれほど規格外な魔法を作り上げたのかを悟ったからである。
「…それで?このまま放置しておけば完全体まで復活するんだろうけど…どうするんだ?捨てて行く訳にもいかねーんだろ?」
「そうなんだよね…。何より、魔人の憑代にされた魔法陣、あの異様な魔力が何かしらの反応を起こして一見無事に見えても悪影響を残している可能性は全然高いし、それを探し当てるのは針に糸を通すようなもの。探してる間に再生が完了しちゃうよ」
「その感じだと、XXXちゃんが完璧に制御権を握っている訳ではないんだねぇ。思い返せば、魔人の憑代にされた時も、やられるままだったかぁ」
既に肘の先へ再生範囲を増やそうとしている複製体を詳しく調べる時間は確かに存在しない。一つの魔道具に対して誰がいつ魔力を込めて利用したかを調べることが難しいのと同じくらい、複製体に混じった魔人の魔力を探すことは困難だった。
「一番無難なのは、再生が終わる前に完全に破壊しちゃうことかなぁ?でも、ちょっとやり辛いよねぇ」
「なんて言うか、大切にしていた人形を乱雑に壊して呪われちゃう、みたいな嫌な想像とかしちゃうよね」
「ちょ、怖い話はヤメロよ!引きずられるだろうが、この、俺が!!」
「エトちゃんって、本当にそういうの弱いよねぇ」
「魔法でどうにもならねー迷信とか、そう言うのは苦手なんだよ!悪いかこの野郎!」
背後でいつも通りの魔法を用いた喧嘩が始まった様子に呆れたため息をつきながら、その場でしゃがみこんで膝に頬杖をついたXXXは改めて再生を続ける目の前の複製体を見詰めた。魔人には色々と製作理由を誤魔化して伝えたが、本当の目的は戦闘や開発と言った比較的研究者に近い理由ではなかったのだ。果たして、再び意識を取り戻した己の半身ともいえる複製体は、XXXの意図をくみ取って綺麗に笑ってくれるだろうか。それとも、何かしらの異常行動を起こして、XXXが組み込んだ命令から外れた挙動をしてしまうのだろうか。
「…全く、魔人も余計な事をしてくれたなぁ」
思わず零れた愚痴は、喧嘩に夢中な大きな馬鹿二人には聞こえていなかったらしい。再びため息を零したXXXは、そもそも何故迷宮攻略の中で複製体が活動する羽目になったのかを思い出していた。
―――
迷宮に入る前、その上位魔人の気配に一番最初に気付いたのは、矢張り同族であるチトだった。
迷宮全体を覆うように薄っすらと充満させられた上位魔人の魔力は精密に管理されており、一方で下位魔人の隠しもしない威嚇の様な魔力に誤魔化されて当然のように存在していた。XXXでさえ、魔力探知に意識を集中させなければ気付けない程に空気中に馴染んでしまったその魔力からして、恐らく下位魔人の存在はあくまで囮として生存が許されていたのだろう。実際三人の目の前に現れた下位魔人は、上位魔族から急成長を遂げたせいか自我が定まっておらず、終始言語を発する事はなかった為、その程度の存在としてXXX達の様な強い冒険者をおびき出すための餌とされていた。弱い魔族を利用し強い冒険者をおびき出し、好きな時間を見計らって横やりを飛ばす。最後には、自らの糧にする上位魔人の考えを最初に言い当てたのは、非常に愉快そうな表情を浮かべたソフィだった。そんな明らかに冒険者を舐めた釣りを楽しむ魔人に対して一泡吹かせてやろうと考えた結果生まれた作戦こそが、XXXが小屋で研究を続けていた複製体を用いた身代わり大作戦である。
迷宮に入ってからの表立った攻略を複製体に任せ、大規模な魔法行使が必要な時のみ遠隔で補助を行う。それ以外は完璧な隠密に努める事。これには、元々魔力が強く、高い濃度を持っているチトやソフィに敢えてその魔力を普段より多めに開放してもらい、XXXの存在を隠してもらう必要もあった。そうして三者三葉に常に欺きながら探索を進めた結果が、見事な魔人の一本釣りである。そんな完璧に成功したと思われた作戦の唯一の想定が居こそが、複製体が一時的に魔人の憑代となってしまった事だった。それがなければ、起動確認もできた複製体を回収し、以降必要に応じて利用していこうと考えていたというのに。
「ソフィ君が禁忌指定しなければなぁ、もう一体生み出せるのに」
「いくらなんでもこの魔法陣は危険すぎるでしょ…」
XXXの不満そうなため息に頬を引きつらせながら冷静に答えたソフィは、改めてXXXが個人の力のみで作り上げた人類の叡智とすら呼べる魔法陣を眺めた。どれだけ内容を解読しようとしても、暗号化されている部分が多く直ぐにどうにかするのは難しい代物だった。とは言え、様々な言語を用いて作り込まれている以上、XXXもこの魔法陣の危険性を一応は理解しているのだろう。それでも、二体目の発動はこの世界の平穏の為にも阻止した訳ではあるが。
「……ねぇ、やっぱり封印してもいい?」
「封印…この化け物染みた防衛機能満載の複製体をか?お前の複製体だぞ、適当な封印程度じゃ寧ろこっちが反撃を食らう羽目になる」
ぽつりと零れたXXXの結論に、わざとらしく怪訝な表情を浮かべたのはチトだった。自らの複製体を化け物呼ばわりされたことはいけ好かないが、実際少々やり過ぎなくらいの防衛機能を詰め込んでいる自覚があったXXXは反論する事無く頷くだけに留める。
「うん、だから…現在地、迷宮を利用して封印しようかなって。つまり、置いていくって事だね」
止まる事無く再生を続け、ついには手首まで至った複製体の肩をそっと撫でたXXXは、自分自身を納得させるように小さく頷いてからゆっくりと立ち上がって振り返った。困惑の表情を浮かべるチトを横目に、XXXの説明不足を悟ったらしいソフィが口を開く。
「なるほどねぇ、破壊ではなくこの迷宮自体に縛り付ける封印の方が確かに確実性が高い。何せ、迷宮はその特性上必ず移動する事はない。万が一封印が解けることがあっても、封印をこのその場ではなく迷宮そのものに設定しておけば、決して迷宮より外に出ることは不可能になるから。…そういう事でしょお?」
「せーかい!流石はソフィ君。それに、この複製体って劣化版とは言え私そのものなんだ。二人にも詳しく教えることは出来ないけど、根本に絶対的な書き換え不可の命令が埋め込んである。もし、封印が解けた時過剰その命令を遂行しようと動き出したら、甚大な被害を齎す可能性がある。特に、魔法陣に魔人の影響があるとすれば根源の命令とぶつかり合って…一体どうなることやら…」
いくら製作者本人でも、その先に続く最悪の可能性を口にする事は憚られたらしい。分かりやすく視線を泳がせたXXXの背後では、ついに指先に到達した再生が完了しようとしていた。これ以上話し合う時間はないだろう。少し魔法を使わせただけでも、少なくとも下位魔人から中位魔人程度の力を持った相手を圧倒できるだけの能力を持った実質無限再生が可能な人形。それがチトやソフィの与り知らぬところで暴走したともなれば、世界そのものが崩壊する可能性も大いにあった。現時点で中途半端に破壊を試みて、防御機能に迎撃されて大変なことになるかもしれない未来に進むくらいなら、迷宮という存在そのものを犠牲にこの場に封印した方がずっとマシだろうと理解する事が出来た。
「…で、そんな封印が作れんの?」
「そりゃあ勿論…今すぐ作るよ!」
「再生は?」
「長くは持たないけど、元々経過観察用に短時間魔力の流れをせき止める魔法は作ってあったんだ。その発動が切れるまでに、なんとかする!」
何となく、XXXが返してくるだろう言葉を予想していたチトは、矢張り想定通り返された言葉に呆れたため息を零した。ソフィも、あらあらとどこか他人事の様に気を遠くしている。そんな中発言通り一時的に複製体の再生を止めたXXXは、意気揚々と白紙とペンを取り出して迷宮全体を巻き込んだ封印魔法の作成を始めるのだった。
「…また、禁忌指定の魔法陣が生み出されないといいけどな」
「あはは、それはXXXちゃんだからなぁ…あの子、息をするように禁忌指定の魔法陣作るんだもん」
「なんとかしろよ、調整者」
「ボクにどうにかできるなら、とっくの昔に行動に出ていたとは思わないかい?」
思わず零れた心配事を横目に、同じように深いため息を吐き出したソフィがどこか疲れた表情で追従したのは言うまでもない。
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