53話 目的達成【追記あり】
2026/8/24に本文抜けが発覚した為、最後尾に追記しました。申し訳ございませんでした。
「よし、早速アオイが帰ってきたら渡しちまおーぜ…って、いつ帰ってくるか分かんねーけど。でもまぁ、ヴィルも巻き込まれてるみたいだし、そこまで長引かせる事はないか」
チトと葵が二人で暮らす小屋まで戻ってきた三人は、荷物を下ろして団欒用の大きな椅子に腰を掛けた。相変わらず反応が薄い少女二人を前に、どうしたものかと小さくため息を零したチトはひとまず杖を呼び出し紅茶を淹れる。二人がティーカップを受け取り軽く口を付け一息ついた様子を確認してから、気まずそうに話しかけた。
「あー…まずはルシエ、お前いくら何でも考え過ぎだぞ。俺、そこまで変な事を言ったか?」
話題を振られたルシエはハッと顔を上げて、それからチトとオルコス二人の間を視線でさ迷わせてから最終的に紅茶の水面に固定した。改めて口を潤して、それから再び顔を上げたその瞳はある程度考えが纏まったのか普段に近い落ち着きを取り戻している。チトが小首を傾げて見せれば、覚悟を決めた様に小さく頷いて、それから何度か首を左右に振って、再び頷いた。まるで小動物の様な挙動に思わずチトが噴き出すよりも先に、ルシエはようやく口を開く。
「チトがお店で言っていた、勇者も魔王も実在しない一方で聖女だけが存在する理由について。ずっと、考えてた。言われて初めて気付いたけど、これまでの歴史や現存する建造物と照らし合わせて考えれば明らかに異様だと思う。トートには、旧世界城が存在する。嘗て、勇者と魔王が戦った地、そして魔王が討伐された場所。でも、魔王は御伽噺の一員として数えられている」
ルシエが言葉を並べる中で、チトとオルコスは何も言わずただじっとその内容を聞いていた。肯定も否定もない反応を受けて、ほんの僅かに臆する素振りを見せたルシエだったが、結局どれだけ考えても明確な結論が出ない疑問を抱えたまま行動する方が問題だろうと判断したのか言葉は続けられる。
「オーフにおいて、聖女という名前は生かされている一方で勇者や魔王の後継に関する影が一切見えないのは何故?魔王が討伐されたのなら、仕えていた魔族達はどうして復讐に走らない?そもそも、勇者と魔王と言う概念は誰が考えたの?オーフ?であるならば、何故オーフでも聖女以外の存在は空想上の存在として扱われている?分からない、分からない事しかない。これは、分からないままでいい問題なの…?」
ルシエが導き出した、歴史における圧倒的に不自然な点。言葉に並べれば並べる程その真意は読めなくなっていき、結局考えが纏まりきらないままルシエは頭を抱えて寄せた膝に顔を埋めてしまった。どうやら一時的に思考を放棄する事を決めたらしい。そんな様子に顔を見合わせた二人は、再びうぐうぐと意味のない言葉を発するルシエに視線を戻す。そうして、静かに頷いて深呼吸をしたオルコスは、自身に用意された紅茶のカップの縁を指先で遊びながら切り出した。
「…ルシエさんは、矢張り世界大戦は存在しない空想上のものだと思われますか?」
「それは、思う…と、思う。これまで生きてきて、散々存在しない物だと言われてきた事象。一切の根拠がない状況で今更根本を変えることは難しい」
「そう、ですか…」
ルシエの、一般人を代表した様な回答に対してオルコスの声音はどこか弱々しかった。それは、寂しさなのか後悔なのか、兎に角負の感情が込められた声音に僅かに気付いたルシエは、膝の隙間からそっと顔を出してオルコスの表情を覗き込んだ。相変わらずの無表情の割に、その瞳だけが雄弁に彼女の心境を語っている。ルシエの回答に対して、どこまでも丁寧に気遣う回答を探している瞳だった。すっと息を吸い込んだオルコスは、ルシエの視線に気付くことなく瞼を伏せて言葉を続ける。
「わたくしは、生まれたばかりの頃から言われ続けてきました。”世界戦争時代は歴史的に存在している”と」
「へ、」
「世界中がその事実を捻じ曲げて記録した理由…それは、当時の戦争中に起きた二つの大きな問題を世界包みで隠蔽しようと決定したからだ…とも。そう、言い聞かされてきたんです」
ぽつり、こんなある意味普通の民家で、日常会話の一つとして、何気ないように言われた真実に慌てて顔を上げ姿勢を正したルシエは、その視線を泳がせた。明らかに、ただのトートの貴族でしかないルシエが聞いていい筈の言葉ではなかっただろう、そう瞬時に判断できる程の内容だったからである。戸惑ったように、チトに対して救いを求める視線を向けても見守る姿勢を保ったまま口が開かれることはない。八方ふさがりの状況下でどうしていいのか分からなくなったルシエは、困惑の表情をそのままオルコスに向ける事しか出来なかった。
「…ごめんなさい、ルシエさん。これ以上をわたくしの口から伝えることは出来ないんです。何故なら、この先の真実はオーフ国家の存亡に関わる禁忌に触れることになってしまう」
オルコスの謝罪は、ルシエにとって死刑宣告にも等しかった。これ以上は禁忌だ、とオルコスは確かに告げたが、現時点で十分禁忌の入口に触れてしまっている。最初の言葉を聞いた時点で感じた漠然とした恐怖心と危機感が正しい物であったと理解したルシエは、ぐっと口を閉ざしてどことなく眉を寄せるオルコスの言葉を聞き続ける以外の選択肢がないのだ。
「いつも、ルシエさんだけが何も知らない。そんなの、不公平ですからね」
動揺を隠すことなく示すルシエを前に、どこか寂しそうな瞳を本人は笑ったつもりなのか僅かに細めたオルコスは、これで自分の話は終わりだと言わんばかりに紅茶に口を付けた。こんなところで、こんな入り口だけを開いて、話を切り上げてしまうというのか。突如投げつけられた爆弾を前にどう反応するのが正解なのか分からなくなったルシエは、爪の先が突き刺さるほどに手を握りしめて小さく唸った。
「…んで、こっから先は俺が話せる訳だが…ルシエ、聞きたいか?」
「なっ…んで、」
どうして。ルシエの頭の中を埋め尽くしたのは純粋な疑問だった。兎にも角にも話が終わってくれたのかと改めて押し付けられた情報を整理しようとしていたルシエは、再び訪れた入口を前に今度こそ思考の放棄を考え始める。ずっと見守るばかりで、口を挟む様子など一切見せてこなかったチトが何故ここにきて続きを促そうとするのだ。果たしてそれは、本当にルシエが聞いて良い話なのだろうか。
「聞きたいって言ったら…聞かせてくれるの?」
「まぁな。オルコスも別に止めねーんだろ」
「そうですね…わたくし、と言うよりオーフの人間として、チトさんの言動に異議を申し立てる権利は有しておりませんので」
「つまり、そういう事だ。さっきオルコスが行ってた世界包みで隠蔽したいって話の中心には、この俺がしっかり携わっているからな。…で、聞きたいか?」
何の前触れもなく、突如としてぶら下げられた真実。これまでずっと知らないままで生きてきたルシエにとって、その問いに対する回答の重みは重々承知している筈だった。
元より幼少期から国の第二王子であるヴィルと常に行動を共にしている身だ。知ってはいけない事、知らない方が良い事が世界には多く溢れており、知ってはならない理由も居たい程分かっていた。それは、過去の自身が犯した大きな罪がルシエに刻み付けていたのだ。今のルシエにとって、全ての物事に置いて自身が知らない事象があるとして、決して仲間外れや信用不足が理由でその様な状況下にある訳ではないと理解できている。ただ、知る事で何かしらの重責や困難が己の身に降りかかる事を事前に案じて、知らせないでいてくれているのだ。
最も身近な存在、ヴィルからそれは宝物のように大切に守られている自覚をずっと昔から持っていたルシエは、これまで自分の世界そのものであるヴィルから一つの事象に対してその内容を知るか否かの問を投げ掛けられたことなどただの一度もなかった。理由は当然、守られているからだ。それはルシエにとって貴族社会で生きていく上での利点であって、独立した存在として生きていく上での重大な欠点となっていた。ルシエには何の責任もない、重責もない。ヴィルの護衛と言う立場でさえ、あってないようなものであると認識されている事は痛い程理解しているのだ。
「ルシエが、決める?」
「そう、お前が、お前の意思で、お前の為に判断してくれ。その選択肢に口を出すつもりはないし、どんな回答を受けても俺は肯定するつもりだ。元々、お前なら知っていても問題ない思っているしな」
混乱しきった脳を鎮めるために、どうにか振り絞った声で現状確認をぶつけるが、返ってくる言葉は無慈悲にも最初と変わらず判断を委ねるとそれだけ。
知りたい、知ってはいけない事だ、でも知りたい。知ってしまえばこれまで周囲から受けていた行為を無駄にすることになるのでは?でも、知りたい、自分だって一緒に背負いたい、ヴィルの隣に…皆の隣に並びたい。でも、だけど、知ってはいけない筈の事だったんだ。
ぐちゃぐちゃになる思考回路の中で震えた喉が勝手に紡いだのは、誰よりも大切な主人の名前。いつも素直になれない自分を、どうしようもない自分を、大切に、宝物のように導いてくれる、王の名前。
「……っヴィール、」
「———珍しいな、ルシエが素直に俺の名前を呼んでくれるだなんて」
「…へ?」
呼び声が届いた、そう表情を輝かせるには今この場に居るはずのない返答に固まったルシエは、自分の隣に腰を掛けてチョコレートを溶かしたような甘い表情で見詰めてくる王の存在に素直に驚いて飛び上がった。その様子にくすりと笑ったヴィルは、散々頭を抱える問題にぶつかっていたらしい宝物の頭をそっと撫でつける。拒絶の反応は一切なかった。呆然としていたルシエを呼び戻したのは、続いて聞こえてきた元気いっぱいの声である。
「はぁ~もぉほんまに疲れた!二度とあんな命削るような冒険はしたくないわ!」
「またまたぁ、小さな子供みたいに瞳を輝かせていた癖にぃ」
「そりゃ最初はね!問題はその後やし。ほんっまソフィはありえんわ、マジでない」
「…別に、対応できるか様子を見つつ動いていたもん。実際問題なかったんだから、いいでしょお?ほら、”終わり良ければ全て良し”ってねぇ」
「中途半端にことわざ使っとる場合ちゃうねんてほんまに!」
小屋の中に広がっていた重苦しい空気は、何処からともなく表れた三人によってあっけなく吹き飛ばされた。目を丸くしたオルコスはどこか気の抜けた様子で肩を落とし、ルシエは未だにヴィルの玩具にされている。何よりも三人が驚いたのは、明らかに正常とは言い難い関係性だった筈の葵とソフィの変化だった。仲良さげに口喧嘩を続ける二人を前に、チトは呆れた様に苦笑しオルコスにこの話は一旦終わりだと視線だけで告げてその場から立ち上がる。仕方ないと頷いたオルコスも、ゆっくり立ち上がって未だ言い合いを続ける葵たちの方へ近づいた。
「おかえり、アオイにヴィル、後ついでにソフィも。お前ら皆無事で良かったな」
「皆さんおかえりなさい!突然いなくなってしまって、心配していたんですよ?今後はせめて行先と期間を周囲の者に伝えてから行動に移してくださいね」
「ただいまーチト君に…ルコちゃんも!さっきまで警戒しっぱなしやったから、めっちゃ癒されるぅ…」
「まぁ!…ふふ、お疲れ様です」
駆け寄ってきてくれたオルコスに一目散に抱き着いた葵の反応に目を丸くするものの、恐る恐るその頭を撫でつければ子猫の様に擦り寄せられて僅かに無表情だった口角が上がる。チトは改めて六人掛けの机に紅茶を淹れ直すべく、軽く片付けを始めていた。一見ほのぼのとした雰囲気の中でも、わざとらしくオルコスに抱き着いて頭を撫で荒れる葵の視線の先はソフィに向けられており、小さな火花が散っている錯覚が見えた。そんな様子に呆れ顔を浮かべたヴィルは、ようやく我に返ったルシエに手を差し伸べ立ち上がらせると準備を続けるチトの方へ近づいて行った。
「ヴィル、アオイとソフィは何があったの?」
「いや…うむ、何と言うか…正直俺も理解しきれたとはいえないのだが…ようやく肩を並べられる友人になった、とでも言うのだろうか?」
「仲良くなったのはまぁ見て分かるけど…にしては距離詰めすぎじゃね?ソフィのあの態度、俺と出会ったばかりの頃にどっかから生えてきた人間らしさを足して割ったみたいになってるけど」
三人の視線の先では、葵に抱き着かれて素直に嬉しそうにしているオルコスと、そんな彼女を挟んで葵を睨みつけるソフィの口論が続いている。どうやら珍しい葵からの接触に上機嫌なオルコスは、二人のやり取りを止めるつもりがないらしい。
「ん…なんか、子供っぽい?負けず嫌い…みたいな」
「実際その通りだ。アオイのソフィに対する態度も、俺達を相手にしている時とは若干異なっていると感じる。もう少し…自然体、と言うか…いい意味で気遣いがない、ような?」
「自然体、か…。確かに、ヴィルやルシエの言う通りかもな」
これまでずっと見てきたただ只管に純粋無垢で、可愛らしくもどこか抜けている性格。何か言葉に言い表せる明確な変化があった訳ではない筈なのに、どうしてか葵の振る舞いに違う何かが見えてくる気がしてチトは思わず瞼を細めた。そこに込められた思いは、果たして。
これまでとは確かに違う何かしらの変化が、葵の中で起こり始めていた。
ーーー
ーーー記録再生・対象:■■■■
「ねぇ、■■■■?私が育て上げた愛の結晶…!貴方が生まれてきてくれたおかげで、私は今もこの場所に居られるの」
くすんだ金髪を揺らし、同じ金髪を揺らすチェントの髪を撫でつけた。対する青年は、何処までも興味なさげに無駄に豪勢な装飾が施された花瓶に視線をやっている。
「あぁ、貴方の持つ美しい真を象徴する漆黒の角、他のどの魔王軍連中よりずーっと輝いて見えるわ!同然よね、だってあの人の血を引いているんですもの…!」
女は、青年の髪から手を放し、頭上に並ぶ二つの角に触れた。それは、女が惚れ込んだ魔王も持つ、魔王軍の者たちの中でも一際美しいと言われることが多いものだった。そうして撫でつけられる感覚に僅かに背筋を震わせながらも、矢張り退屈そうな表情を隠しもせず浮かべ、ため息を吐き出した青年は手持ち無沙汰に目の前の女のくすんだ金髪で遊び始めた。
「どうして私はあの人と永遠を共にできないのかしら…。あの人の隣には、貴方をここまで育てた私こそが相応しいに決まっていると言うのに…!」
壊れ物に触れる様に繊細な手つきで撫でられていた角の感触が荒々しくなっていく事に気付いた青年は、迷わず指先を先程まで眺めていた花瓶へと向けて、自分と花瓶との位置関係を転移魔法で入れ替えた。僅かに自我を取り戻していた母親の理性が完全に途絶えた事を察したからである。初めての事でも何でもない、寧ろ今日は普段より長く大人しくしていてくれた位だ。
軽く服の皺と手を払った青年は、明らかに大きさが違う筈の花瓶を荒々しく両手で抱きしめて嘆いた女に視線を向けた。花瓶を抱く力は決して強くないものだったが、それでも花瓶の場所に居合わせたいとは到底思えない形相を浮かべている。そんな様子を呆れた様に一瞥したチェントは、黙って部屋を出るべく扉に手をかけた。けれども珍しい、未だまともに言葉を発する事が出来る程度には今日は調子が良かったらしい。
「ねぇ■■■■、分かるでしょう?貴方は絶対に一番にならなくてはいけないの。絶対、絶対によ…!そうすれば、私はあの人の中で唯一になれる一番の子供を育てた女になれるのだか……!!」
「———あの男は、優秀な駒本体以外何にも興味がないと思うよ」
ぽつり、何となく言葉にして告げた事実は、狂ったように花瓶を撫でつけ続ける女には届かない。次第に女の喉から乾いたような音が聞こえ始め、ついにはベッドから落ちた花瓶が音を立てて割れる音が廊下の先まで鳴り響いた。そんな様子を振り返る事すらせず、青年は扉を後ろ手にしめて歩き始める。
ピシャリ、建物の外は酷い雷雨だ。全てを切り裂くような雷が降り注ぐ音が、城外一帯に響き渡っていた。
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