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54話 革命考察1


葵とソフィの関係値の変化に動揺して改めて準備した記念品を渡す機会を見失った三人は、結局暫く時間を空けて何かの節目の時に渡す時間を作ろうと改めて話し合った。そんな決定も裏でひっそり行われつつ、迷宮攻略から数週間が経過した一同は、休日でありながら学園に訪れていた。以前のキーフ訪問で得た情報を纏め、更なる考察を行う為である。


相変わらず借りたままの学習室に集まって、各自が資料を整理しつつ必要な情報を書き出す音が響く中、一区切りを終えて大きく伸びをした葵は、不意に静かに立ち上がったオルコスの方へ視線を向けた。偶然にも、彼女が何かしらの決意を込めたような深呼吸をしている様子を目撃したからである。纏めた資料が張り出されている板の前に進んだオルコスに、自然と他の者たちの視線も集中する。自分に全ての目が向けられたことを確認したオルコスは、改めて深呼吸をしてから切り出した。


「皆さんで、オーフへ観光に来てみませんか?」


トートの学園の学習室、キーフの研究を行う中で告げられた余りにも突然すぎる提案に、全員が揃って目を丸くした。混乱の籠った視線だけで会話するヴィルとルシエを横目に、不思議そうに首を傾げた葵はいつの間にかオルコスの隣に並ぶように立っていたソフィに気付いて視線を動かす。ぱちりと目が合ったソフィはゆるりと読めない笑みを浮かべて口を開いた。


「…いいんじゃない?キーフに直接的な関係性がある国とは言えないけれど、他国の文化を研究するって意味では何かしらのきっかけが得られるかもしれないしねぇ。課題研究の一環として、観光に行ってみるのもありじゃないかなぁ?」

「え、」


今度こそ声に出して動揺を示したのはヴィル、意図を探る様に目付きを強くしたのはルシエだった。オルコスの表情はいつも通り無表情だが、その瞳の奥に隠し切れない緊張が浮かんでいる。そんな中でニコニコと笑うソフィと周囲の反応の意味が分からずに首を傾げるばかりの葵だけが、明らかに異質だった。少しだけ考え込むように俯いたヴィルは、直ぐに口を開いた。ここで会話を止めてしまう事が得策ではないと判断したからである。


「オーフ、誤解を恐れずに言えば政治的関係者の入国は現状拒絶状態だろう。アオイだけを連れ出すなら兎も角、俺やルシエは難しいと思うが?」

「勿論十分に理解しているつもりです。我が国オーフは…表向き誰しもが入国できる無制限の信仰を売りにした国家であり、実情は政治的関係者の入国を一切拒絶する事で独立性を極めようと足掻く閉鎖国家ですから。ですが…トートの留学に始まり、皆さんと行動を共にするようになってからわたくしも色々思う所が出来まして」


ヴィルの問いにどこか情けなさと悔しさを込めた瞳で俯いたオルコスは、それでも詰まる事無くオーフの実態を自ら口にした。それは、オーフで聖女と呼ばれ人気を博している彼女がとった行動としてはあり得ないの一言では済まない程に異様なものであったが、それに気付ける程ヴィルやルシエでさえオルコスとの関係値は元々深くなかったのだ。それでも、どこか戸惑ったように様子を伺う二人を前にして固唾を呑んだオルコスは、しっかりと二人の目を見据えて言い切った。


「わたくしも、前に進みたいと本気で思ったんです」


その言葉に、聖女たる粛正さや全能感は存在しなかった。今、葵達の目の前にいるのは自らの手足で未来を切り開こうとする、一人の人間だったのだ。どこか好奇心を含んだ瞳でオルコスの発言に口角を緩ませるソフィでさえ、彼女の変化に何かしら気付くところがあったのだろう。余りにも突然過ぎる提案が、オルコスにとっては長らく考え続けられた末の決定事項であった事を悟ったヴィルとルシエは、その言葉を否定する訳にもいかず口を噤んだ。


「…今の話を聞いとる限り、いくらルコちゃんの留学生って立場があったとしても、国家方針を変えるのは難しい話やと思うで?何か、その提案を今する判断に至った事象が発生したって事なん?」


完全に返事を辞めてしまったヴィル達の様子を見ていた葵は、仕方なく素直に浮かんだ疑問をぶつけた。オルコスがオーフに置いてそれなりの立場にいる事は分かる。そうでなければ、ヴィルの話を聞く限り厳しい政策を強行している国から飛び出して他国に留学だなんて話は生まれる事すらなかったと考えられるからだ。ならば次に考えるべきは、何故その提案が行われたのが今だったのかである。何かと騒がしい日常を送っている自覚はあったが、それでも提案だけで言えば投げ掛ける隙が全く無かった訳ではない筈なのだ。


そんな葵の純粋な疑問に息を呑んだオルコスは、どこか表情を曇らせた。何か間違ったことを言ってしまったのだろうかと焦る葵を横目に、元々緩んでいた口角を高く上げてそっとオルコスの背を押したのはソフィだ。


「勿論、ルコちゃんは”今だからこそ”、この提案をするに至ったんだよぉ?…ねぇ?ルコちゃん」

「っ、はい…その通りです」


緊張気味に頷いたオルコスは、何度目かも分からない深呼吸と共にそれらの感情を吐き出した。次に浮かんだのは、一切感情の読めない平坦な瞳である。ゆっくりと紡がれた続きは、葵ですら目を見開く内容だった。


「オーフの現聖人が亡くなりました。一般国民や他国に向けては、感動必須の美談で飾られた死因が語られるのでしょう。ですが、実際の死因は確実に他殺です。恐らく…オーフの有り方に不満を持つ正しき者によって正義が下されたのだと思います」

「な、」

「っ…!」

「……」


少なくとも、こんな学園の一室で、トート国内でも確かな地位を確立しているヴィルやルシエが居る場所で、そしてあくまで一般人という立場をもって日常生活を送っている葵に対して、気軽に話していい内容ではなかった。オルコスが淡々と語ったのは、トートでいう所の国王が暗殺され政権交代が行われようとしている変革の詳細だったのだ。


「次期聖女候補の筆頭はわたくしの兄です。事前に予定されており国民にも通達してあった通りわたくしは直ちに継承権を破棄し、兄の推薦者となります。この先のオーフは生まれ変わるのです。本来あるべき正しい政治の形に…未来ある若者が正しい教育を受けられる国家に」


ぐっと胸の前で両手を重ね祈りの姿勢を取ったオルコスの瞳には、未だ迷いが浮かんでいる。けれども、今更後ろを振り返素余裕も、そして振り返ろうとする気持ちでさえ存在しないのは明白だった。真っすぐと透き通った琥珀色の瞳で葵たちを見渡す少女は、確かに国民たちから聖女と称えられるだけの魅力と選ばれし者の圧を放っている。もう後には引き返せないのだと、そう言葉の裏に乗せて言い放たれたのは、オーフの現状を表す一言だった。


「———革命は、成されたのです」


動揺と困惑の表情を浮かべるヴィルとルシエを横目に、葵は場違いにも心から愉しそうな笑みを浮かべているソフィを睨みつける。返ってきた意味深な笑みと、オルコスが言い放った革命の単語を前にして、すっと瞼を細めた葵は小さく息を吐き出す事しか出来なかった。


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