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55話 革命考察2


「ルコちゃんは、皆と行動を共にするようになってから随分変わったねぇ」


一度内容を整理させてほしい、そうヴィルから頼まれて勿論ですと頷いたオルコスは、勝手に後ろをついてきたソフィを伴って静かな廊下を進んでいた。ソフィが当然の様に零す皆の中に居るのが、自分やソフィを除いてたった4人しかいない事に気付いていたオルコスは、決してその事実を本人に伝える事無く無表情でどこか冷たい瞳を伏せて足を止める。


「そう…ですか?わたくしは、わたくしですよ」

「うん、ルコちゃんは相変わらずルコちゃんのままだ」


同じように足を止めたソフィの表情を伺うように振り返ったオルコスは、自分だけはずっと変わらないと思い込んでいる愚かなエルフが浮かべた過去を懐かしむような表情に僅かに瞳を細めながらも、続く言葉をじっと待った。


「まさか、あの日真っ赤な部屋で不思議そうに首を傾げていた子供が、国家を揺るがす革命を先導する側の立場に回る日が来るだなんてねぇ。当初の目的である安寧、それを覆い尽くす様に葵ちゃん達によって確立された自律的思考回路と言う新たな力。正直、今の君を傀儡扱いするのはボクが本気を出しても難しそうだ」


ゆるりと口角を上げたエルフの脳内には、過去のオルコス姿が寸分狂わず再生されているのだろう。だからこそ、時間に合わせて明確に変化を起こしたオルコスを、客観的に冷静に分析して言葉に言い表している。黙ってソフィの思い出話を聞いていたオルコスは、その内容をゆっくりと噛み砕いて飲み込むと返事をするために空気を吸い込んだ。


「わたくしは…えぇ、確かにわたくしも自分自身に驚かされてばかりです。一体どうしてなのでしょうか、変わらない永遠の安寧を求めていた筈が、アオイちゃん達と行動を共にすればする程前に進まなくては、という気持ちが強くなっていくだなんて」


無意識に零れた苦笑は、自らの意志の弱さを嘲笑う為のものだった。けれども、そんな変化を拒もうと思った事が一度もない自身の変わり様に向けた呆れた笑みも確かに混じっていたように思える。


「オーフで生きていく上で不要である筈の攻撃魔法を習得しようと足掻いて、用意が面倒だと事前に理解していた書類を他人の為に準備に走り回って。…しまいには、国家機密を自らの意思で他国の王族や一般人扱いの相手に漏らしてしまったのですよ?これで、変わっていないと言い張るのは流石に無理があるでしょう?」


肩を竦めて自身の行動を顧みながらも現状を並べたオルコスは、ゆっくりと自らのこぶしを握って胸元に寄せた。先程まで祈りの姿勢を取っていた手は、緊張によって強く握りしめた結果僅かに跡が残っており、震えもまだ収まっていない。それでも、改めて見せた祈りの姿は偶然にも廊下の窓から差し込んだ光が彼女を照らし普段オーフで意図的に聖女として振る舞っている時よりもずっと神々しさを感じるものだった。その眩しさに瞼を細めながらもゆるやかな笑みを浮かべたソフィは、彼女の提案の中で唯一の懸念点となる問題を思い出してその表情をどこか硬い物へ変えた。


「……ルシエちゃんの事、どうするの?このまま流れで巻き込んじゃうつもりなのかなぁ?彼女だけは、葵ちゃんやヴィルちゃんと大きく立場が異なっているのは分かってるよねぇ」


その一言に、オルコスは今度こそ顔を俯かせ胸元に合った手で服を強く握りしめた。


立場、また立場である。記念品選びに街へ出かけた際に、不用意にルシエを追い詰めてしまった後悔の詰まった単語。オルコスとて、あの日あの瞬間ルシエを強引に変えようなどとおこがましい事を思っていた訳ではなかったのだ。ただ、純粋に不公平は良くないと、いわば聖女的行動を続ける中で本能的に染み付いてしまっていた公平という名の親切心を、素直な気遣いの一環として向けただけのつもりだった。ずっと孤独なまま聖女として生きてきたオルコスにとって、手の届く範囲の相手に対して公平である事は至極真っ当な思いやりの一つだったのである。けれども、あの日のルシエはそんなオルコスの想いとは裏腹に現状の有り方を忘れてでもヴィルの、依存相手の名前を呼んでまで抵抗して見せた。


「トート国第二王子が赤子を愛でるかのようにどこまでも大切に、蜂蜜の様な甘言ばかりに包み込んで守ってきた少女。その実態は、トートの主戦力とされる魔導侯爵家の次女で血族内でも随一の才能を持つ兵器としての価値が高い存在であり、意図的に無知に育てられてきた哀れな子供」


それは、トートへの留学が決定する前に同じ学園に同期として通う事になるだろうと事前に渡された第二王子の資料に貼付されていた、ルシエの情報だった。意図的に無知に育て上げられた子供、それをヴィルがどこまで理解しているのかは定かではないが、あの日の様子を見る限りその教育は限りなく成功してしまって居る事は明らかだった。


「非常に優秀で、唯一自我を表に出さない以上国王に不向きだとされている第二王子ヴィールによって、他国どころか国内の貴族たちですら易々と接触が出来ない程の過保護を満遍なく発揮されており、同時に彼が幼少期から一貫して続ける唯一の我儘の象徴でもある。一時は婚約者にまで上り詰めたルシエは、現在見せかけの護衛の立場で行動を共にしており、安易に手を出せば物理的な報復だけでなくトート国自体を敵に回しかねない為注意が必要」


ヴィルとルシエ、一見すれば訳の分からない現状に至ってしまった元婚約者同士の関係性なのかもしれないが、その実情をしれば今の二人が行動を共にしている事実は奇跡の様に感じられるだろう。第二王子から守られ続けて、それでも狂う事なく自我を確立したまま個であり続けるルシエ。もし彼女が侯爵家で極普通の令嬢として育て上げられていたのだとすれば、この機密だらけの現状を受け入れることは出来なかっただろう。逆もしかり、ルシエがルシエであったからこそ、偶然ヴィルが向けた執着は受け入れられているのだ。どこか一つでも歯車がかみ合わなければ確実に崩壊していた二人は、それでも警告に掛けられた小さな橋の上で行動を共にできるだけの関係値を続けているのである。


これまで頭の中で理解していながらもどこか他人事のように感じていたルシエという人物像を改めて確認したオルコスは、余りにも面倒な関係性を築く仲間の有り方に小さなため息を零した。元はオルコスとて、そんな時限爆弾と積極的に行動を共にしようとは考えていなかったのだ。けれども、ここに現れたのがたった一つの異物であり、救世主の存在だった。


「トートの大賢者チェントの唯一の弟子であり、異世界人。更には規格外の魔法陣作成能力と、無詠唱杖なしでも容易に魔法を扱う実力。魔法使いであれば誰しもが焦がれる称号を全て持って現れたのが、アオイちゃんです。正直なところ、彼女の戦闘能力は未知数であり正面からの敵対は全力で回避する必要があると考えています。それに、まだまだ不明瞭な点が多いとはいえアオイちゃんは確かにヴィルさんやルシエさんを大切に思っているようですから…下手に手を出せば全ての山が崩れオーフは簡単に滅亡してしまうかもしれませんね」


元々敵対するつもりはないとは言え、最悪の道筋の一つを言葉に表すだけでもどうしようもない関係性の相手と親しくなってしまった事実に今度こそ隠し切れず眉を下げて肩を竦めたオルコスは、投げやりに言い切ると不器用に口角を上げた。聖女として振る舞う時はいくらでも勝手に動く表情筋は、一度彼女がその仮面を取り外そうとした途端いう事を聞かなくなる。物心ついた時から変わらない己の顔面仕様に対抗するためには強い意識的な筋肉の動きを行う必要があったのだ。そうして作られた不自然な笑みを前に何も言わずそっと視線を逸らしたソフィは、窓の外から差し込む光の方へ身体を向けた。


「相変わらず、優秀だねぇ。事前に渡された調査資料の要約も、そこに書かれていない感情的な問題も、全て理解している。特に、葵ちゃんに関する解像度は群を抜いているねぇ。ボクでも、そこまでは気付けていなかったのに…。矢張り君は、その聖女的思考に侵された性分を除いてボクが本気で興味を持てる素晴らしい魔法使いだよ」


ソフィのささやかな指摘に僅かに眉を動かしたオルコスは、それでも反論を口にする事はしなかった。自分自身痛いほど理解している己の不十分さを、生物として完璧であるエルフのソフィに口出しされたところで碌に言い返せる言葉が見つからなかったからだ。


「そこまで全てを理解していて、彼女をオーフの事情に引き入れるつもりなのかい?」


それは、ソフィなりの最終確認だった。状況が整ったら行動に起こそう、そう考え始めたのは葵達と学園生活を共にするようになってから暫く、例の魔法戦が行われた頃の事だった。とは言え、いくら何でもここまで短時間でオーフ国内の革命への第一手が成立してしまうとは予想していなかったのだ。だから、オルコスは未だ定まりきらない想いの中で今日の提案を口にする事になった。ソフィもそれを理解しているのだろう。だから、本当に引き返すことなく前に進むのかを改めて確認してきた。ここでもしオルコスが否と答えれば、きっと目の前で何でもない普段通りの微笑を浮かべるエルフは何かしらの魔法の力を用いて現状をどうにかしてくれるのだろう。片手間に時間を巻き戻して見せるかもしれない。


…いいや、それは違う。オルコスにとって分かりやすく全知全能であった筈のソフィは、オルコスと同じように葵と関わるようになってからその在り方を変えつつある。ソフィがソフィだからこそ存在した人間的に不完全な部分を見せる様になってきたのだ。今のソフィは、葵と何かしらのやり取りを通してその在り方を大きく変えている最中だ。何気ない視線の一つ、日常会話の一つでさえ、ソフィの中で大切な記録として刻まれている事は何となく理解していた。きっと、今のソフィに最近の出来事をなかったことにさせる行為は酷なものであるに違いないのだ。それでも問いを投げ掛けたのは、ソフィだったから。不完全さを埋めようと足掻くソフィと、これまで通り全知全能であったソフィ。それらが衝突し合った結果なのだろう。それらを理解しているからこそ、オルコスは肯定も否定もしないまま現状の想いを口にする事を決める。


「…ヴィルさんは、とても無自覚な方なんです。国内だけでなく、国家間ですら大きな影響を及ぼす過保護をルシエさんに施しているにもかかわらず、本人にその自覚が一切ない。全てが、彼の中では当たり前なのです。一方でルシエさんも、ヴィルさんの当たり前による行為に長い間浸り続けた結果、現状こそが当たり前だと思い込んでいる節があります」


先程の資料めいた解析とは違い、オルコスがこれまでの日常の中で個人的に計測した考察を並べていく。ソフィはそれを、何の反応も示さないまま静かに聞いていた。


「先日、ソフィがヴィルさんやアオイちゃんを連れて迷宮攻略に行った際、わたくしは残った三人で街に出ました。会話の中で、ルシエさんを一方的に可哀想だ、と思い込んだわたくしは、チトさんを利用して彼女に今後に関わる大切な自己判断を迫りました。結局、彼女は最後まで回答を出せないままヴィルさんの名前を呼び、同じくソフィ達が戻ってきた為会話は途切れてしまった。…それでは、ダメなのです」

「ダメ、ねぇ」

「はい。あのままではルシエさんは、一切の自己判断が出来ない大人に成長してしまう。それは、オーフの民と何も変わらない愚物になる事と同義です。特に、今のルシエさんはアオイちゃんとの関係性が深まっている最中」


揺れる瞳を誤魔化す様に瞼を閉じたオルコスは、改めて先日のルシエが見せた光景を脳裏に浮かべながら空気を吸い込んだ。そうして次に瞳が姿を見せた時、そこにいたのはオルコスと言う少女ではなく、オーフの聖女と呼ばれる一人の為政者だった。


「もし少しの揺らぎで崩れるようでは、ダメなのです。オーフの未来の為に、彼女にも強くあって欲しいから。彼女が動けば、必然的にヴィルさんが動きます。彼らは、二人で一つの存在。彼らなくして、我がオーフの革命は成り立ちません」


ソフィは何も言わなかった。何も言わずに僅かに目を伏せて、それからいつも通りの圧倒的上位存在が見せる余裕の笑みと共に己を見据える少女の頭を撫でつけた。それは、彼女なりの初めて見せる絶対的な決意と国を導く立場の人間として動く事を指針にした姿を褒めたたえながら、心の片隅で震えて蹲る後悔だらけの少女を慰めるための行為だった。


「…そういえばボクも、迷宮で葵ちゃんと一緒にヴィルちゃんへ選択を迫ったんだよねぇ。きっとルシエちゃんが見せた反応と同じように動揺して、そのまま流されちゃった。決断自体は気軽に出来る癖に、ルシエちゃんの肯定がなければ一切動き出せないんだ。あの二人の関係性は、本当に危うい。それを補う為だと言うなら、ボクはこれ以上君を止めることはしないよ」


オルコスの頭を撫でつけていた己の手を引き戻し、じっと自らの掌を見詰めたソフィは窓から差し込む日の傾きに存外時間が経っていた事を悟って体の向きを変える。そろそろ、ヴィル達の回答を決まりきった回答を聞きに戻ろうと考えたのだ。そんなソフィの動きを肯定するように隣に並んだオルコスの顔には、矢張り迷いの籠った瞳が揺れている。無表情の癖に、目は口ほどにものを言う、ってことわざは本当に存在するんだなぁとどこか他人事の様にキーフの文化を思い出していたソフィは、つい先ほど自らが口にした二人の関係性、の言葉に思い至る点を見付けて足を止めた。


「危うい、で言えば最も危険なのはヴィルちゃん達ではなかったねぇ」


その一言に直ぐに辿り着いたオルコスは、小さく頷いてヴィル達が待ち構えているだろう学習室の扉を見詰めながら結論を口にする。本当に、危惧すべき不安定な関係性を保っているのは。



「———アオイちゃんと、チトさんの関係性に勝る関係性を持つ者たちなど、この世界には存在しませんよ」


☆評価やブックマークで応援して頂けると励みになります。次回も是非御一読下さい。

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