56話 革命考察3
本日の回は諸事情によりとある記憶はスキップされます。ご了承ください。
「それにしてもオーフ…ルシエは、行こうと思った事すらなかった」
「俺も一度も足を踏み入れたことはないな。兄が式典関係で数回公式訪問した程度で、元々トート中枢があの国に近付けた例など俺が知る限り数十年近く存在していない」
オルコスとソフィに退席を依頼し、学習室で三人になった葵達は先ほどオルコスから齎された重すぎる情報をどうにか飲み込んで顔を突き合わせていた。机の上に広がっていたキーフに関する資料は全て隅に纏めて、専ら考えるのはオーフという国についての情報だ。どこか気まずい沈黙を割くようにルシエが告げた率直な感想に対して、未だ理解不能の文字を頭上に浮かべたヴィルはそれでもどうにか実情を口にした。険しい表情を浮かべて唸る姿は、普段葵やルシエ、チト、ソフィと言った周囲の自由人や天然人間から振り回されている時の姿とは大きく違い、どことなく頼りになる気がする。ルシエも場の空気を切り替える発言はしながらも、その表情は混乱が分かりやすく似合っていた。
そんな中で、唯一世界各国についての知識が浅い葵は、ここまでの会話を鑑みて端的に受けた印象をぽつりと呟いた。
「なんかオーフって、亡国キーフみたいやね?」
「…と、言うと?」
今は関係ないだろうと机の隅に纏められてしまった資料に手を伸ばしながら響いた葵の発言に、驚いたヴィルは眉を動かした。俯きがちだったルシエもその顔を上げる。軽はずみな発言のつもりが思いのほか注目を集めてしまった事実に少しだけのけぞった葵は、ここまで来たら素直に頭の中を言葉にするしかないと諦めて息を吸う。
「ほら、実質的な鎖国状態、他国との接触を極端に拒む上層部。これは完全な推測やけど、現在のオーフ上層部はこれまでのキーフと同じように、他国に対して排他的な思考を持っとると考えた方が良い。こんな言い方したらあかんかもやけど、オーフ国民しか使えない聖属性魔法、その絶対的な効果は回復。…上層部が大きな態度を取っちゃう理由が分からんとは言えんやろ?」
それは、あまりオーフという国の有り方を考えたことがなかったヴィルとルシエにとっては驚愕の考察だった。二人の中でオーフと言う国は長らくそういう国であり、理由など特になく国民性なのだと勝手に思い込んでしまっていた。けれども、過去の歴史を見る限り鎖国を貫いたキーフとは違ってオーフには他国の介入を受け入れていた時代が確かにあったのだ。それならば、時間を掛けて国民性が変質したと考えるより、上層部の増長が一端を担ったと考えた方が自然である。オーフの国民のみが使える聖属性魔法。その存在は世界的に見ても非常に高い価値があり、非常時には多額のお布施をもって回復の依頼をかける国が殆どだ。成程、そんな独占市場を長らく持ってきた国が、葵の言う大きな態度を取ってしまう理由は十分に揃っていた。
「それにさ、もう一個…これは、ずっと前から不思議に思っとった事なんやけど…。どうしてルコちゃんはトートに留学してきたん?」
「それは…オーフの時期聖人筆頭候補とされていた者から、直接トートに打診を受けたからだ。聖女の知見を広げたいから、と」
「でも、オーフに居れば攻撃魔法なんて必要なかったのに、今のルコちゃんはトートの学園に馴染むために一生懸命聖属性以外の魔法を習得しようと努力してる。それって、普通のオーフの人間やったら絶対受け入れられん事なんとちゃう?」
「な…っ、待て、つまり、」
不自然だったのは、葵から見える範囲だけではない。それらに思い至ったのだろう、ヴィルの表情がはっと変わる様子を横目に、葵は自身の思考の中で辿り着いた結論を静かに言葉として紡いだ。
「十中八九、今オーフ国内で起きている革命に付随する事情があって、トートの魔法学園を留学先に選んだとしか思えないんよ。それも、ヴィル君やルシエちゃんが居る今を見計らって。ルコちゃん、あんま難しい事考えてなさそうにただいい人って感じで振る舞っとるけど、本当は沢山考えとる凄い子やろ?そんな子が、理由もなく知見を広げるだなんて理由で国を離れる選択を取るとは到底思えない」
それは、無表情ながらも精一杯葵達のやり取りについて回って、喜怒哀楽に振り回されながらも瞳の奥でふわりと楽しそうに笑うオルコスの客観的事実だった。実際の彼女が何を思って、どんな考えで今葵達と行動を共にしているのかは分からない。けれども、何の理由もなく聖女とさえ呼ばれた少女が国を出る状況自体があり得なかったのだ。まさに、革命が起きた後国に舞い戻りそれらを鎮める一種の人柱的な立場を求められているとしか、思えなかった。難しそうに頭を抱えて机に突っ伏したルシエ。それを宥める様にそっと頭を撫でたヴィルも、最悪の結論を前に動揺を隠しきれていないのかその瞳の奥がぐるぐると回っているように見える。
いつかは共有する事になる、けれどもそれは今ではなかったのかもしれないとぼんやりこれまで考えてきた葵の中でのオルコス像は、たった今ヴィルとルシエに共有されてしまった。もしこの場に、今は小屋で魔法陣の研究でもしているのだろうチトが居合わせたら何を言っていただろう。いや、きっと何も言わないのだろう。ただ、何でもない表情を浮かべて、作り出した紅茶に口を付けてこの場の観察者になるのだろうという根拠のない自信があった。
葵という、現代日本の価値観を持っているからこそ素直に辿り着けてしまった結論に、世界の、特にトートの王侯貴族としての意識に染まっていたヴィル達はなすすべなく受け入れる以外の道はなかったのだ。
「…各国の中枢関係者を対象に鎖国を行う理由は、対外的に発信したくない情報が隠蔽されているから。…おい、いつから革命の計画が行われていたというんだ?元々門が狭かったとはいえ、ここまでの入国拒否が始まったのは数年の話ではないんだぞ?」
「今の問題は、オーフ国内で大規模な変革が起きている最中でオルコスが観光と言う名目の誘いを投げ掛けてきた理由。それに…国に関わる事なら、ルシエがこの場に居合わせた意味も分からない。あくまでルシエの立場はヴィルの護衛、もしくは魔導名家の次女でしかないのに。…オルコスは、ルシエの立場を理解している筈」
これ以上不確定な考察によって場をかき乱す行為は遠慮しておこうと口を噤んだ葵を横目に、ヴィルとルシエの間でオーフと言う国の有り方に精通している二人だからこそ成立する断片的な情報整理が行われていく。客観的に現状の情報からオーフという国を見る事は出来ても、実際の政治的問題に触れられるほどの知識がない葵は、黙ってそれを聞いている事しか出来なかった。
「ルシエを一般人枠に置くのは?何も知らない、それ即ち一般市民と同等。他国の一般市民に革命の実態を知らせる事によって、何かしらの連鎖効果を求めている可能性はある?」
「その節は薄いだろう。お前は俺の護衛である以前に、名家、貴族子女だ。先程のアオイの話からも分かる通り、完全に客観的な視点をもって実態を把握する事は物理的に不可能だと思う。それはオルコスだって承知の上だと考えた方が良い」
手元にある可能性をいくら模索したところで、凝り固まった思考が邪魔をする二人では碌な結論を導き出す事も出来なかった。必然的に救いを求められるのは、先程の発言者である葵である。今のヴィル達にとって、現時点でも認識に関する常識を破壊されているとは言え現状打破の一手を担える存在など完全な第三者である葵以外誰も居なかったのだ。思わず頬を引く突かせた葵は、慌てて放棄気味だった思考を引き戻す。現状生じている問題、疑問、必要な情報。
「……なんで、ソフィはルコちゃんの提案を肯定したんやろう?はっきり言って、ソフィって内乱とか政治とか、どうでもいいって思ってるタイプやろ?でも、さっきのソフィは間違いなくルコちゃんの協力者と言う立場を自ら選択していた。それって、普段のソフィを見る限り滅茶苦茶不自然やない?」
「…ソフィ、か」
「ん…言われて見れば、ソフィがオーフの大賢者になったのはオルコス個人に興味があったからってチトから聞いた。つまり、国の為に奔走するオルコスに手を貸す理由は本来どこにもない筈…?」
「それに、提案の時もちょっとおかしかった。本当にキーフに関係ない話なら、今日の資料整理の時間が終わってからでも十分だったと思うんよ。でも、ルコちゃんは敢えてウチらがキーフの資料を纏めとる時で、ソフィも居合わせた瞬間に動き出した。それってなんか…このオーフへ観光に来て欲しいって話と何かしら関係性がある事を示唆しとるような気がするんだよなー…。ソフィの言い分としても、研究に役立つって言い方をしとったし」
小首を傾げながらも先ほどのやり取りを思い出す葵を横目に、顔を見合わせたヴィルとルシエは再び考察の波へ飛び込んでいく。確かに、現状オルコスとオーフについての情報だけを使って思考を纏めていたが、この二点だけでなくソフィの言動にも多少なりとも普段と異なる点が存在したのだ。普通に考えて、トートによって滅亡した亡国キーフと現在進行形で革命が行われているオーフに明確な共通点があるとは思えない。それでも、提案が行われたのはキーフの研究を行っている最中であり、ソフィは課題研究の為にもなるとはっきり言葉に示したのだ。
葵によって新たに齎された視点を前に、今度こそヴィルとルシエは唸るばかりだった。自分達では意識の端にすら存在しなかった些細な違和感。つまり、自分の中では違和感だとすら思っていない事象が、存外考察への布石となるのではないだろうか。そうしてここ最近のオルコスと交わした会話を振り返っていたルシエは、不意に記念品選びの後にチトも踏まえて躱した会話を思い出した。
「…ぁ、」
「ルシエ?」
「えっと…関係ない、かもだけど…オーフの歴史にはチトが深く関わってるって言ってた」
「そうか。…実は俺も、キーフの滅亡にはチトが直接的に関わっていると話を聞いたな」
「うーんと、二人の今の話を元にすると…オーフと関係性があるチト君について調べれば、キーフの研究に繋がるって事?それは流石に本筋から逸れた考え方やと思うけど…でも、着眼点は悪くないかも。ソフィって、やたらとウチにチト君や世界についての歴史を知らせようとしてくるから」
絞り出す様に提示された情報をさらりと一纏めにした葵は、二人で会話をする時ばかり嫌に人外である証を見せつけてくるソフィの様子を思い出しながら小さく頷いた。少なくとも、ソフィがオーフを調べることがキーフの研究に繋がると発言した理由の裏付けには繋がると判断出来たからである。しかし、何故あの時に提案をしたのかという理由の一部が見えてきたとしても、結局何故オルコスが葵とルシエ、そしてヴィルを巻き込もうとしているのの理由についてはさっぱり分からなかった。
「オルコスが伝えたいのは、あくまでオーフ革命後の話である可能性が高い。過去を知られる事は、同時に国家機密を知られる事に繋がりかねないからな」
「知らせたいのが、過去についてだったら…?例えば、オーフの革命前の実情をより多くの立場の人間に直接知ってもらう事で、国家的な制裁や世界的な判断の一つとしてヴィルとルシエを利用できる可能性がある。魔法犯罪的な事象が生じているとすれば、ルシエが家の代表として招かれた理由にも繋がるし、それを解決できれば革命後の行動理由に纏わる説得力も大きく上がるかも?」
「その説で行くと、今度は政治的に確立された地位を持たないアオイを招いた理由に説明がつかなくなる。それに、立場の理由付けにはなっても、わざわざ俺やルシエがオーフに訪れる理由には繋がらない。それこそ、俺の兄やお前のご両親が出向いた方が対外的な効果も高まるだろうからな」
「んぅ、確かに…」
葵にとっては、聞けば理解できても言われなければ考えにも至らない会話内容だった。これまでの様に、葵に出来るのは違和感の提示であって、実践的な相談に乗る事は決して出来ないのだ。それが何となく歯がゆいような、けれども自分の役割として受け入れるべきだと思う自分がいるよな、何とも言えない気分になった葵は黙って二人の会話を聞き続けるしかなかった。そんなことを考えている間にも、ヴィルとルシエの考察は進んでいく。頭を抱えるヴィルと、肩を竦めて考え込むルシエ。二人と対照的にぼんやりするしかない葵は、既にとある一つの結論に至りかけていた。
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