57話 革命考察4
「状況を整理するぞ。オルコスは俺達を観光という名目でオーフに招待してきている。大賢者であるソフィも、その提案に肯定的だ。但し、政治的な現状を見る限り何の意図もなく俺達が話を持ち掛けられているとは到底考えにくいんだ。中でも最も疑問なのは、誘われた者が俺、ルシエ、そしてアオイという共通点の乏しい三人である事。革命という変革の時を迎え大混乱のオーフに俺達を招待する理由はなんだ?俺達は、一体何を求められている?立場による発言?何かしらの盟約?それとも、援助か?」
ヴィルによってまとめられた現状は、それでも圧倒的な情報量をもって襲い掛かってくる。分からない事だらけの中で、まだ大人とは言い難い者達が顔を突き合わせていくら考察を重ねたところで、到底正解が導き出せる問題ではなかったのだ。だから、ルシエはヴィルのまとめから外された問題の一つを敢えて口に出す事で理解を深める努力をした。
「政治的な観点から見れば、オーフは革命に対する助力者としてトートを選んだ説が強い。オルコスの留学も、その為のきっかけ作りの一環だったのかも。オルコス程の立場の者が来るとなれば、必然的にヴィルは行動を共にとる責務が生じてくる。言い方は悪いけど、ルシエ達はオーフの掌の上で関係性を構築してきたと考えた方が良い」
「…あー、ウチが巻き込まれた理由は、前の誕生日に貰った書類…賓客認定?あれのせいやないかな。あれと一緒に貰った、お願いを叶えてくれる券。それを、利用する事で何かしらの効果を期待されとる、とか」
そう言って葵が持ち出したのは、誕生日の記念品としてある意味押し付けられたオーフにおいてとんでもない効果を発揮する書類だった。貰って以来一度も取り出していなかったその書類を一目見るだけでも、受け取った瞬間に感じた様々な方面から感じる圧に胃が痛くなる。そう言えばそんなものもあったな、と言いたげな表情でちらりと書類を視界に入れた二人は、少しだけ冷静さを取り戻した頭で国を揺らがしかねない爆弾をあまり見るものでもないかとさっと視線をそらしてしまった。そんな分かりやすい反応に苦笑を零した葵は、文句を言う事なく再び書類を空間魔法にしまい込んだ。
「…こほん。改めて考えると、ソフィの言動にはまだまだ不自然な点が多い気がするな。チト件もそうだが、オーフを知る事は必然的に世界を知る事に繋がる気がする。ソフィはいつも、この類の話に人間を踏み込ませない様に振る舞っている節があったからな…今更、興味がないの言葉で片付けられる問題ではない気がする」
「それって、ソフィが色んな事をウチらに知って欲しいって思っとる…って事?どうして急に考え方を変えたんやろう」
何となくいつも通りの空気感を取り戻しかけた三人だったが、わざとらしいヴィルの咳払いによって事なきを得る。まだ、普段に戻ってはいけない。今後の進退にも関わる重要な問題を前にして、軽い気持ちで結論を下すわけにはいかなかったのだ。そんな必死の行動は、続いた葵の何気ない疑問によってあっさり流されてしまう。目を瞬いたヴィルとルシエは、互いに顔を見合わせて思わず真顔になった。
「…アオイがいるから、でしょ?」
「ああ、それは間違いない。あのソフィが変わる理由があるとすれば、お前以外あり得ないからな。勿論オルコスが一番のお気に入りで、彼女の行動であればある程度好きにさせているって話もあるんだろうが…それ以上にアオイ、お前とソフィのお互いに対する反応は傍から見ても相当変わってきているぞ?」
これまでのやり取りでは、何となく葵は二人の考察の外側にいた。あくまで政治的な面での話し合いを続けている以上、そこに葵が首を挟む隙などどこにもなかったからである。けれども、たった一瞬の本当に素朴な疑問を相手に葵は問題の中心部へ引き込まれてしまった。頬を引きつらせて救いを求める様に二人に対して交互に視線を飛ばしたが、茶化すような様子も、手を差し伸べる素振りすら見せてもらえずに肩を落とした。
ソフィが変わってきている、それは理解している。自らがソフィ本人に指摘した内容でもあるのだから、その前提は把握しているのだ。けれども、それが自分の言動によってもたらされたものなのだと言われてしまえばどうする事も出来なかった。葵は、自分が影響力が強い人間だとは思った事もなかったし、そもそもこれまで殆ど他人と交流しない人生を送ってきているのだ。今更そんなことを言われても、どう反応を示せばいいのか分からなかった。考えれば考える程、分からなくなってくる。そうすると必然的に、二人の考察が始まったばかりの時に過った一つの結論が主張を強めてきたのだ。
「…な、なんか…さぁ…」
恐る恐る、そういった様子で零された葵の言葉にヴィルとルシエは無意識で身構えた。これ以上の考察どころを増やされては、必要なものだとは言え堪らないと思ったからである。だが、そんな葵から告げられたのは、これまでの考察全てを覆しながらも確かに的を得た一つの提案に近い結論だったのだ
「二人とも、政治とか国とか難しく考えすぎなんとちゃう?そもそもルコちゃんが、純粋にウチらとオーフで過ごしてみたいって思った可能性に賭けたらあかんの?そりゃ勿論、何の意図もなく提案してきたとはウチも思っとらんけど…。キーフに続いてオーフの見学もして欲しいと思ってもらえた、って事にして素直に観光を楽しんじゃうのは、楽観的過ぎるんかな…?」
どこか気まずそうに告げられた一つの結論の作り方に、二人は思わず黙り込んだ。色々と問題は多い。それでも、全ての問題に目を瞑って素知らぬ顔で観光をする分には、オルコスが行動を共にしてくれる限りそこまで大きな問題は起きないのではないだろうかと、葵の言う通り楽観的な思考が確かに芽生えた瞬間だったのだ。少しの間顔を見合わせて視線だけで会話をしていた二人は、暫くして意見が纏まったのか揃って息を吐きつつ頷いた。
「確かに、そういう考えが最も無難ではあるかもしれないな」
「何も知りませんでした、で貫けば面倒事が減るかも?」
「じゃあさ、普通にオーフに観光しに行くよ!って伝えればええよな!」
これまで大人しく難しい会話に合わせていた葵が、分かりやすく表情を明るくして立ち上がった様子を前に、それ以上無粋な口出しをする気も完全に失せた二人は小さく笑って肯定を返した。
―――
「ただいま戻りました。皆様、そろそろ意見はまとまりましたか?その…妙な話も、してしまいましたが」
「はぇ、何の話しとるん?」
「へ?その、革命、とか…」
「ウチ、難しい話はよう分らんけど、キーフに続いてオーフも行ってみたいで!勿論、ルコちゃんが全部案内してくれるんやろ?」
普段と変わらない楽し気な声音、その一方でオルコスの困惑交じりの返答を遮る様に紡がれた問いかけ。ぽかんと口を開けて現状理解に必死なオルコスを置いて先に理解が追い付いたソフィは、思わず腹を抱えて笑い出した。暫くして理解が追い付いたらしいオルコスも、その瞳に困ったような、それでいて安心したような色を浮かべている。小さく肩を竦めたオルコスは、極めて普段通りの無表情とは裏腹に感情豊かな声音を盛大に明るくして告げた。
「はい、勿論です!わたくしが直接、皆さんを隅から隅までご案内いたします!」
自らが望んだ国の未来の為に、その関係性が崩れる覚悟すら背負って告げた提案。それは、葵のいつも通りの笑顔と、それに対して苦笑を零しながら肩を竦めたヴィルとルシエの反応によって無駄な覚悟であった事を強制的に理解させられてしまった。けれども、発言の節々から見受けられる言葉選びに意識を向ければ、決してこの結論を軽々しく導き出した訳ではない事も明白で。
「あは、あははっ…!成程ねぇ、自ら思考放棄を選択したのかぁ。まさに葵ちゃんが居合わせたからこそ、辿りついた回答だったんじゃないかなぁ?ふふふ、あはっははは…!」
知らぬフリ、それは必然的にヴィル達を利用しようと近付いてきたオルコスをありのままで受け入れる選択でもあった。政治的な立場で考えれば、オルコスが背負った国家の接触は褒めらえた行動ではなかっただろう。けれども、ヴィルやルシエ、そして何も知らない葵にとって、オルコスがこれまで見せてきた言動は今日今この瞬間に到るまで確かに誠実で、切り捨てるには勿体ないと言い切れるだけの関係値を築き上げることが出来ていたのだ。誰も言葉にはしないだけで、オルコスの覚悟による裏切りは既に三人の中で許されていたのである。
「…ソフィが何を言ってるのか全然分かんない。取りあえずヴィル、ちゃんと予定空けるの、分かった。」
「うぐっ…それは勿論、全力で何とかさせてもらおう…」
「ふふん、新しい国、新しい文化!めっちゃ楽しみやな~」
「ははっ、ふふ、くふふ…いいねぇ、本当に人間は面白い!」
普段と何ら変わりない調子で交わされる会話に、オルコスは心の底から安堵が全身に広がっていくのを感じた。初めてできた仲間という存在、初めて自分の意志で明確に行動を起こした今日という今この瞬間。それを、いつまでも大切にしておこうと本気で思えた。
「皆さん……、ありがとう、ございます」
小さく呟かれた言葉に誰もが聞こえなかったフリを貫いて、そうして会話を続ける葵達が次に向かう目的地は決定する。
向かう先は、現在進行形で革命が成立したばかりの聖属性魔法の国———聖オーフ教会王国だ。
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